キスミス ~キス未遂事件~

なつみ@中二病

第1話 雑誌事件

【山崎 洋】


つまりだ、まず言いたいことは、なんでこんなことをしているのか?、ということだ。

男三人で雑誌を囲んでなんとも実入りのない話をしている。ほんの三か月前ならなんとも

思わずに話に乗っていただろうけど、今は不用意にこんな話をするべきではない。

チラッと秋の方を確認する。牛飼・猪狩の干支コンビがしっかり秋を押さえてくれている。


「じゃ、俺は……この娘かな?」


ページの所狭しと並ぶ女の子の写真の一つを指示す。かわいい女の子を選んで、というごく当たり前の話だが最近は故意に避けていた話題だ。

秋がこのことにどう思うかを考えると、実際どうなるのかまったく想像できないわけだが、不安要素は極力排除していたわけだ。


「いや、萌えるね、」

慎吾が意味の分からないことを口走る。そんな一時的なブームになった言葉、どうせ意味もわからず使ってるんだ、そのはずだ。

「なんだよ、」

「いやさ、あくまでこのページの中だけの比較だけど、一番秋に雰囲気近いと思ってね」

それは考え過ぎたろう。俺は闇雲に秋を比較対象として考えない。はず。これは秋には到底話せないことだが、俺のタイプの娘は明るい人。のはず。まぁ、今じゃ秋が好きで堪らないのだけど。秋に釣られて好みが変った?いや、まさか。今や俺の中では秋は雲上の人。比較対象とかそんなレベルの話じゃない。もう一度選んだ写真の娘を見てみた。何となく慎吾の言うことがわかった気もした。いや、まさか? 気のせいでしょ?


「俺はこの娘だな」

池上啓介、彼が雑誌の主でこの話題を振ってきた張本人。


「あぁね、俺も好きだね、そんな感じの娘」

慎吾が相槌を入れる。さっき好みと言っていたのとかなり感じが違う。


「あれ、さっきは大人な感じの女性が好みだって言わなかったか?」


特に噛み付くまでのことじゃなかったが、慎吾に意地悪な質問をむけた。慎吾とは秋に関わることで話す機会は増えたが、まだよく知らないことが多い。


「俺にはストライクゾーンよりボール一つ分広いヒットゾーンがあるからね、どんな女の子も大丈夫」


慎吾は親指をたててみせた。それ、本当に大丈夫なの?

一方で啓介は満足気に頷いている。


「つまりエロだな!!」

啓介は自信満々に言い切った。


なにがつまりなの? まったく脈絡がない。まぁ、もう慣れてしまったけどさ。


「つまり、エロ、か?」

そして、意味深に問い直す慎吾。

これは突っ込み待ちですか? 突っ込み待ちですよね? 残念ながら慎吾さん、突っ込みませんからね。


「早速だから、次のページに駆け抜けちゃう?」

「いいねぇ~」


くだらないだろうか? 実入りはなくても話は弾む。この雰囲気は嫌いじゃない。だけど、以前に比べて写真の中から好みの娘を見つけるのに時間がかかるようになった。わかる、理由は簡単にわかる。興味関心が秋一人に寄ったからだ。でも、話の為には選ばなければならない。


「この娘かな?」


一つの写真を指示す。

「その娘が、どうしたの……?」


か細い声が背後から聞こえた。心臓が跳ねた。

慎吾は困惑気に目を泳がせている。口許には苦笑が浮かんでいる。残念ながら、期待するようなフォローの言葉は出てきそうにない。

「あの……秋様、男の輩には、時にこうして遊ぶのは一般のことでありまして……」

ありまして……、どう答えれば誤魔化せるの?


