② 市街地のアイアンロード

 サンカクPが送ってきたGPS情報は、仕事場からそれほど離れていなかった。

 マカロンは「さんかくやろうをたすけにいくなんてごめんです」と留守番。

 あいつには俺と違って拒否権があるらしい。待遇の違いに絶望する。


「ママー、あの仮面の人たち、なにー?」

「しっ、見たらダメよ」

 道を歩いていた親子の声が聞こえた。

 こんな変な仮面をつけて街を走ってたら、そりゃ変な目でも見られるわな。


「あ、DFC……」

 一方で翻るダークコートに、そんな言葉をもらす人もいる。

 十代後半から、三十代前半までの人たちで、多分読者だろう。

 キリカ先輩はたまに「いつもありがと!」なんて声をかけたりもする。


 走っていると、アスファルトの地面にたくさんのビラが散らばっていた。壁に貼り付けられているものまである。

「なんだろ、これ」

 走りながら風で飛んできた紙をキャッチすると、そこには『あなたのためのコンテンツ!』という文字が踊っていて、迫力のあるアクションシーンが描かれている。


 暴力シーンのある作品は発禁法にひっかかるのに、と思ったら案の定、ビラの端っこにはDFCのアドレスが記載されていた。


 夕刻の街は明るく、外を出歩いている人は多い。

「これ、ヤバくね? 検閲省を敵に回してるよな」

「カッコイイじゃん。チェックしてみようよ」

「ダメだって。捕まったらどうすんの?」

 ビラを手に取り、持ち帰る人の姿が散見される。


「みなさーん! 検閲省が怖いなら大丈夫! いざとなれば、私たちDFCが守るから!」

 走りながら、そんな声をかけるキリカ先輩。

 すごい自信。メアもこんな風にして、無料コンテンツ撲滅委員会を知ったんだろうか。


 それにしても、ビラに描かれたイラストはすごく上手かった。

 いかにも少年マンガの主人公って感じの短髪キャラが巨大なモンスターに剣を振り下ろそうとしている、ただそれだけの絵。


 でも険しい少年の表情から戦いの激しさが伝わってきて、この一撃で決められなければ怪物に敗れてしまう、そんな緊迫感があった。


「それ、マカロン先生の仕事ね」

「え、このイラスト、マカロンが描いたんですか!?」

 あんなゆるっふわな外見しといて、イラストは骨太!

「マカロン先生の作風、十種類以上あるから。それは少年マンガ風のやつだけど、百合四コマ描いてるときが一番いきいきしてるかな」

「へえー……」

 キリカ先輩の後ろをついていきながら、俺はビラのイラストに見入ってしまう。

 俺が小説を書いたら、マカロンが絵を描いてくれるんだよな。

 ぶっちゃけ、俺の作品にイラストなんかいらないと思ってたけど、こんなに上手いなら俄然描いてほしくなってきた。でも本人には絶対言わない。

「それにしても、宣伝がビラだなんて、めちゃくちゃアナログですね」

 この情報社会で、今さらビラとか。


「仕方がないのよ。ネットの掲示板やSNSで宣伝したって、すぐ検閲省のシステムによって消されちゃうしね。ビラもすぐ検閲官が回収に来るけど、それでもまだ人の手に渡りやすいし、目に触れやすいわ」

