第0.1話 抱きつき事件

(おまけ)


【山崎 洋】


もどかしいと思う。こうして見ていることしかできないのは、

いくら付き合っていても、四六時中秋の隣りにいるわけにはいかない。秋にも秋の付き合いがある。現に今も未衣とじゃれあっているわけで、二人の間に割り込むことなんて到底できそうにない。

「彼氏くんも未衣相手じゃ敵わないか」

 対面に座る慎吾は満面の笑みを浮かべる。俺が秋を見ていたことに気づいたらしい。

「いや、別に……」

 俺は意識的に視界から秋と未衣を外す。こうしておかないと二人が気になって目の前の友達ともまともに会話ができない。

「ひどいなぁ、ずっと秋のことが気になって俺のこと無視してたろ?」

「そんなことないって、」

 この場合、俺の態度がばればれなのか、それとも慎吾が妙に鋭いのか? 残念なことに多分八割がた前者だろうけど。秋を気にしないように意識している今でさえ、聞こえてくる未衣や秋の声が気になってしょうがない。

「無視してないって言うなら、さっきまで俺が話していたこと言ってみ」

 ……完敗だ。慎吾が何を話していたか何て全く思い出せない。仕方がない、未衣が秋に後ろから抱きついたりするもんだから、全く以って仕方がないことだ。

「……ヤン・フェネホール・オフ・ヘッセリングって名前長くて実況の人が大変そうだって……」

「ほら、思い出せない。目の前の俺と話すより、秋の後姿を見ているほうが楽しいんだろ?」

「いや、そんなつもりは……」

 どう、ごまかそうか? なんて考える矢先から思考が止まる。秋の黄色い悲鳴が聞こえた気がしたからだ。秋のほうに目をやると、後ろから抱きついた未衣を振りほどこうとしているようにも見える。

「ま、気にするなって方が無理か。なに話してるのかな。こうして見ると、なかなかエロい光景だと思わない?」

「思わない、」

 多少ムキになって答えた。本心ではどうだろう? 意識のしようで見えなくもない。この際、エロいエロくないの判断は据え置いて、とにかくだ、牛飼未衣! お前秋にべたべたしすぎだ!!



【牛飼 未衣】


これを至福と言わずに何と言おう。

手のひらから感じる秋の柔らかい感触。触れた肌から伝わる秋のぬくもり。

私は自分の心臓の音の大きさに驚いた。この鼓動が秋に伝わってしまわないかと

心配になったが、この行為だけはやめられない。

秋に心臓がドキドキしてるよとか言われたら、秋が好きだからだよと言ってごまかそう。きっと顔を真っ赤にしてあたふたするから。大きな衝撃を与えられたら些細なことなど忘れてしまうものだ。特に秋は。ダメだ、頬を朱色に染めて俯いた秋を想像すると胸の鼓動が加速する。


私はいつもの日課を遂行していた。

秋に抱きつくという必修科目を。

仲の良い女の子同士がそうするように、私のコミュニケーションはボディタッチが多い。秋にだけだけどね。最近そのスキンシップの割合が増加傾向にあるのはある男が原因に他ならないだろう。誰とは言わないが。とにかくあんな奴の事は忘れて今は目の前の至福と愉楽を堪能しよう。


よし、秋のおなかをつついてみよう。

ぷにぷに。ぷにぷに。


「もう、やめてよみっちゃん」


「ええーいいじゃーん」


「あたしみっちゃんみたいに痩せてないから……」


「そんなことないよ、あきはすっごくかわいいよ」


「(顔を赤らめて)もうみっちゃん、そんなこと言ってごまかして」


「だってあきがかわいすぎるからいけないんだよ」


ぷにぷに。ぷにぷに。ぷにぷにぷにぷに。


「ひゃわっ。くすぐったいよぉ」


「よいではないかよいではないか。あきは柔らかくて気持ちがいいなー」


「やっぱり太ってるって言いたいんだー」


「そんなことないもーん。あきが気持ちいいんだもーん」


むにゅ。


「はわっ。ちょ、みっちゃん!」


私は少しばかり調子に乗って秋の体のいろんなところを触ってみた。ん?誰かが見てるって?