目を泳がす俺の助けて視線に気付いたように、啓介は強いまなざしを返してくれた。


「つまりエロだな!」


帰れ、変態役立たず


 /


【猪狩華花】


「エロ……?」


秋が彼女に全く似つかわしくない言葉を発した。


黙れ変態池上と山崎君の顔に書いてある。この男はわかりやすくてならない。

本来ならば秋と牛飼に首輪をつけておくのが私の役目だったのだろうけど、今は敢えてそれをしなかった。こんなに面白い面子の各人の反応を見たかったということも理由の大部分ではあるが、やはり一番はこれが秋と彼にとって必要なことだと思ったからだ。


私にとって秋は大切な友達だ。でも、牛飼が抱いているような感情を私は持ち合わせてはいない。好きには色々な意味があるのだ。それこそ時や場合や人の数だけ。

私は詳しくは知らないがどうやら秋は閉鎖的な環境で育ったらしく、年相応のコミュニケーション能力を持っていない――少なくとも私はそう思う――だから人を疑う事を知らなかったり、何よりも人間というものについての知識も理解も体感も追いついていない。


17年も生きていれば人間の在り方、付き合い方なんてものは大抵の人間は身についているもので、所詮十代の経験ではあるが少なくともスタートラインには立っていると思う。社会適合性をはかるという意味で。

そう、拙いながら高校生の少年少女は人間関係におけるコミュニケーション能力を培っている。人間観察が趣味の私にははっきりとわかる。長瀬秋は人間と接する経験が明らかに不足している。

おそらく長瀬(男)の方は気付いているだろう。普段ふらふらして飄々としているがあれは私に似たタイプだ。表面と中身が食い違ったひねくれ者。そして世界を斜めに見て人間を観察して批評家を気取る。

全く、嫌な性格だ。


閑話休題。


それはそうと秋の話だ。とにかく私は、秋のことを応援したいと思っているわけで、牛飼の過保護っぷりも最近どうにかしたいと思っているわけで。私の秋に対する想いはそれなりに語る程の内容ではあるが今回は全くもって関係がないので残念ながら割愛させて頂く。と、思考がいろいろと飛んでしまうのは私の悪い癖だ。

結論から言おう。私、猪狩華花が何を言いたいかというと、秋は現実を知るべきなのだ。

今の秋は山崎洋という人間を神聖化している。見ていればわかる。彼女のごく狭い世界の九割以上がこの男で占められている。これは異常といっても過言ではない。

誰かを強く想う心は時として至極綺麗だが、時として狂気的なまでに醜悪だ。恋は盲目という言葉があるが、それは裏を返せば周りを、他を全く客観視できない状態にあるということ。否、文字通り何も見えていないのだ。

しかしそこは二人で、特に山崎君ががんばってクリアしなければならない課題だろう。秋の目を周り――世界――に向け、他の人間――山崎洋以外の存在――に触れさせる。この懸案事項こそ二人の最も重要な問題であると私は考えるが、今するべきことは、


二人が男と女であるということを自覚する

ということではないだろうか。


先日のキス未遂事件から考えていたのだが、秋にはもっと女としての自覚を持って、そう――しっかりして欲しいのだ。男は狼という格言もある。牛飼という番犬もいるが、結局のところ自分を守れるのは自分だけなのである。何も知らない子羊であるなら尚更。

キス未遂事件前に牛飼が何らかのレクチャーを行ったようだが、体感を持たない知識など何の意味もない。必要なのは本能的に理解すること。


とまあ私は色々考えてしまう人間で、その思考は取り留めがないわけで、長い思考に付き合わせてしまって申し訳ない。


確かに、山崎君の反応が見たいというのは大いにあった。だから何かしらの理由をつけて、あの場に秋を投入したかったのだ。とにかく、男がどういう思考をしているのか、それを知る為のいい機会だと思ったのだ。無知で純粋な子供は同時に未熟なだけに過ぎない。

