③ 秘密だらけの学園生活


「はあーあ」

 月曜日って憂鬱だよな。

 朝起きた瞬間から、学校行きたくないって気持ちになる。

 授業中は不自由だし、教師の頭はカタいし、休み時間に話す友だちもメアくらいだし。

 しかも今回は、クリオネの使いすぎで土日ともほとんど寝て過ごしちまったもんだから余計に。


 創作義塾学園は名前の通り、創作に関わる仕事に就きたいやつが通う学校だけれど、全部特別なカリキュラムで組まれてるかっていうとそういうわけじゃない。

 国語、数学、生物に化学に物理、世界史に日本史、体育や家庭科なんかまで、高校の普通科で行われるような授業は大抵揃っている。

 創作活動のクオリティは、一般教養の有無に大きく左右されるからな。あと、当たり前な高校生活の思い出があるかないかも。


 秋には中等部、高等部合同の体育祭や学園祭があるしな。

 俺がキリカ先輩のことを初めて知ったのも、体育祭のときだったっけ。

 ぴっちりとした体操着に身を包んだキリカ先輩。

 光る汗、揺れる髪、跳ねるおっぱい。

 ふぅ……。


 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴り、退屈な数学が終わった。

 これで午前中は終わり。一時間の昼休憩だ。


「モゲル、お昼ご飯一緒に食べない?」

 大きく伸びをしていると、前の席のメアが興奮気味に話しかけてきた。


「おお、別にいいけど、珍しいな」

 いつもは女子グループでご飯を食べるのに。

 あ、俺はいつもどうしてるか?

 ぼっち飯に決まってるだろうが。


「ちょっとね……。モゲルだけに話したいことがあるからさぁ」

 顔を赤らめるメア。太めの眉毛がふにゃんと垂れ下がっている。

 え、なに?

 これまさか告白される流れとかじゃないよね?

「いいから、いいから」

 メアはそう言って、俺を教室から連れ出した。



 ええ、告白ではありませんでした。


 俺が連れて行かれたのは、学食に併設されたテラス。まわりから離れた、話している内容が聞かれにくい席で、メアは俺に金曜の出来事を語った。


 まず、自分が違法であるDFCの有料コンテンツを読んでいたことから始まり、シイナに見つかってしまったこと、そしてDFCに助けられたことまで。


 当然だが、俺はそのほとんどの経緯を知っていた。だって、メアを助けたの俺だし。


 でも、キリカ先輩やマカロンから「絶対に正体をバラさないように」と念を押されていたので、ふーんとか、へえーとか適当に相槌を打っておく。


「ねえモゲル。ちゃんと聞いてる?」

 俺のうっすい反応が不満なのか、メアが口を尖らせる。

「おお、聞いてる聞いてる。助けてもらえてよかったなお前。スプラッター作品なら今ごろ死んでるぞ」

「なんっか感動が希薄なんだよねえ……。色々驚くとこあるでしょ? 『ええっ、シイナちゃんって武装検閲官だったの』とか、『無料コンテンツ撲滅委員会ってなんだよ』とか、『メア、お前大丈夫だったのか? 銃で撃たれたんだろ』とかあるでしょうが!」

 ビシッと俺の鼻を指差すメア。


 メンドくせー。三日前の話を改めて聞かされているこっちの身にもなってくれよ。

 お前の体調を気にするくらいだったら、休みのうちに会いに行ってるし。


 ……まあいい。俺もちょっとお前には言いたいことあったんだ。


「お前、いつから違法コンテンツなんか読んでたんだよ」

 俺はナポリタンをフォークにぐるぐる巻きながら訊ねる。

「あ、そこ? 半年くらい前からかな」


「言えよな俺にも。つい最近まで無料コンテンツ撲滅委員会の存在自体知らなかったぞ」

「なんだ、逆に今は知ってるんだ」

 メアはジューっとコーラをストローですする。さっきまでひたすら話して喉が渇いたんだろうな、グラスに残ってるのはほとんど氷だけだ。

「知ったのはほんと最近だよ。あんな面白いもの、ひとりで楽しみやがって」

「あはは、ごめんごめん。いや、さすがにボクから法に触れるものを薦めるわけにもいかないかと思ってさあ」

「じゃ、なんで今になって俺に言うんだよ」

 タイミングおかしいだろ。DFCを読んで、怖い目にあったばかりだってのに。


「あのね、無料コンテンツ撲滅委員会の人たちがね、カッコよかったんだぁ」


 ほう、とため息をついて、メアがうっとりする。


「ああ、日本刀を持った女子だっけ? 女の子が日本刀振り回すのって、鉄板のカッコよさだよな。スプラッター作品でもそういう強い女子が出てくると画面が引き締まるっていうかさあ。ホラーゲームとかでも日本刀出てくるだけでグッときちゃうもんね」

 それに、中身がキリカ先輩だもんな。

 同性でも惚れるのわかるわ。


「うん、その人もカッコよかったんだけど」

「……だけど?」

 アイスコーヒーで、口のなかのナポリタン味を消そうとしていると。


「それよりも、赤いキーボードを使う男の人がさあ……」

「ぶふっ!」

 飲もうとしたコーヒーが変なところに入って、俺は思わず噴きだした。


「ちょ、モゲル大丈夫?」

「げほ、げほげほ」

「どうしたのいきなり。ボク、なにか驚かせるようなこと言った?」

「な、なんでもない。キーボードの人ね」

 痰を切る要領で喉の調子を整えながら、なんとか返す。

 …………それ、俺じゃん!


