⑤ プロジェクト・フレイム胎動

 白日市の中心にそびえ立つ巨塔。

 滑らかに流線型をつくる、青白いソーラーパネルの外壁。

 入り口の鉄扉に描かれるは巨大な『真実の瞳』。


 この建物こそが、検閲官の拠り所であり、象徴である『検閲省』である。


 高効率ソーラーパネルを主な電力源とするこの都市において、日陰は敵に等しい。

 ゆえに、エリアによって建物の高さは厳しく制限されているのだが――

 この建物だけは完全に例外である。


 地上四十階建て。

 規制を無視したその佇まいは、まさに検閲官の権利を体現しているかのようだ。


 その建造物の地下三階――

 武装検閲官たちが訓練を行う射撃場に、道明寺シイナはいた。


 手にしているのは、バンシーによって具現化された拳銃だ。

 ヘッケラー&コッホ社のUSPという拳銃をモデルにしているらしいのだが、シイナは詳しく知らない。


 創作者の性質に合わせ、独創的に、半ば無限の可能性を持って生み出されるクリオネの武器とは違い、バンシーが作り出す武器は検閲省によって『設定』されたものである。その多くは銃器で、検閲官たちは自分の気に入ったアイテムを選択する。


 シイナがUSPを選んだ理由は、その銃だけ真っ黒ではなかったから。

 グリップ部がユーログリーンという、薄い緑色。

 白とピンクを好むシイナにとっては魅力的な色でもなんでもなかったが、それでも黒一色で塗り固められているよりは、幾分かマシに思えた。


 銃身の下にアタッチメントを装着できる溝があり、状況に応じてナイフや、ライトを具現化できるのもいい。

 臨機応変に戦い方を変えられる銃は、彼女のスタイルにぴったりだった。


 銃器同様、弾丸の性質もいくつかの選択肢から数種類を設定する。

 シイナが好んで使うのは、相手の作家性を破壊する『創作者殺しクリエイターキラー』、意志の強さでその威力を変えられる『金剛砕きヴァジュラブレイカー』のニ種だ。


 弾倉を抜き、軽く握ることで『金剛砕きヴァジュラブレイカー』を具現化。

 ガチリとグリップに戻すと、スライドを引いて装填、両手で銃を固定し――撃つ。

 十メートルほど先には、人型のターゲット。


 連続でトリガーを引くこと、十発。

 腕を下ろすと、弾が空けた穴はターゲットの胴体部にまばらに散っている。

 急所から外れた弾も多く、お世辞にも綺麗な当たり方ではない。

 着弾点を計測し、百点満点の電光掲示板には『六九点』と表示されている。


「――大したことありませんのね」


 イヤーマフを外したシイナに、後ろで射撃を見ていた少女が声をかけてくる。


 髪は美しい銀色で、長さが邪魔にならないよう上品に編み込まれている。

 色白な肌や緑の虹彩から、海外の血が混じっていることがすぐにわかる。

 体型はスレンダーで、背もそれほど高くない。


 だがその背後には彼女の華奢な印象とは真逆の、いかにもガードマンといった風貌の屈強そうな男たちがひかえていた。

 