少し早いかなとは確かに思った。だから、まあ、まさかあんなことになるとは露ほども思っていなかったわけで……。




///


そのとき、胸の中がぎゅっとなった。

うれしくて、しあわせなときのぎゅーとは違う。

痛くて、締め付けられるような感じ。

どうしてかな。

なんだかちょっと苦しいの。

胸の中がぎゅっとするの。

それはなんだか嫌なぎゅーで。

ちょっとだけ泣きそうになった。



///


【長瀬慎吾】


洋の弁解はこうだ。

女の子が載っている雑誌を見るのは男の一般的な趣味の一つで、高校生男子なら女の子の顔の好き嫌いやら体の良し悪しについて語り合うのが世の常・人の常であると。ふむ、確かにそうだ。俺だってよくやるさ。だがな洋、違うぞ。お前は間違っている。だから俺は敢えて言ってやろう。


「バカかお前は」

俺が素で科白を言うなんて大変なことだぞ。これでもみんなに優しい爽やか慎吾さんで通ってるからな。

気持ちはわかる。混乱していたんだろ?だがな、そういうことだけは言っちゃあいけないんだ。わかるだろ?ただでさえ秋はこういうのが苦手なんだから。


「ひろちゃんはこういうの好きなの?」

秋がか細い声で呟く。表情が無いのが逆に怖い。

「なんというか、たまにというか、好きでも嫌いでもないというか」

支離滅裂だ。そんな時、池上が助け船を出した。

「男ならみんなおっぱい大好きだぜ!」

その瞬間、世界が終わった気がした。


なに、池上にとってはそれが助け船のつもりだったのさ。ただその船には穴が空いていた――どころではなく底が始めからなく、舵も帆も救命具もなく、あまつさえピラニアとダイナマイトと貧乏神とついでにビンラディンを乗せていたってだけさ。

俺だってまだ少しは冗談のつもりでいたさ。

だがな、次に秋の顔を見た時はさすがに青ざめたね。

なんせ、あの秋が、顔いっぱいに不快感を露わにしていたんだから。これがどれほどの事か諸兄らにわかるか!昔の秋には感情がなかったとも言える。他人を否定することも自分を肯定することも知らずに生きてきた少女。俺は秋がへらへらと笑っているところしか見たことがない。笑うことで自分を守ってきたのだろう。


秋が不快感に顔を歪めた瞬間、俺は最低なことを思った。

嬉しかったのだ、俺は。ああ、秋にもこんな表情ができるのかと。ちゃんと感情があるのだと。

罪の意識を持った俺はいつだって自分が救われたいと考えていた。そのことに気付いた時の絶望感といったら、ないぜ?ああ、言い表せる言葉があったら教えて欲しいもんだ。その言葉を抱えて海に飛び込んでやる!


そんなことを考えていた俺は後手に回ってしまった。フォローを入れようと台詞を考えている間に秋が次の言葉を紡いでいた。


「ごめんねひろちゃん、あたし胸ないから、つまんないよね」

「ち、違う」


洋の声には全く余裕が感じられなかった。それに引き換え秋の声はひどく落ち着いていて、俺達の空気をどす黒く染めていった。

「なにが違うの?教えて?」

「だから、俺は、秋の方が好きなのであって、つまり、」

ああ。言ってはならぬ事を言った。この男は。

間が悪かった。そうとしか言いようがない。普段のこいつならきっとこういう事は言わなかったのだろう。


『秋の方が』


比べちゃダメだろ。そこは。

だって二人は、お互いに絶対的な存在であったはずなのに。


何がいけなかったのか?俺達が昼間からこんなアホトークをしてたからか?洋が言葉の選択を誤ったからか?それともたまたま今開いているページに水着の女が載っているからか?


秋は無言のまま教室を飛び出した。

背中が「ばか」と言っているようでならなかったが、無言で語る方が堪えるよな、こういう時って。


みんな固まったままだった。

一番始めに動いたのは牛飼だった。

走って追いかけようとしたが、すぐに立ち止まって洋を睨み付け、


「追いかけろ!」


と叫んでいた。

数瞬の間を挟んで洋は教室を駆け出た。



///


(蛇足部)


【長瀬慎吾】


あそこで洋を行かせたのは俺としては失敗ではないかと思う。普通ああいう場面では女が追いかけないか?

