3章 創作者のプライド

① キャラづくりとボツラッシュ

「うん、これもボツね♪」

 編集長席に頬杖をついたキリカ先輩が、俺の持ってきたキャラ案をすべて却下した。

「……いい加減にしてくださいよ」


 新作のキャラを考えはじめてから早一週間。

 耐えに耐えてきた俺の我慢も、もはや限界に達した。


「あれもボツ、これもボツ。一体、いつになったらオッケーが出るんですか!」

「もちろん、いいキャラが作れたらだけど?」


 さらりと言ってのけるキリカ先輩。

 俺がいくつキャラ出したか覚えてるんだろうか。


 もう百キャラ以上は出してると思うんです。

 でも、いつも目の前でボツボツボツボツと、ボツボツラッシュで惨殺ですよ。

 燃えるゴミは、月・水・金。


「なにが気にくわないんです? そりゃ全部が全部自信作とは言わないですけど、今日提出した『アイアンロード』なんかは結構よかったでしょうが」


 アイアンロードは全身が鋼鉄で出来た改造人間だ。

 自らを改造した悪の組織を恨み、戦い続ける。

 武器は、指から飛び出す鉄鎖。巻きついたら最後、その鎖は全身の骨を砕くまで敵を離さない!

 決め台詞は『罪の呪縛を受け入れろ』

 いやー、カッコいいだろどう考えても。

 このキャラのなにが気に食わないわけ?


「…………ははーん。そういうことですか」

「なにかわかったのかしら? あなたのキャラに足りないものとか」

「ええ、わかりました。といっても、キャラづくりについてじゃありません。キリカ先輩の魂胆が、です」

「私の魂胆?」

 首をかしげるキリカ先輩。しらじらしいなあ、もう。


「俺が出したキャラ案のなかには、本来オッケーな水準のものもあったんでしょう? でも、俺の力をもっと引き出すため! 心を鬼にしてボツにし続けている! つまりはそういうことですね!」


「あはは。全然違うけど」


「いやあおかしいと思ってたんですよね。俺が作った最高のキャラたちがこんなにボツになるわけが、って違うんですか!」

 先輩は心底おかしそうに、パンパンと手を叩く。

「ほんっと、モゲル先生の根拠のない自信ってある種の才能だよね!」


 なにそれ!

 まったく誉められている気がしない!

 先輩が楽しそうにしてるのが唯一の救いではあるけど!


「まあでも、ダメな部分をハッキリ言っていないのはわざとよ」

 えっ、それそんなサラッと言うことじゃないですよね?

「ど、どうしてそんな意地悪するんです? わかってることがあるなら言ってくださいよ。そうすれば無駄な苦労しなくてもすむのに」

 そもそも、それが編集者の仕事でしょ、なんて思っていたら。

「創作に無駄な苦労なんてないわ!」

 バン、と机を叩き立ち上がる先輩。

 な、なんですかいきなり。

「今は私を憎らしく思うかもしれない。悔しくて腹立たしくて、殺したいとすら思うかもしれない。あ、先生の場合、私を殺したいのはいつものことね」

 よくわかってますね。その通りです。


「でも、そうやって遠回りすればいいじゃない。誰かの敷いたレールを歩いても、そこには鉄と砂利しかない。鬱蒼とした森は歩きにくくて、目的地へ辿り着くのは夜になるけれど、見知らぬ花や果実、気味悪い昆虫や可愛い小鳥に出会えるわ。そして気がついたとき、あなたの足腰はしっかりと鍛えられている」

「足腰……」

「創作力の足腰!」

「はぁ……」

 熱く語られれば語られるほど、俺は引いて冷めていく。

 創作力の足腰、ねえ……。基礎能力的な?

 結局それ、ボツを出して俺を鍛えようとしてるってことじゃないの?

