第11夜 下校

 夢をみた。


 長い長い通学路を通り、家に帰っていた。

 学校は、街からとおい山の向こうの竹藪の奥にあった。おばけでも住んでいそうな木造の建物で、私は、どうしてこんな辺鄙なところまで通学しなければならないのかと、いつも不満に思っていた。


 その日も、ほとんど獣道のような山道をくだり、ようやく、町はずれのパン屋と横断歩道が見えてきて、私はほっとした。

 横断歩道の手前で、黄色い旗を手に持ち、押しボタン式信号機のボタンを押す。

 だが、その日はなかなか、信号が青に変わらない。

 何度もボタンを押したけれど、やっぱり変わらない。

 私は困って周囲を見回した。

 今日はパン屋にも人がいない。通行人もいない。まっすぐに伸びた長い道路は、地平線の彼方まで見渡しても、一台の車も走っていない。

 ……それなら、信号なんて無視して、横断歩道を渡ってしまっても、かまわないんじゃないかな。

 私はそう思って、道路を渡った。


 家に向かって歩いているはずなのに、今度はちっとも家にたどり着かない。

 道の右側には、コンクリートの団地の壁に書かれた数字。13から数え始めて、12、11と小さくなっていって、4になったら私の家。それなのに、今日はなぜか、9とか8くらいからちっとも数字が変わらない。ずっと同じ建物の横を通り過ぎている。

 道の左側には、大きな用水路。その向こうに何があるのかは知らない。いつもうっすらと暗くて、煙突や、大きくて四角い建物の影が、もくもくした煙の中にかすんで見える。

 歩いても歩いても、家につかない。

 すれ違う人が怪訝そうに私を見る。気が付いたら私は、横断歩道の黄色い旗を、持ったままで歩いていた。

 捨ててしまおうとしても、手から離れない。何故か、握った手が開かない。


 目の前には、無限につづく団地沿いの道。

 後ろを振り向いても、同じ景色が広がっている。


(おしまい)

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