「お初にお目にかかります。わたくし、銀城フラウと申しますわ」

 少女はスカートの裾をつまみ、小さく腰を落とす。

 首に巻かれたチョーカー『バンシー』には、王冠のマークがあしらわれている。

 背後の男たちも含め、全員がバンシーをすでに展開、武装検閲官の正装である白の『ヴァイスジャケット』を身にまとっていた。


「後ろに控えるは、銀城家の忠実な僕たち。空気のようなものですから、お気になさらず」

 空気扱いされても、フラウの背後を固める四人の男は全く表情を変えない。


「知ってる。アタシの隣のクラスで、銀城メディアグループの会長、銀城龍宝の孫娘でしょ」

「あら、ご存知でしたの」

「そりゃね。学園でも武装検閲官だってこと隠そうともしてないし、いつも偉そうにしてるし」


 1-Dにいるお姫様の話は、1-Cにも充分すぎるほど届いてきていた。

「アンタみたいのにこびへつらうヤツってバカみたい。単に親のコネでB級検閲官になっただけなのに」

「貴様!」

 シイナの挑発に取り巻きのひとりが顔を赤くし、拳を振り上げる。

「佐藤。お下がり」

 しかしフラウはすぐさま叱りつけて、名を呼んだ部下を制する。


「失礼いたしました」

 シイナは感心した。さすが名家の女、命令することに慣れている。

「あなたのおっしゃる通りですわ。わたくし、親のコネでずいぶん楽をさせていただいてますの」

「へえ、否定しないんだ」

「否定する必要がございます? 恵まれた家柄は、わたくしを構成するステータスのひとつなのですから」


 そして彼女は胸に手を当てて、余裕たっぷりに笑う。

「銀城家に生まれ落ちた瞬間に、思いましたもの。わたくし、って」

「はーん。聞いてたよりずっと面白い性格なんだ、アンタって。わりと嫌いぢゃないかも」

「そういうあなたはどうなのです、道明寺シイナさん」

「アタシ?」

 細い真っ白な指で、すっと優雅にターゲットを指し示すフラウ。


「この程度の射撃スキルで、A級検閲官だなんて。よほどのコネをお持ちでなければなれないと思いますわ。あなた、どちらのご息女?」

 シイナは眉間に深くしわをよせる。

「それ、嫌味で言ってんの?」

「まさか。人脈はなるべく広げておくのがわたくしの流儀ですの。あなたに銀城にも勝る後ろ盾があるのでしたら、お近づきにならなければ損というものではなくて?」

「ハッ。見当違いもここまでくるとウケるね。アタシがA級やってんのは、実力以外の何物でもないんですケド?」


 大体、テレビ局、新聞社、ネット、幅広い媒体を押さえた銀城グループよりも大きなコネなど、それこそ政府閣僚の娘くらいでなければ得られないだろう。


「……よくありません。とてもよくありませんわね、そういう嘘は。わたくし、ずっと見てたんですのよ、あなたの訓練を。格闘訓練も、回避訓練も、そしてこの射撃訓練も、どれをとっても大したことないじゃありませんの。それに最近はDFCとかいう連中に煮え湯を飲まされ続けているのでしょう?」


 やれやれという風に、大仰に両手を広げてみせるフラウ。

「困りますのよねえ、あなたみたいなかたが実力でA級になったなんて仰っていると。わたくしがA級に昇進したときの箔が落ちるじゃありませんか」


 シイナは呆れ、ため息もでなかった。この女は大真面目に、なんの悪意もなく言っているのだ。

 他人が気分を害することなど、気にもとめていない。

 というより、自分が他人の気分を害することなど、ありえないと思っているようにすら見える。

 世間知らずも、ここまでくるといっそすがすがしい。


 ――利用のしがいがあるというものだ。


「――そこまで言うんならさあ、勝負してみる?」

 シイナは銃をフラウに向けた。その行為に反応した取り巻きたちがすぐさま主とのあいだに立ち、壁となる。

「それは、射撃で何点とれるかという遊びでして?」

 取り巻きたちの慌ただしさとは逆に、フラウは落ち着いたものだ。


「いくらわたくしがコネだといっても、あなたよりは上手でしてよ? 最近では八〇点を下回ることはございませんし」

「ハッ。射撃対決なんて、つまんないのはパス。隣に実戦訓練場があんぢゃん? そこで闘ろうよ」

「わたくしと一対一で、決闘しようというんですの?」

「まさか。それだとアンタがボロ負けするに決まってるしぃ?」


 その言葉に、上品に揃えられたフラウの眉がぴくんと動く。

「後ろにいる取り巻きたちも、まとめてかかってきなよ。それでようやく、マシな勝負になるんぢゃない?」

「……本気で言っていますの? ここにいるのは全員B級検閲官。エセA級のあなたひとりが五人を相手するなんて、無理に決まっていますわ」

 小馬鹿にしたようなフラウの反応も、結末がわかっているシイナにとっては心地よい。


「絶対にアンタが勝つってんならさ、ひとつ賭けをしない?」

「賭け?」

「勝ったほうは負けたほうに一生服従。そういうリスクがないと、勝負なんてしても面白くないでしょ」

「一生服従、ですか」


「どうしたの? 怖じ気づいた?」

「…………ああ、ようやくわかりましたわ!」

 フラウは得心がいったというように、ぱんと手を叩いた。


「あなた、わたくしの取り巻きに加えてほしかったんですのね! そうならそうと仰ってくださればよろしいのに! いやですわねえ。あなた、顔は良いのですから、その下品な格好さえ直せば迎え入れて差し上げますわよ」