まあ牛飼が選んだ選択肢だ、何か考えがあるのだろうが。それとも漸く気づいたか?己の無力さに。本人達のことは本人達にしか解決し得ないってことさ。


その場にはしまったという顔をした猪狩と、悔しそうに唇を噛んだ牛飼と、よくわからないままぽかんと口を開けた間抜け面の池上が佇んでいた。


俺はというと、自分は結局のところ秋を傷つけることしかできないのかと、軽く――いや、正直に言おう。非常に重く強くへこんでいた。



【山崎洋】


「そんなもん、抱き締めて『お前が好きだぁぁぁ!!』って言や即解決だろ?」


なんとも乱暴な意見だ。そんな単純なことで今の秋は納得しないだろう。いきなり体に触れるだけでも不信感を煽る結果になり兼ねない。

歯車が狂った。まったく予想のつかない方向に思わぬ早さで駆け始めているようだ。一つの油断。秋があのタイミングであの話を聞ける位置に居たこと。牛飼か猪狩かどちらかでも、俺達がどんな話をしているのかをある程度察しているはずだ、というのはただの思い込みか? 不謹慎なことだが友達の心配より先にいつもの人間観察が始まっている。口許が歪む。自嘲だろう。倒錯している、わかっている。でも治らない。

ふと向かいにいる猪狩と眼が合った。心の底から笑いが込み上げて来るのがわかった。まるで鏡を見ているようじゃないか。表面上は二人を心配しているような顔をして、口許にだけ微かに自嘲に歪んでいる。あぁ、なるほど、あのときの秋の行動が誰かの故意だったとしたら?

一度思考を強制的に区切った。このまま考え続けるのは精神衛生上良くない。今一度、友の為に真剣に悩んでみたい、そんな素直な想いに任せてみたかった。

それにしても、つくづく滑稽な状況だ。一つの机を挟んで男女二人づつが座っている。傍からみるとどう思われるだろうか? グループ発表の会議中、辺りが妥当か。でもそうなると、机の上の雑誌が余計だ。お通夜のような神妙な雰囲気のなか、自信満々にその身体を見せつけるグラビアアイドルの写真は荒唐無稽としか言い表しようのない。

牛飼は苦虫を噛み潰したような渋い顔のまま一言も喋らない。

啓介は一人まったく別の方向性でこの事件を見ているようだ。彼の眼差しには迷いがない。危機を理解していないだけの様にも見えるが、それ以上に洋を信じているのだろう。

惜しむべくは啓介が秋の脆弱さを知らないことだ。

「恋人同士ときにぶつかることも喧嘩することもある。なぁに、大丈夫さ、青春なんてそんなもんだろ?」


そう、本来なら何の問題にもならない些末な出来事なのだ。しかしこれは認識の差異という大きな問題に起因するものだ。些細なことが、乗り越えるべき大きな壁となって表面化した、と考えるべきだろう。




教室を飛び出す。階段へと曲がる秋の後ろ姿が見えた。……いきなり見失った。

秋は何処へ? まずは階段を上がっていったのか、くだったのか? 秋の行き先で思い当たるふしは無い。俺はゆっくりと歩みを進める。早く秋の顔を見たかったけど、自分が今思っていること・伝えなきゃいけないことを整理しておかなければ、下手な言葉で秋を余計に傷つけてしまうから。


そもそも、何故秋にあんな場面――男友達らで女の子の写真が載った雑誌を見ながら女の子の品評会に勤しむ、ような――を見られない様に注意していたのだろうか? ばっさり言ってしまうと品評会は嫌いだった。ギラギラした嫌らしい視線に、地に足のつかない妄想トーク。でも、だ、孤高ぶっていてはクラスには馴染めない。慣れるまで時間はかからなかった。楽なんだ、話題に困らず済むし、盛り上げる手間もかからない。男がそういう話をしたがる理由の一部だろう。ただし、それは小さな理由に過ぎないのかもしれない。

