② 鳥波田モゲルの能力

 俺はいったん寮に戻り、風呂と着替え、それに食事を済ませた。

 この寮、時間さえ守れば三食しっかり出してくれるから助かるんだよな。


 一日寝てたからか、自分で思ってたよりお腹が空いていたらしい。

 俺はご飯を三杯もおかわりしてしまった。


 仕事場に戻ってくる頃には、もう時刻は昼過ぎになっていた。


「遅いよー、モゲル先生。待ちくたびれちゃったよ」

 一番奥の、ソファ側に向けられた席。

 他者を見守るような配置の席に肘をつき、キリカ先輩がすねたように言う。

 

「すいません。ところで、実験ってどこでやるんです?」


 小説書きたいけど、今は自分の能力を知っておくべきなのかもな。

 DFCとして検閲官と戦い、もし負けでもしようもんなら、作家性をぶっ壊されるのは目に見えてるわけだし。


「ん、待っててね。今、ヤヌシちゃんに頼んでみるから」

「……?」


 キリカ先輩の手には『ささみプレミアム』と書かれた猫用の缶詰。

 先輩が缶をキュポンと開けると、シーチキンっぽい匂いが漂ってくる。


「ヤヌシちゃん。こちらでひとつ、よろしくお願いします」

 キリカ先輩はそれを床に置くと、神頼みをするみたいに、ヤヌシに向かってパンパンと手を叩く。


 ヤヌシはじーっと猫缶の中身を見つめると、重々しくうなずいた。

 なんだ、このやりとり。と、思っていたら。


「ぬおっ!」


 ぐにゃりと視界がねじれ、仕事場の景色が一変した。


 そして――


 いつのまにか俺たちは、コンクリート打ちっ放しの、だだっ広いスペースにいた。

 天井は高く、テニスコートが作れそうなくらい縦横がある。


「ここは?」

「ヤヌシちゃんのご主人様が潜伏用に使ってた部屋。運動にはもってこいでしょ?」


 潜伏部屋っていうか、地下室……?

 相当追い詰められたときに使う用じゃね、ここ。

 しかし、ヤヌシとことん有能だなあ。

 ご主人様と過ごした場所ならどこでも再現可能なのかよ……。

 すごすぎて『さん』付けしなきゃいけないんじゃないかって気がしてきた。


「これくらい広いと、殺し合いゼロサムゲームを始める前のルール説明に使えそうですね。会場内で参加者が主催者に反論して、銃弾かナイフで頭に穴あけられるとこまでが鉄板の」


 なんて考えてたら。

「フフフ。モゲル先生のたとえ、いちいちキモい♪」


 がーん!

 キリカ先輩からもキモがられた!


「でも私、キモい人のほうが好みだから。そそられる」

 んん、これは喜んでいいのか?

 ……まあ、話半分に受け取っとこう。


「じゃ、さっそく実験開始ね。サンカク先生、相手してみてくれる?」

「お、俺っちがやっちゃっていいの?」

「もちろん。私はじっくり見てたいから。モゲル先生のこと」


「ラジャーッス。んじゃ、クリオネッ!」


 服のアイコンをタップし、ダークコートに身を包むサンカクP。

 差し色は鮮やかなグリーン。

 長身なだけにコートが似合うね。


 サンカクPは続いて、武器のアイコンをタップする。

 すると、両手の人差し指に丸い円盤が生み出された。


「これが俺っちのクリオネ能力『言葉の刃ボカロエッジ』。どうよ、カッチョよくねえ?」


「うわ、カッコいいっていうか、懐かし……!」


 表面が虹色、真ん中に穴の開いたそれは、まるで音楽のCDだ。

 最近じゃ音楽といえば無料コンテンツをダウンロードしてばっかだから、もうあんま見なくなったよなあ。

 通は昔のCDをコレクションしてるらしいけど、俺は音楽にはそんなにこだわりないし。


 彼がくるくると指で回す円盤は、遠心力によって速度をぐんぐんあげていく。

 武器としての使い方は、古代インドの投擲武器、チャクラムに似ている。

 