「は……?」

 それを聞いて、シイナはさすがにこらえきれなかった。

「あはははははははははははは! ちょっと、やめてよね。天然もそこまでくると天才的だってば……!」

「な、なにがおかしいんですの?」

「なにが? くくくくく……」

 しばらくシイナは腹を抱え、わきあがる笑いと格闘をしなければならなかった。



 実戦訓練は、三十メートル四方の小さなアリーナで行われる。

 向かい合って立つ、シイナとフラウたち。

 観覧席には射撃場にいた検閲官たち数人が野次馬としてやってきている。

 異例の速度でA級に駆け上がったシイナと、メディア王を祖父に持つフラウが決闘をするのだ。注目されるのは当然のことだった。


「それじゃ、よろしいんですのね」

「いつでもどうぞ?」

 

 シイナが答えるやいなや、フラウが従える四人の取り巻きが一斉に銃を構えた。


「お嬢様を愚弄した罪」

「痛みで償ってもらうぞ!」


 アリーナに複数の銃声が木霊する。

 肉体、知覚を強化するヴァイスジャケットを着ていても、無数の銃弾に立ち向かうのは無謀である。

 銃弾の回避には、とにかく経験がものを言う。

 歴戦の強者ならともかく、武装検閲官になって一年にも満たないシイナがその攻撃に対応することなど不可能に等しかった。


 ――が、弾はことごとく外れた。

「な、に?」

 撃った男たちは驚愕し、観戦していた者たちは口笛を吹く。


 シイナは、襲ってきた銃弾をすべて、最小限の動きでかわしたのだ。

「この……!」

 男たちは銃を撃ち続ける。しかし、やはり当たらない。

 まるで銃弾の通らない抜け道を知っているかのように、シイナは少しずつ前進し、男たちの距離を詰める。


「ふざけているのですか? 弾が当たらないのなら、他にやりようがあるでしょう」

 フラウの言葉を受けて、男たちのなかで最も体型の大きな者がシイナに飛びかかった。

「力ずくで組み敷こうってワケ? ざーんねん」

 シイナは男が伸ばしてきた腕を軽く摘まむ。

「がっ!」

 くるんっ、と巨体が回転し、地面に叩きつけられた。

 シイナは合気道の要領で、相手の力を使って投げ飛ばしたのだ。


「な、なんで……」

 フラウの口からそんな疑問が漏れ出す。

 信じられないのも無理はない。彼女はシイナの回避訓練、格闘訓練を見たと言っていた。

 では決して優れているとは言えないそのスコアも知っているはずだ。


「ほら、どうしたの? 立ちどまってたら狙い放題ぢゃん」

 シイナは拳銃を太もものホルスターから抜くと、男たちに向けた。

「く、なめるなァー!」

 再び引鉄に指をかけた男たちだったが、銃口から弾が飛び出すことはなかった。


 シイナのUSPが火を噴くこと、瞬時に三回。

 三発の『金剛砕きヴァジュラブレイカー』は男たちの胸を正確に撃ち抜いた。

「が……」

 その衝撃はヴァイスジャケットの防御力をもってしても吸収しきれるものではない。

 しかも命中箇所が心臓であれば、ダメージは甚大。

 男たちは肺から空気が抜けたような声をあげ倒れる。


「さて、あとは――っとと」

 男たちを倒して油断したシイナを襲ってきたのは、背後からの弾丸だった。

 紙一重でかわしたものの、銃弾がU字を描き、反転してシイナに迫ってくる。

「やってくれましたわね、シイナさん。訓練で見せていた姿は偽り、というわけですの?」


 どうやらフラウの仕業らしい。

 彼女が手にしているのはオーストリアのグロックをモデルにした拳銃だ。

 シイナがかわしても、かわしても、すぐに弾丸は軌道を変え、何度も舞い戻ってくる。

「ふぅん。追尾弾『兎狩りラビットチェイサー』ってワケ」

 一度狙った標的を延々と襲い続ける弾。

 他の銃弾より速度で劣るため、使う者はそれほど多くないのだが――

「コネを認めてるわりには、他のやつより利口な戦い方すんぢゃん」

 B級としての実力は充分にある。コネで検閲官になったのは事実なのだろうが、その立場に見合う努力はしてきたようだ。


「お褒めにあずかり光栄ですわ。いくらあなたが速くとも、その弾はいずれあなたを捉えますわよ。そして!」

 フラウはシイナに向かって、さらにトリガーを引き絞る。

「こうして銃弾を増やせば、もう逃げられませんわ!」

 追加、三発。合わせて四発の銃弾が、シイナに襲いかかる!