 そんなものかな。まあ、少なくとも形としては残るか。


「一般人はさっさと消えろ! 言っとくかビラは置いていけよ! もし持ち帰れば、罰は免れないと思え!」

 いきなり人が少なくなったと思ったら、検閲官が声を張り上げて人払いをしていた。


「お前らもさっさとビラを回収しろ! 一枚たりとも残すな!」


 白いヴァイスジャケットを着た検閲官たちは、全部で五人。

 そのうちのひとり、ビラを拾っていた男がいち早くこちらに気付き、銃を構える。

「貴様ら、あのチャラいやつの仲間か!」

 しかし、キリカ先輩がすれちがいざまに撃斬で戦意を断つ。


 ガクン、と膝を折る武装検閲官の男。他の連中も慌てて銃をホルスターから抜くが、遅い。銃口はひとつたりともキリカ先輩を捉えることなく、だらんと地面を向く。

「せっかくマカロン先生が書いたビラを、面白さを解さない人たちに焼却されるわけにはいかないのよね」


 すごい早業だ。キーボードで文字を入力しなきゃ戦えない俺には絶対真似できないスピードだな……。


「きゃあああああ!」

 たまたまその場を通りかかった女子高生が悲鳴をあげる。

 いきなり銃撃、そしてキリカ先輩の斬撃を見たんだもんな。そりゃビビる。

 銃をすぐにぶっ放す検閲官はどこにでもいるけど、それに対抗して戦うやつらなんて滅多にいないもんな。


「安心して。そんなに血なんか出てないでしょう?」

 チン、と刀を鞘に納めるキリカ先輩。

「み、峰打ち?」

 女子高生は、びくびくしながら先輩に問う。

「ちょっとちがうけど、ふふっ、エンタメをよくわかってるじゃない? そんな貴女には、はいこれ」

 キリカ先輩はビラを拾い上げ、女子高生に差し出す。

「無料コンテンツ撲滅委員会。応援してね☆」

「は、はい……」

 にこっと先輩に笑いかけられて、顔を赤らめビラを受け取る女の子。

 また読者が増えたな、これ。


 女の子が走り去ったあと、キリカ先輩は息を吐いた。

「どうやらサンカク先生は検閲官とバトルになって、このあたりに潜伏したみたいね」

「オレっちならここだ!」

 ゴミ捨て場のコンテナからバン、とサンカクPが出てきた。

「うおっ!」

 あんまり勢いよくフタを開けるものだから、俺はびっくりして尻餅をついてしまう。


「いやあ、助かったー! さすがのオレっちも今回ばかりはデッド・オア・アライブだったっス!」

「さっきまで隠れてたのに声がデカい!」

「はっはー! 褒めてる? 照れる!」

「褒めてない」

「そんだけ発声できてたら、ボカロに頼んなくてもいいって? でもオレっち、あくまでボカロPだからなあー!」

 聞いちゃいねえ。来たがらなかったマカロンの気持ち、わかるわー。

 助けがいがないよね、こう元気にされると。


「お疲れ様、サンカク先生。でも、あのくらいの人数、先生ならどうとでもなったでしょ?」

 サンカクPは、戦意喪失した検閲官たちの数を確認し、首を横に振る。

「さっきまでうろちょろしてた人数はこんなモンじゃないっスよ。コイツらビラ回収担当でしょ? オレっちを探してた連中は別にいるっス」


 サンカクPが言うやいなや、路地から別の検閲官が現れた。


「あ……お前ら」


 こんなに堂々といて、しかも人数が増えているとは思ってなかったんだろう。

 一瞬、その検閲官は硬直した。


「どうした? そっちにいたか?」

 路地の奥から別の検閲官の声がした。

 俺たちを発見した検閲官が、仲間に伝えようとした瞬間ーースコン、と虹色のチャクラムが彼の喉に刺さる。

 サンカクPの投げた『言葉の刃ボカロエッジ』だ。


「いや、こっちには誰もいない! 俺はもう少し大通りを見てみる」

 俺は驚いた。検閲官が放ったのは、まるでDFCである俺らをかばうかのような言葉だったからだ。

 しかし、俺以上に驚いているのはその検閲官自身だった。

 パクパクと口を動かしているが、それ以上言葉は出ないようだ。

「わかった! 手分けしよう!」

 姿の見えない仲間からそう返されて、検閲官の表情が青くなる。


「はい、おつかれちゃーん」

 サンカクPが声をかけ、チャクラムを抜くと同時に、キリカ先輩が撃霧で斬る。

 