気付いていますとも。さっきからいやらしい目で見てやがる誰かさんに。だったらもっと見せつけてやりたくなるじゃないか。ほら、私たちのラブラブっぷりを。


むにゅ。


「ひゃわわっ」


ふむ、感度良好。かわいすぎだ。

愛おしくなって秋の細い体をぎゅっと抱きよせた。


「どうしたのみっちゃん?ぎゅーしたいの?」


「うん、人肌恋しい季節なの」


「いま夏だよ?」


「クーラーが効きすぎてるからねー。あきを抱き締めてるとなんか落ち着く」


「もう、みっちゃんは甘えん坊さんだな」


そう言った秋に抱き寄せられた。私の頭を胸に抱く形。秋の控えめな胸の膨らみが私の顔に当たっている。

私は今きっと赤面しているに違いない。緊張と嬉しさで心臓が爆発しそうだった。

うわーこういうのって、幸せって言うんだろうな。私は緩んだ顔を悟られないように秋の胸に顔をさらにうずめた。

あ、秋の心臓の音が聞こえる。ドクン、ドクンって。それだけで天国にでもいるような気分になる。

こういうとき私は自分がヘンタイなんじゃないかと思う。でも仕方がない。私は秋が好きなんだから。


ぷにぷに。


「ひゃっ!」


かわいいかりちょっといじめてやれ。私は秋の脇の下をくすぐる。ダメだ顔のにやけが取れない。


「あははは……ちょ、みっちゃん、やめ……」


かわゆいやつめ。そんな声を出されたら調子に乗ってしまうではないか。


こちょこちょこちょ。


暴れる秋をがんじがらめにしてくすぐり攻撃。時々「あっ、あっ」とか「やん、だめ」とかいかがわしげな声が漏れるがそれがまたたまらない。私の手の中で腕をバタバタさせる秋を尻目に誰かさんに視線を送る。

さあて、こんな時君はどんな顔をしてるのかなって。




【山崎 洋】


牛飼と秋のスキンシップはいつものことだ。珍しいことじゃない。でも、今日はいつもにくらべて激しいように見える。

ふと思うと、今日がいつもより激しいと判断できるくらいに、二人のじゃれ合い見ていたことになる。……これじゃまるでストーカーじゃないか……


羨ましい? まさか! あれはただの女子同士のコミュニケーションでしかないじゃないか。俺は秋と恋人同士として手をつないだこともあるんだぞ!!


牛飼と目が合った。一瞬だけ口許を少し歪ませたように見えた。俺の思い違いかもしれないが、牛飼は優越感たっぷりの顔でこう言っていたように感じた。

羨ましい?


羨ましいに決まっているじゃないか!


「さぁ、秋とキスぐらいもうしたの?」

「マウスtoマウスはまだだよ……」

正直に答える必要もないのになぁ……

「あ、じゃぁ、この間は尚更悪かったね。でマウスtoマウスはまだってことは、

ほっぺにはあるんだ」


「ほっぺと額になら……いや、まぁなに、冗談だから」


誤魔化せばいいものを……もう少し軽くあしらうことを覚えないと秋との間にあったことだだじゃないか、額へのキスはなかなか大胆なことしたと思う。前髪を掻分けてオデコの真ん中に

唇を軽く押し当てる。強く吸うことはしない、触れるかどうかの軽いキス。

みるみる赤くなっていく秋がかわいかった。キス魔になるかも、なんて一時期心配もしたくらいだ。




【長瀬 慎吾】


全く、こいつの思考はすぐに顔に出る。

こんなに緩んだ表情で何を妄想しているのやら。どうせ「キッス」についての考察と疑似戦闘を頭の中で展開していやがるに違いない。

いやらしい奴め。


しかし……確かにエロいと思う。こんな真っ昼間から教室の真ん中で堂々と……。

女の子は男にはあるまじき仲の良さだな。

言葉足らずだが察して欲しい。

手を繋いだり、抱きついたり、髪を結いあったり。実に微笑ましくも何か男心をくすぶる光景だ。

これを男に置き換えてみる。

例えば俺が池上と。

手を繋いだり、抱きついたり、髪を……


おぇー


想像しただけで吐き気がした。例え何があっても池上だけはないな。


ん?愛しの洋ちゃんなら?

ありですとも。世間体的には全くもって無しですが、生理的には受け付けますとも。

洋ちゃんはかわいいからな。反応とか。

おっと、勘違いされては困る。俺は女の子が大好きだ。

別にそっちの気があるわけじゃないぞ。断じてな。


でだ、池上が見たら「エロだな!」と叫んで喜びそうな光景を少しばかり楽しんでいた俺は、少しばかりいけない気持ちが湧き上がったりそうでなかったり。

秋をあまりそういう目で見たくないのは、家庭の事情か昔の恋心か。とにもかくにも女の子の仲良すぎる絡みを見てちょっとばかしドキドキしてしまうわけで。

そんな中ふと気付く。牛飼って意外とかわいいなと。

いやはや、かわいいのは前から知っていましたさ。クラスの男共の中でも人気が高い。

胸もあるし(推定Dカップ)顔も整っている。二つ結びってのが俺的にポイント高いな。

俺の見方が女の子同士の絡みから牛飼未衣に移行し始めるとすぐに、目の保養の時間は終わった。

秩序と風紀の調停者、猪狩華花の登場だ。


「そのへんにしときなさい」


お姉さんに引き離される妹二人の図。

ほっとしたような顔をしたのは秋だ。

少し残念そうな顔をしたのは牛飼、洋、そして俺。


たまにまた抱きつき攻撃をかましてやれ、牛飼。俺は喜んで観客になってやる。

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