「やりましたわ!」

 勝利を確信するフラウ。しかし、かわし続けるシイナは、その顔に余裕を浮かべる。

「そう?」

 シイナはかわすのをやめた。

 そして、落ち着いた姿勢で引鉄を絞った。

 放たれた弾は、迫りくる『兎狩りラビットチェイサー』と同じ数――四発。


 ギィキキキキ!


 銃弾と銃弾がぶつかり合い、けたたましい音が鳴り響く。

「は……」

 フラウの笑みが凍りついた。

 甲高い音はフラウの『兎狩りラビットチェイサー』が逆に狩られたことを意味していたからだ。


 シイナは、呆気にとられたフラウとの距離を一瞬にして詰め、その足を払う。

「あッ」

 倒れ込んだフラウの頭部に突きつけられたのは、USPの銃口。

「はい、おっしまい」

 シイナは宣言する。先ほどのフラウの宣言とは違い、もはや決して覆らない勝利を。

 ワッと盛り上がる観覧席。


「さすが道明寺。五人相手でも危なげないな」

「A級を実力で勝ち取っただけあるぜ」

「銀城のお嬢さんは災難だったという他ないな。相手が悪すぎる」

 野次馬が口々にシイナを褒めたたえる。


「う、嘘ですわ……」

 ぽかんとしていたフラウだったが、しばらくして自らの負けを悟ると、屈辱にわなわなと震えだした。


「ズルですわ! 銃弾を銃弾で防ぐだなんて、どんな才能があってもその歳で体得できるスキルではありません!」

「嘘でもなければ、ズルでもないしぃ? アタシくらい才能があれば、努力もいらないんだよねぇ」

「ふざけないでくださいまし! 一体、どんなトリックを使ったんですの!?」

「ぢゃあさ、アタシのバンシー能力だって言えば納得すんの?」

「能力、ですって?」


 フラウの緑色の瞳が大きく見開かれる。

「まさかエセA級のあなたが、バンシー能力を開花させているとでもいいますの!?」

「だから、エセぢゃねーつってんぢゃん」

 シイナは手にした銃で、軽くフラウの頭を叩く。

「痛ッ」


「アタシの能力は『最終経歴ヒストリカ』。ありとあらゆる技能を才能の限界まで引き出すことができる。つまりアンタらは『定年間際まで戦闘訓練を繰り返したアタシ』と戦ってたってワケ」