「なるほど、そうやって使うんだ。『言葉の刃』って」

「なかなか便利っしょ? オレっちのクリオネ」

 バチンとウインクするサンカクP。

 うまく使えば、敵の指揮系統を破壊することも可能ってことか。


「じゃあ、脱出しましょうか――とと、こっちにもいるわね。戦闘を避けるのは無理そう」

 走り出そうとした先輩が慌てて立ち止まる。確かに、遠くに検閲官の姿が見えた。

 ホントに多いな。この様子だと、遠回りしてもどこかで鉢合わせしそうだ。

 たかがビラを取り締まるためにこんなに集まってるって、暇なのかこいつら。

 人の活動を邪魔する時間を、もっと有意義に使えばいいのに。


「ま、いいわ。モゲル先生には戦闘経験を積んでほしかったし」

「ん、俺がやるんですか?」

「そうよ? そんなに手練はいないみたいだし、『無慈悲な生命バイオレンス』を試すいいチャンスだと思わない?」


 まあ、クリオネ能力を実戦で使ってみたいとは俺も思ってたし、別に嫌じゃない。

「あの……、もしオリジナルキャラで検閲官を倒せたら、そのキャラは採用にしてもらえませんか?」

 俺はダメ元でそんな提案をしてみる。

 やっぱり諦めきれないんだよな、特にアイアンロードは。

「ふうん。オリキャラでやるつもりなんだ」

 キリカ先輩は愉快そうにふふんと笑う。

『本当に大丈夫なの?』という挑発的な表情だ。


「いいわよ。検閲官を倒せたら、そのキャラはゴミ箱から救い出してあげる」

「マジですか」

「ええ。倒せたらだけどね」

 それを聞いたら、俄然やる気が出てきた。

 どうも先輩は無謀だと思っているっぽいけど、とくと見せてやるぜ。

 俺の考えたキャラがどんだけカッコいいかを。


 俺はクリオネの文字盤をタップ、深紅のキーボードを出現させると、文字を入力する。


『男の全身は真紅の鋼鉄で覆われていた。鎧ではなく、皮膚。そう言って差し支えないほどに、金属の外殻は身体にフィットし、その内側に潜む筋肉のしなやかさが伝わってくるほどだ。顔もまた鋼に隠され、表情を読み取ることはできない。だが、その瞳には復讐の炎が燃え上がっている。男は戦士であり、完全なるリベンジャーだった』


 エンターを押し、入稿。

 ズズズ、とキーボードから文字が吐き出され、今日ボツになったキャラ『アイアンロード』が具現化していく。

 よしよし、イメージ通りの仕上がりに――


「あ、れ……?」


 俺は首をかしげた。いや、イメージはぴったりなんだ。

 俺より少し高い身長や、金属の色、そして威圧感まで。

「なにこのキャラ、超カッケー! アメコミのヒーローみてえー! ……ンでも、なんかぼやけてね? ピントがあってなくね?」

 サンカクPの言う通り。アイアンロードの輪郭が、なぜかおぼろげなんだ。

 金属の鋭角なフォルムカッコよさのキモなのに、これじゃ魅力が大幅減。


 ……なんでだ? 『LEOLA』のモンスターを作ったときや、仕事場でオリキャラ出現させたときは、こんなことなかったのに。


 ま、まあいい。疑問は後回しにして、今は検閲官を倒すことを考えよう。

 頼むぜ、アイアンロード。お前自身の人生がかかってるんだからな?


『アイアンロードは、白いジャケットを着た男を発見し、憎悪をたぎらせた。自らを改造した組織の人間だと直感したからだ』


 エンターキーを押すと、アイアンロードは検閲官に向かって走り出す!

「なんだ、いきなり! 貴様もDFCの一味か!」

 大通りにいた検閲官の男が、アイアンロードの重量級の足音でようやく俺たちに気づく。


「DFCだと……? 言っている意味がわからんな」

 うお、アイアンロードが喋った!

 なに、喋れるの? 俺の創造したキャラって!

 今までモンスターと狂人しか作ってなかったから知らなかった!


「しらばっくれるな! 罪を認めて出頭しろ。今なら創作力を失うだけで済ましてやる!」

 そう言って銃口をアイアンロードに向ける検閲官。

「罪だと? 貴様らエリシオンの人間がそれを言うか」

 あ、エリシオンってのは、アイアンロードが戦ってる組織の名前ね。

 検閲官は会話が通じなくてポカンとしてるけど。


「貴様こそ、罪の呪縛を受け入れろ!」

 アイアンロードが決め台詞を発する。

 ここだ! 俺はキーボードをダダダダッと打ちこむ。


『アイアンロードの腕から鉄鎖が飛び出し、男を拘束、締め上げる!』


 ギュンッ、と目にも留まらぬ速さで、鎖が検閲官を縛り上げる!