少年的な潔癖性から見れば、ふざけた品評会は醜悪な欲望の集うサバト。秋のような純粋な人にとってどれだけ嫌悪感を煽るのか、創造するに難くない。秋から嫌悪感を向けられる恐怖、秋に嫌悪感を抱かせる恐怖。秋に言い様もない不信感を与えたのは確かなことだ。

じゃあ、どうする? 答えはまだ出てこない。男というのはそういう生物なんだ、とでもわかってもらうのか? あんな下種な話をしていた俺が間違っていたのか? 俺自身はやっぱりあんな話は控えるべきだ、と思う部分はある。ただ、一般的な意見を考えると、ある程度許容されるべきだと思う。そして、今日の会話はまだ生易しい方だった。男同士の話の中にはもっと生々しいというか、品のない単語が多く使われる。もしかすると、男は下ネタ抜きには生きていけない生き物なのかもしれない。いつの間にか慣れ親しみ、受け流す術を覚え、時に自らネタをふった。

……どうも話が逸れてしまう。つまりだ、今後一切あの手の雑誌を見ませんと誓えるか? いや、無理だろう。じゃぁ、どうするんだ? 問題の一つは秋が「男」という生き物を正しく認識できていないこと。話していくしかない、ゆっくりと理解を深めていくしかないことだ。そのためにも、今はまだ秋の信頼を失うわけにはいかない。


 あぁ、そう、問題はまだあるわけだが、何はともあれ俺が秋をどれくらい好きなのかを知らせたい。まずは、それからだ。


二階の渡り廊下から中庭を見下ろす。秋は今一人になりたがっているはずだ。この学校で人のあまり立ち寄らない場所を考えると自ずと選択肢は限られてくる。思ったとおりベンチでうなだれる制服姿の少女を確認した。


 キス未遂事件のとき、秋はかなり大胆なことを口にした。行為を許容すると言った。その真意は何だったのか……


 思考は巡る。次から次へと問題にぶち当たる。答えが出ない。少し時間を置いたのに、全然整理がつかないし、何て声をかけていいのさえわからない。なんだ、めまぐるしく頭を回して、どうしていいかほとんどわからないじゃないか、


 秋はとても脆弱だと思う。知らないことが多いからというのも、理由の一つだろう。もっとも、俺だって多くを知っているわけでもないけど。彼女がいる前で水着の女の写真を見ている彼氏……う~ん、嫌だわな、普通に。じゃあ、秋の反応は過剰と思うのが間違えか? これを考えても、押し問答に終わりそうだ。知ってる、知らない、を考えるなら、秋のことをどれだけ知っていると言えるだろうか? 秋のこともっと知らなくちゃいけない、そしてもっと許容していかなきゃいけない。でも、秋は俺のことも許容してくれるのだろうか? 馬鹿なことを不安がっている、と思う。


一歩目、上靴のまま中庭に踏み込んでいく。誰かが言っていた。3のつく区切りには不安になりやすいのだと。だから「三年目の浮気」とかいう曲が流行ったとか流行らなかったとか? 三ヶ月目を向かえた今、丁度不安に陥りやすい時期なのかもしれない。


「秋……」


後ろから声をかける。秋の肩が震える。警戒されているのがわかる。

「そのままでいいから、逃げないで聞いて欲しい」


秋の首が一度縦に小さく揺れる。とにかく逃げないでくれるみたいだ。こうして後ろ姿を見ると、かわいい……。圧倒的じゃないか!

一般的な男子のコミュニケーション云々のことは今はおいておこう。今すぐにわかってもらえる話じゃないし。

馬鹿だなぁ、いろいろ考えたのに全く言葉が出てこない。もう、何考えてたのかも、あんまり思い出せなくなってきてない?