「そんな……じゃあ、普段はあんなに射撃が下手でも――」

 シイナはこれでもかとばかりに意地悪な笑みを浮かべる。


「そういうこと。この能力があれば、たとえビリギャルでも難関校に首席で合格できる。アタシはくだんない努力なんかとは無縁ってワケ」


「く、くぅー」

 悔しさが言葉にならないフラウ。

 シイナは、フラウが検閲官として努力していたことに気づきながら、あえてそれを馬鹿にしたのだ。


「さて、フラウ。アンタは今日からアタシの下僕ってことでいいんだよね☆」

 フラウは観念して、拳銃をホルスターにしまいこむ。

「…………仕方ありません。銀城家の女に二言はありませんわ」

 口をとがらせ、しぶしぶと立ち上がったフラウを追いつめるように、シイナは続ける。

「アンタの金も、アンタのコネも、アンタの恵まれた家柄も、ぜーんぶアタシが使っていいってことだよね?」


「な、なにが望みですの?」

 悪意に満ちた瞳にようやく気づき、フラウはたじろぐ。

 助けを求めようにも、取り巻きたちはまだ気絶して倒れたままだ。


「お、なんだなんだ?」

「罰ゲームが始まるみたいだぞ」

 試合を観戦していた野次馬たちは面白がるばかりで、フラウに救いの手を差し伸べるわけもない。


 おどおどするフラウに、シイナはにっこり笑って言い放つ。

「とりあえず、ここでストリップしてよ」

「へ?」

 名家の生まれとは思えないような、素っ頓狂な声が漏れた。


「スト……なんですって?」

 言葉の意味はもちろんフラウも知っている。

 けれど、その意味と自分とを、どうしても上手く結びつけることができない。


「ここで脱いで。できないなんて言わせないわよ。これは下僕に対するシツケなんだから」

「そ、それはいくらなんでも……」

「なに? 銀城家の人間は約束も守れないワケ? 残念きわまりない家系だね」

「……」

 バンシーを解除するフラウ。ヴァイスジャケットに代わって現れたのは、創作義塾学園の制服である。


「なにが始まるんだ?」

 上着を脱いで床に落としたフラウに、好奇の目線が集まる。

「うう……」

 羞恥に顔を赤らめながらも、フラウは次に靴とタイツを脱ぐ。

 ほっそりとしたすね、綺麗に爪を整えた指先までが男たちの視線にさらされる。


「おいおい……」

 観覧席のざわつきが大きくなっていく。そんな反応が、フラウのか細い手を震えさせる。


「さっさと脱げよ。時間稼ぎしないでさあ」

 しかし、手が止まるたびに容赦なくシイナがせかす。

 フラウはぎゅっと目を閉じ、シャツのボタンを外していく。

 あと残すところは、フリルのついた可愛らしいブラとショーツのみ。


「へぇー」

 露わになった真っ白なお腹に、シイナが指をはわせる。

「ひん……!」

 その刺激で、フラウの身体がびくんとはねる。

「アンタ、割といいカラダしてんぢゃん。着やせするタイプ?」

 恥ずかしさのあまりうつむくフラウだったが、パシャッというデジタル音にハッと目を開く。


「な、なにをしているんですの?」

 見れば、シイナが手に持っているのはスマートフォンだ。そのレンズはフラウの肢体に向けられている。

「なにって、写真撮ってんだケド」

 再びパシャリとシャッター音が鳴る。


「や、やめてくださいまし……」

「えー。どうしよっかなあ」

 悩むフリをしながら、パシャパシャと色んな角度から撮影を続けるシイナ。

「お、おい。俺たちも……」


 野次馬たちも観覧席でスマホを取り出すと、写真を撮り始める。

 フラッシュを浴び、いっそう白く輝くフラウの肌。

 スマホを固定し、動画で撮影している者もいる。


「で、なんで手が止まってんの? まだ全部脱げてないんですケドー?」

「そんな……」

 涙目になっていたフラウは、シイナの言葉を聞いてさらなる絶望を顔に浮かべる。

「ご主人サマの言うことが聞けないっての?」

 シイナは容赦なく銃を撃つ。弾丸はブラをかすめ、肩紐をはらりと落とした。


 フラウは手でブラをおさえながら、必死にあいそ笑いを浮かべる。

「も、もう充分でしょう? もうわたくしを辱めるのは……」

「はああ? 聞こえない。なに?」

 涙で顔をぐずぐずにしながら、フラウは憐れみを乞う。

「もう、堪忍してください……。ご主人さまあ」

 それを聞いたシイナは、途端に真顔になり――


「立場をわかればいいのよ」

 

 銃を観覧席に向けると、フラウの肢体を映していたスマホをすべて『金剛砕きヴァジュラブレイカー』で撃ち貫いた。

「お、おい!」

「なにすんだ!」

 スマホを壊され、非難の声をあげる同僚たち。

 しかしシイナは彼らをきつくにらみつける。


「誰が、撮影していいっつったの?」

「え、お前だって撮影してたじゃ――」

 反論しかけた検閲官は、眉間を撃ち抜かれて気絶した。

「ひぃ……!」

 あまりの早撃ちに、口から出かけた文句を飲む込む男たち。


「バカ言わないでよね。アタシの下僕を撮っていいのは、アタシだけに決まってんぢゃん」

「ご主人さま……」

 シイナを見つめるフラウの瞳には、明らかにこれまでになかった敬愛の念が混じっている。

 くくく、とシイナはほくそ笑む。『最終経歴ヒストリカ』は戦闘だけに使える能力ではない。

 人心を掌握しようと思えば、こうしてマインドコントロールの才能を最大限に引き上げればいいのだ。

 そしてそのコツは、九回のムチと一回のアメだ。


「これで人の下にいるのに慣れてないアンタも、わかったよね。主従関係ってモンがさ」

 こくんこくんと、従順にフラウはうなずく。

「よかった」

 これで銀城フラウは、完全に下僕へと成り下がった。

 調教を続ければ、やがて尽くすことに最上の喜びを感じるようになるだろう。


「ぢゃ、アンタにはさっそくプロジェクト・フレ――F計画に協力してもらうから」

 計画名を慌てて言い直すと、シイナは赤く染まったフラウの頬を優しく撫でる。

「そして――あのにっくき無料コンテンツ撲滅委員会をブッ潰す。アタシを喜ばせるために、下僕としてせーぜー健気に働くのね、フラウ☆」

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