第9夜 故郷
夢をみた。
都会に住んでいた私は、何かの理由で郷里に帰らなければならなくなった。郷里の実家は、古く、煤けていて、私の部屋として用意された畳の部屋には、すでに家族の荷物や昔の箪笥が所狭しと並んでおり、私は泣きたいような気持ちになるのだった。
洗濯ものをたたんでいるうちに、さみしさとしずけさにおそわれ、いたたまれずに家を飛び出したが、多少は賑やかな駅前まで行くにもバスが必要で、遠い。せめて部屋の箪笥は新しいものに変えなくてはならないなあ、と思いながら商店街を歩く。
街角で、久しぶりに幼馴染と出会った。カオリちゃんという名前の彼女は、紺色のワンピースをふわりとさせて、私に近寄ってくる。
「●●ちゃんは、何か用事あるの? ないなら、一緒に行こう。アイスクリームの美味しい店があるから、食べて帰ろう。」
その言葉に私は、少し楽しい気持ちを思い出すけれど、アイスクリームを売っているのは、牧場直営の小さな売店なのだろう。
都会へ戻りたい。
くやしくて指先を噛むと、指はちぎれて大きな穴があいた。私は困ってしまって、幼稚園バスの運転手のもとに駆けよった。「お金を払いますから、絆創膏を下さい。」と頼む。幼稚園のバスなら、そのくらい持っているような気がしたのだった。予想通り彼は、だまって絆創膏を一枚差し出す。お金はいいよ、と言ってくれた上に、目的地まで送ってさえくれるようだった。
絆創膏は、うすい青色で透明のフィルムでできていて、汗ばんだ指には貼りつきにくかったけれど、妙に垢ぬけているデザインは悪くないと思った。
少しして、同行していたカオリちゃんがバスを降りたので、私はついていった。商店街のすみにある、大きな看板には「立川写真館」と書かれている。ごく普通の写真館のようだったが、カオリちゃんは誇らしげに「どう、ここが新しくできた写真館。」と言った。
名所を案内してくれているつもりなのだと気づき、私はごそごそ携帯電話を取り出して看板を撮影しようとする。その携帯電話は、都会で買ったものだと思うと、またさみしさとしずけさが私をのみこもうとしてくる。
(おしまい)
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