第8夜 にげる

 夢をみた。


 私は組織から逃げ出した。これ以上利用され搾取されるのは御免だった。

 とても広い田園地帯の、背の高さほどもある葦のような植物が生えた畑を駆け抜けていった。組織は高台からこちらを見下ろして監視していたから、何か建物の中に身を隠した方が良さそうだと思った。

 古くて苔むした、廃墟寸前の塔のような建物をみつけた。堅く施錠されているように見えた扉は、触れるとゆっくりと開いたので、私はこれ幸いと建物の中に滑り込んだ。

 螺旋階段が、どこまでも上へ上へと続いている。

 うすい灰緑の岩壁に、ところどころ明り取りの窓が開いており、外の、真夏の強くて鮮やかな光が差し込んでいる。螺旋階段をくるくると駆け上がりながら、古い仏像の中にいるようだな、と思う。


 だいぶ駆け上がったところで、不意に少年の姿をみかけた。

 驚いたが、組織のものではない。周囲を見回すと、他にも何人かの人影がある。通路の隅の方に、石や布で作った簡易的な住居もあった。

 そうか。この建物の扉が開いていたのは、そういうわけだったのか。

 私はとても安心した。ここまで逃げ出してきたものの、ひとりぼっちでいるのにも耐えられそうになかった。ここで、このひとたちに溶け込んで、静かにつつましく暮らす未来を想像してみる。悪くはない。


 ……だが、階段の下から、かすかに、複数の足音が乱暴に響くのに気づいていた。

 ああ、こんなところまで追ってきたのか。

 塔の住人たちがざわめく。長老のような、長い髭の老人が、聴いたことのないことばで何かを私に言っている。

 追手はもうそこまで来ている。上にも下にも逃げられない。


(おしまい)

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