 先輩は俺のジト目に全く気づく様子はない。奮しながらグッと拳を握って、締めくくる。


「そしてボツになったキャラは夜空の星となり、貴方を見守り続ける……」

 今良いこと言った感全開で、チラッと俺を見る先輩。

「いやいや、感動とかしないですからね? 大体、人が死んだみたいに大げさに言わないでくださいよ」


「え、モゲル先生の作るキャラには魂がないの?」

「なにいってるんですか。あ、ありますよ」

 そんな訊かれ方したら、こう応えるしかない。

「へえー。それにしては、薄っぺらいのよね。どれもこれも、他の作品に影響を受けたのが丸わかりなキャラばかりで」

 う、まあ言いたいことはわかるよ。自分を改造した組織に復讐しようとするとか、日本の変身ヒーローで同じ設定なのあるし、アイアンロードの外観はアメコミの似た名前のヒーローそっくりだし。


「でも今の時代、全くのオリジナルなんて存在しないですよね。このくらい、オマージュとしてはアリだと思うんです」

 大体、そのオリジナルを知ってる人自体、俺らの世代では少ないわけじゃん?

 発禁法が施行されてからは、両作品とも回収になったわけだから。


「ちっちっち、よ。そんなぬるい考え方の作家は、DFCにはいりませーん。はい、キャラも星流しです」

 キリカ先輩は端末に送ったキャラ案をゴミ箱に送る。星になって見守り続けてくれ。

「そろそろ私がもったいなくて削除できないようなキャラを作ってきてね。大丈夫、モゲル先生なら絶対にできるから」


 にこにこと笑うキリカ先輩。くっそー、そんなこと言われたら憎むに憎めないじゃないか。

 なんかズルいんだよな、やり方が。

 この人に認められたいって、どうしても思ってしまう。

 手のひらで踊らされてるのは明らかなのにさ。


「あーあ、編集はいいですよね。俺の作ってきたものに対して文句ばっかりつけてればいいんですから」

 だから、こういう皮肉が口から出てしまう。

「先輩には、この産みの苦しみは絶対わからないですよ」


 ハン、と反抗的にそんな言葉を吐くと、先輩の表情がさっと曇った。

 あ、ヤベ。ちょっと言い過ぎたかなーーなんて思ったら。


「この、とりやろう」

「がっ!」

 ズン、と下腹部に衝撃が走った。すぐさまその痛みは脳まで届き、俺はガクッと膝をおる。


「おねえさまにしつれいなこというのは、あたしがゆるしませんよ」

「お、おま……」

 話を聞いていたらしいマカロンが、背後から思いっきり、男の急所を蹴り上げたのだ。


「なんてことしやがる……」

「いたそうですね。でもあたしには、そのいたみはいっしょうわからないので」

「だろうね! わかってたら攻撃するの絶対ためらうからね!」

 意趣返しか! キリカ先輩にやられるならまだ納得できるけど、お前から不意うち食らうのは全然納得できねえ!


「メ、でしょ。マカロン先生ったら。白日北支部の男女比、ようやく半々になったのに、また女性が増えちゃう……」

「縁起でもないこと言わないでください! どんだけ強く蹴ったらそうなるんですか!」

 よかった。先輩の表情が元に戻ってる。機嫌を直してもらえたなら、急所の蹴られ甲斐もあったってものだ。もう二度とイヤだけど。


 キリカ先輩は妖艶に笑い、ひざまづいた俺の髪をなでる。

「あくまで作品を作るのは創作者よ。編集者が作品を作るようになったらおしまいでしょ」

「まあそうなんですけどね……」

「まだけられたりないですか」

「やめろ」

 俺は手で股間をガードする。

 マジ、やめろ。

 

 と、そのときキリカ先輩のスマホが鳴った。

 届いたメールを見て、先輩の眉間が険しくなる。

「どうかしたんですか?」 

「ん、サンカク先生からの応援要請」

 

 応援要請とは、自分ひとりではどうしようもないトラブルに見舞われたときに助けを求めるもので、DFC白日北支部のメンバーに一斉送信される。


 常時サイレントモードにしている俺のスマホにも、メールが届いていた。

『オレんとこ来ないか?』

 というタイトル以外には、GPSの位置情報が記された地図が添付されているだけ。

 これでよく応援要請だってわかるな、キリカ先輩。

 メンバーのことよく把握してるわ。


「そういや今日、サンカクPいなかったですね」

「白日北支部の貴重な男手だからね。色々お願いしてるし、危険に巻き込まれることも多いのよ」

 そういうと、先輩はクリオネを起動し、ダークコートに身を包む。

「しょうがないから、手伝いにいきましょうか」

 仕事場の隅で、ヤヌシがクワッとあくびをした。

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