「な……」

 手足を完全に封じられ、驚愕に目を見開く検閲官。

 くくく、こうなったらもう抜け出せないぞ。

 アイアンロードの鎖は、鯨すら繋ぎ止めることができる特別製なんだからな!


「クッ、こんな鎖などヴァイスジャケットの力があれば――」


 ピシッ。


「――抜け出せ……る?」


 苦悶の表情が、困惑に変化する。

 その瞬間、検閲官を縛り上げていた鎖の輪が砕け、バラバラと地に落ちた。


「なんだこの鎖……、てんでモロいぞ」

「ええええええええ!?」

 いくら検閲官のジャケットが人体の能力を引き上げるって言っても、鋼鉄の鎖をこうも簡単に破れるもんか!?


「罪の呪縛を受け入れ――」

「しつこい」

 機械のように同じ言葉を発しようとしたアイアンロードの頭部に、銃弾が命中する。

 すると、銃弾など効かないはずの鋼鉄はいとも簡単に貫通し、頭を打ち抜かれたアイアンロードはあっさりと消滅してしまう。


「お、俺のアイアンロードが……」

 嘘だろ。なんでこんなにあっさり負けるんだよ。

「さっきのは人じゃなかったのか。ということは、操ってたのはお前か?」

 検閲官の男が俺をじろりと睨み、銃を構える。

 と、そのとき間に割って入ったのはキリカ先輩だった。

 先輩は居合いの要領でスパンッと刀を抜き、そのまま検閲官を斬り裂く。

 斬られた検閲官は、やはり戦意を失い、放心する。


 こんなにあっさりやられるってことは、この検閲官が特別に強かったわけじゃなさそうだ。つまり、アイアンロードが弱かったってこと……。

 あのおぼろげなフォルムといい、俺のなかでイメージがしっかり出来ていなかったっていうんだろうか……。

「私がボツにした理由、少しはわかったかしら」

 刀を納めながら、キリカ先輩が言う。

「……」

 認めざるを得ない。こんなんじゃ読者に好きになってもらえないし、実戦でも役に立たないって……。


 キャラが弱いんだ。なにが悪いのかはわからないけれど、これだけボツをもらってるんだから、俺のキャラづくりには致命的な欠陥があるってことなんだろう。

 どうすれば強くて、魅力的なキャラにすることができるんだ……?


「しょうがないわね。本当は自分でたどりついてほしかったけど、ひとつだけアドバイスをあげる」

 俺の苦悩に気づいた先輩は、にこりと笑う。

「先生の書くキャラはね、強すぎるのよ」


「は?」


 なに言ってるんだ、この人は。

「逆でしょ? 強すぎるならなんの問題もないじゃないですか」

 強ければ、検閲官に負けることもなかったし。


「それが、こと創作においては違うんだなあ」

 思わせぶりに、唇に指を当てる先輩。

「余計わからなくなったんですけど……」

「そ? ならよかった。大いに思い悩みなさい」

 あくまで肝心なところには自分の力でたどりつけってスタンスなわけね。

 スパルタだなぁ……。

「いやー、キャラ作りって、奥が深いねぇー! オレっち関係なくてよかったー!」

 サンカクPがおおげさに胸を撫で下ろす。曲作りにはキャラいらないもんな。


 俺たちがそんな会話をしていると、

「……お前らなんて、道明寺のF計画さえ始まればーー」

 撃霧で戦意を喪失した検閲官が、ぼそりと言った。

 F計画――どこかで聞いたことがある言葉だった。

 そうだ。道明寺シイナが語ったプロジェクト・フレイム――その略がそんな名称だったはすだ。


「お前ら――なにを企んでいるんだ?」

 俺は訊ねるが、検閲官はうつろな表情を返すだけ。

「無駄よ。撃霧で斬ったら、しばらくはちゃんと思考が働かないから。口を割らせようと思っても無理」

「んー、残念ッ! つーワケで、とっととずらかろー!」

 走り出すふたりの後ろに俺もついていく。

 そういえば、シイナの姿を最近見てないんだよな。

 学校もこの一昨日から欠席してるし。

「F計画――プロジェクト・フレイムか……」

 シイナがかつて話していた計画名を、他の検閲官の口からも出たことに、なんだか嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

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