「4月の頭のころだっけ、俺秋のこと好きだって、言ったよね」


「でも……わたし、あの写真の人みたいに、綺麗じゃないし……ごめんね」


 何で、「ごめんね」なんて言うのだろうか、悪いのは秋じゃない。悪いのは、秋を傷つけるようなことを言った俺だ。そうそう、啓介君、教室に戻っても今の感情を覚えていたらしこたま殴りますんで、ヨロシク。


「写真は、しゃべらないよ。触れてみても無機質なだけ、暖かくもない」


 苦しい言葉だと思う。あまり言葉巧み話せる質じゃないし、一言一言をよく咀嚼されるとすぐにボロが出そうだ。現に「じゃあ何でそんな写真を見るの?」って聞かれたら上手く弁解できるかどうか……。こうなれば必要なのは勢いだ、


「俺が秋のこと好きなのは、奇麗だからとかかわいいから、ってわけじゃない。いや、その、秋はかわいいし、その、すっごく好きだけどさ、あのさ、その、外見だけで好きになったんじゃないってこと」


 ダメだ、言葉が浮つく……、あの……すっごく恥ずかしいですよ、こういうこと言うの……。何情けないこと言ってんだよ、男はもっとビシっとした態度でサラリとそれくらいのこと言ってのけなきゃ、


「朝の挨拶のときに見せてくれる笑顔とか、何気ない一言だとか、二人で過ごすときの優しい雰囲気とか、落ち着いた感じとか、」

 つまりだ、つまり何が言いたいんだ、言っている自分がわかってねぇよ……。だいたい外見じゃないとか言いながら、笑顔って外見じゃない? ホント、頭悪くて悲しくなるね。あんまり啓介のこと馬鹿にできないや。嘆くな、俺後は勢いに任せるしか、ないだろ?


「秋じゃないと、ダメなんだ」


 言葉のつながりおかしくない? 大丈夫? 意味通じる? 考えるな、俺。言い続けろ想いのたけを、勢いで秋の不安を飲み込んでしまうんだ。


「俺、秋のこともっと知りたいと思ってる。でも、それだけじゃないんだ。秋に俺のことも知って欲しいって思ってる」


 他にも言わなきゃいけないことがあると思う。あるはずだ。でも、ぜんぜん言葉が見つからない。秋の問いかけに答えることができてるのか、それすらわからない。もう本当に、何て声をかければいいんだろうか? 慎吾にならわかるだろうか? あいつ、秋と従兄妹同士だし女の子の扱いも上手いし。助けてほしい、情けない話だが、助けてほしい。自分の言葉で秋には言わなきゃいけないと思うけど、上手い言葉が出てこないんだ。

 地面に腰を落とした。


「ごめんな秋」


 最後の最後に一番言いたかったことは言えた。もしかして、別れることになるんだろうか? 最悪のときの覚悟はしておかなきゃいけないのかも……


「わからないよ、どうしたらいいのか……。ひろちゃんがあんな本見ているの、やっぱりあたしイヤなんだと思うの。とても苦しかったの」


秋が立ち上がって振り向く。目尻に涙が残っている。

 本当に、どうしたらいいんだろうか? 取りあえずだ、しばらくはあの手の雑誌は見ない。これは決定。でも、それだけで解決? 無理だろうな。無事この事態を乗り切ったら慎吾にアドバイスをもらおうか。


「俺、秋のこと傷つけちゃって、本当に悪かったと思ってる。だからさ、今度“一日中秋の言うこときく”ってことで今日のところは許してくれないか」


「一日中……?」

「そ、秋の行きたいところであればどこへでも、欲しいものがあれば何でも……まぁ、もっとも限界はあるけど……財布の中身が耐えうる限り、秋のためにできることをするよ」


「む、無理しなくても、いいよ、あたしのためになんて……」

「秋は今日、たくさん嫌な想いをして、とっても苦しかったって言ってた。だからこれは俺にとっての罰。財布をいためるくらいじゃ生ぬるいよ。でも、俺どうすればいいか、わかんないしさ。とにかく機嫌をなおしてほしい、秋の笑顔が見たいしさ」


 秋のほうに手を差し出す。


「くらげさん……、見に行きたい、かな」

 

 表情を見ればわかるけど、秋は完全に俺のことを許してくれているわけではなさそうで、それでも少しは落ち着いてくれたみたいだ。


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