「そう、超カッコよかったんだ。なんだか知らないけど、モンスターみたいなのを出す異能を持ってるみたいでさ。ボクのことお姫さまだっこしてくれたし、女の子として扱ってくれたっていうかさあ……」

 

 おい、ボクっ娘どうした。

 完全にメスの顔になってるぞ……。

 そうか、こいつ普段ボーイッシュだから、女の子扱いされるのに弱いんだな。

 

 あのときは、女の子扱いしたわけじゃなく、単にそのほうが速く逃げられるからそうしたわけだが。


「あの人もDFCのサイトに作品を載せてるのかなあ……。ペンネームがわかれば、絶対読むのに」

「そ、そうだな。相手が創作者なら、作品を読んでやることが一番の恩返しになるよな」

 まだアップしてねーよ。入ったばっかだからな。


「そういえば、その人スプラッター作品が好きだって言ってた! モゲルと一緒だね!」

「へ、へえー……」

「それに、最近DFCに入ったみたいだったなあ……」

「ほ、ほお」

 ストローをくわえながら、じーっと俺の目を見つめるメア。


「あのさ、もしかしてモゲルって……」


「な、なにかな?」


 背筋にすーっと嫌な汗が流れる。

 やべ……、バレそう。

 どうやってごまかす? ていうかこの流れからごまかしきく?

 も、絶対に無理じゃね?


 でも、どうしようもないよな。

 俺は特になにも言ってないわけだし。

 相手が勝手に気づいちゃう分には致し方ないよな!


「DFCでもスプラッター作品読んでる? その人に心当たりあるんじゃない?」


「気ッッッッッッづけよ!!!!」


「へあっ!? な、なにに?」

 いきなり大きな声を出した俺に驚くメア。

 いかんいかん、幼なじみのあまりの鈍さに取り乱してしまった。


「い、いや。なんでもない。気にしないでくれ」

「そ、そう? なんか今日のモゲル、変じゃない?」

「なに言ってるんだよ。俺の嗜好が変態的なのは今に始まったことじゃないだろ」

「それもそうだね」

 あっさりごまかし成功。

 俺がキーボードの人だなんて、気づいた様子は微塵もない。

 

「これが『蜃気楼の仮面ミラージュ・フェイス』の力ってことか……」

 俺はメアには聞こえないよう、小さくつぶやいた。

 ダークコートと同様に、クリオネで纏うことができる仮面。

 キリカ先輩はそれを『蜃気楼の仮面ミラージュ・フェイス』と呼称していた。


『これをつけているあいだは、私たちは見られてもおぼろげにしか記憶されない。だから、自分から言ったり、ダークコートを着ているところを見られでもしない限りは、絶対にバレないようになってるの』

 クリオネを使いすぎ、再び眠ってしまった昨日。

 夜になって目覚めた俺に、キリカ先輩は仮面をつけながらそう説明してくれた。

 

『だから、助けたクラスメイトの子や、検閲官の子と会っても、堂々としていてね』


 マジで、ここまでバレないとは思わなかった。

 ネーミングがいちいち中ニなのは気になるが、テクノロジーはほんとすごい。


「あー、もう一回会いたいなあ、キーボードの人に……」


 しかし、夢見る乙女みたいな瞳をしたメアに対し、罪悪感みたいなものも湧いてくる。


 今後もし、俺がそのキーボードの人だってバレるようなことがあれば、幻滅するだろうし、なんで教えてくれなかったんだって怒るんだろうなあ……。


 相手は信頼できる幼なじみだし、キーボードの人が俺だって、言っていいもんだろうか……。

 うーん、許してくれなさそうな気がする。


 じゃあ、メアを無料コンテンツ撲滅委員会のメンバーに推薦する、ってのはどうだろう。

 身内にしてしまえば、隠す必要なんてないわけだし。


 幸いメアの創作力は、学園の教師からも認めらるほどだ。日頃から無料コンテンツとしては配信できないホモを描きたがってるから、素養も充分。

 お、これいけるんじゃね?

 放課後になったら、キリカ先輩に相談してみよ。


 バンッ!


 頬杖をつきながらそんなことを考えていると、いきなり俺たちのテーブルに女の手が叩きつけられた。


「アンタら、ずいぶんと余裕そうぢゃん?」

 顔を上げると、ピンク髪のギャルが頬をひくつかせながら立っていた。

 道明寺シイナ。俺たちDFCと敵対する武装検閲官――学校ではクラスメイトだ。


「シ、シイナちゃん」

「チョリーン、メアちゃん? 金曜はどーも。アタシの手をわずらわせた上にまんまと逃げおおせるなんて、けっこーやってくれるぢゃん」


 フン、と鼻を鳴らすシイナ。

 相当機嫌が悪いみたいだ。

 そりゃそうか。追いつめたと思った獲物を、二回も逃したわけだからな。


 A級検閲官とか言ってたけど、このまま失態が続くと降格でもするんじゃないか。

 けけっ、いい気味だな。


「どっか行けよ、道明寺シイナ。日をまたいでるんだから、お前にはもう逮捕権ないだろ」

 俺は強気に、しっしっとフォークの先でシイナを追い払うジェスチャーをする。

 クラスメイトだからって、こいつは敵以外の何者でもない。わざわざ機嫌をなおしてやるつもりは一切ない。


「ハッ。せーぜー、油断しておけばいいんぢゃない? 今は逮捕できなくても、どうせまたボロを出せばアタシたちが追うことになるんだし」

「残念でした。もう法律違反したりなんかしねーよ」

「どうだか。創作者の腐った性根は治そうとして治るモンぢゃないから」


「シイナちゃん。そんなに創作者に敵意を持たなくてもいいんじゃないかな……」

 にらみあう俺たちの横で、ためらいがちに口を挟んできたのはメアだ。

「はあ? 検閲官が創作者を取り締まるのは当然でしょ。今さらなにを」

「ボク、知ってるよ? シイナちゃんって本当は――」

「黙って」

 ギロリと睨まれ、ひっと言葉を止めるメア。


 うお、長いまつげで強化された目力がすげえー。

 これまで何度も残忍な表情を見せてきたシイナだけど、憤怒に染まった今の顔のほうが何倍も迫力があった。

 けれど、その怒りはそれほど長くは続かなかった。シイナはすぐに自らのの感情を諫め、言う。


「ま、DFCのコンテンツなんて、しばらくすれば読みたくても読めなくなるんだけどね。アタシがプロジェクト・フレイムを開始すれば――」


「プロジェクト・フレイム……? なんだその中ニ病ネームの計画は」


 俺がツッコむと、シイナはハッと手で口をふさぐ。


「エ、F計画を開始すれば」

 言い直しやがった。どうも、動揺を取り繕うとして、口をすべらせたらしい。

 が、顔は青ざめてるわけじゃなく、赤くなってる。これは、組織の機密事項を喋ってしまったって雰囲気じゃないな。


 ……ははーん。さっきのプロジェクト・フレイムって、こいつ自身が名付けたのか。

 だから中ニ病とか、創作者っぽいくくりに入れられたのが嫌だったんだ。

 メンドくさっ!


 プロジェクト・フレイム。F計画。

 どっちでもいいけど――フレイムって、炎のことだろ? DFCの仕事場を爆破しようとでもしてるのか?

 ヤヌシの能力で作られたあの部屋を、見つけられるとは到底思えないが。


「あはっ。今から読むなら、完結済作品だけにすることをオススメするわ。んぢゃね」

 シイナはそう言い捨てると、遅れてテラスへ来た他のギャルたちと合流し、離れた席に座った。


「怖かったなー、シイナちゃん。いきなり来るんだから」

 メアが安堵のため息をつく。

「怖かったっていうわりには、しっかりシイナに噛みついてたじゃないか」

「噛みついた? いやいや、そんな恐ろしいことできないって。もう銃なんて向けられたくないし」

「ところでメア、なんか思わせぶりなこと言ってたけど、あいつのことなにか知ってるのか?」


 弱みがあるなら教えてほしいんだけどね。

 シイナとは、これからも校外で戦うことになりそうだし。


「知ってるってほどでもないよ。シイナちゃんのお父さんって創作者だったんだって」

「え、それってむしろ創作者の味方になるパターンじゃないの?」

「と思うじゃん? なんでも子供の頃、結構苦労させられたらしいよ。本人に聞いても詳しいことは絶対に教えてくれないらしいけど」

「ふーん」


 創作者って、発禁法ができるまでは不安定な職業だったんだもんな。

 金銭面で困ったりとか、したのかもしれない。

 あるいは、親父が変人だったとか? 性格が変な人ほど、面白い作品になったりするからなぁ。


 検閲官は総じて創作者や編集者を下に見るところがあるけど、あいつの場合は私怨まで混じってるわけね。

 創作者をいたぶるのが快感、っていう顔してたもんな。


 なにはともあれ、DFCに入ったこと、あいつにだけは絶対バレたらダメだ。

 仕事場に入るところを見つかりでもしない限りは大丈夫だとは思うけど……。


「プロジェクト・フレイム、か……」


 アイツの放ったフザけた計画名が、妙に不吉な響きとして耳に残っていた。

 一応、キリカ先輩の耳には入れておいたほうが良さそうだな。

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