「ほら、モゲル先生も準備準備。ダークコートを着てば大した怪我はしないよ」

「ちょっとした怪我ならする可能性あるんですね……」

「そりゃ、生きてればね」

「大ざっぱな言い方!」


 俺はため息をつくと、クリオネを起動させる。

 黒と赤のダークコート、そして血で染められたような深紅のキーボード。


 戦闘の準備を進めながら思い出す。

 キリカ先輩に助けてもらった夜、マカロンと一緒に後ろで控えていた長身の男――あれはサンカクPだ。

 てことはあのとき、シイナの手から銃を弾き飛ばしてくれたのは、今あいつがくるくると回しているチャクラムだったわけか。


「さあ、モゲル先生は飛び道具を前に、どういう戦いを披露してくれるのかしら?」

 ワクテカが止められないといった風に、頬を紅潮させているキリカ先輩。


 ……うん。『実験』って言ってるけど、先輩にあんな顔をされちゃカッコいいところを見せないわけにゃいかねーよな。


 さて、どうしよう。


 スプラッター作品の悪役って、あんま飛び道具って使わないんだよな。近距離まで近づいてグサーッとやらないと、迫力が出ないし、怖くないから。


 むしろ、飛び道具で対抗するのは人間のほう。


 …………なんだ、てことは簡単じゃないか。


 銃を持った人間がなにに恐怖するのか、それを考えて書けばいい。


 先輩、見ててくれよ。

 俺、タイピングには結構自信あるんだぜ。


 すう、と息を吸うと、集中してキーボードを叩く。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


『黒衣の男が目の当たりにしたのは、痩せ細った醜悪な生き物。

 髪は抜け、頬はこけ、目は白濁、半開きの口から鋭い牙が突き出す』


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


『異様な猫背。爪の伸びきった手には、骨になけなしの皮膚がかぶさっているだけ。

 一方で裂けたズボンから見えるのは、しなやかで強靭なふくらはぎ』


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


『上下ちぐはぐな、ただただ、二本足で走ることに特化した獣。

 しかしそれだけならば、男にとって決して脅威たりえなかった』


 ここまで一呼吸で書き上げると、俺は再度息を吸って、最後の一文を付け加えた。


『もちろん――十体も同時に現れなければ、の話だが』


 ターンッ!


 エンターキー。


「へえ」

 いつも俺に厳しいマカロンさえも、俺のタイピング速度に感嘆の声をあげる。


 一秒間にキーを十回叩ければ速い部類に入るんだろうけど――

 俺はその倍、キーを秒速二十回も叩くことができるんだからな!


『――入稿完了』


 前と同じように、キーボードが無機質に告げる。


『チェック終了。出力します』

 

 ズズズ、と真っ赤なキーボードから文字の羅列が吐き出され、ゾンビの形を作り上げていく。

 俺が書いたとおりに、同時に十体が。


「『LEOLA』に登場するゾンビ、『ランナー』ね。フフフ、こう数が多いとなかなか圧巻じゃない」


 キリカ先輩が感心した様子で言う。

『LEOLA』の世界観のなかじゃ、『ランナー』一匹一匹はそこまで強いわけじゃない。むしろ雑魚の部類に入る。


 けれどこいつらは名前の通り素早いし、なにより群れで行動するんだ。マラソンのスタート地点みたいに、わらわらと走りながら大量の『ランナー』が出てくるシーンとか、読みながらゾッとしたもんな。


「くさいですね。ゾンビしかだせないんですか、このふはいやろう」

 鼻をおさえながらマカロンが毒づく。


「腐敗野郎とか言うな!」

 さっきまで感心してくれてたんじゃないの!?


「確かに前もゾンビを出したけど……、俺なりに考えあっての選択なんだよ!」


 銃を持つ警官や特殊部隊はゾンビものではお約束の登場人物。彼らは生存能力が高くて、怪物相手でも一対一ならヘッドショットなんかをやってのけたりする。


 だが、得てして弱いのは、大勢の雑魚に囲まれたときだ。

 四方八方から襲われれば、銃口が追いつかない。


「オーマイガ」「ファック」などといいながら、噛み殺されるのが定番パターンだ。


 チャクラムならば銃よりなおさら、一撃ごとの隙が大きいとみた!

「間合いさえ詰められれば、飛び道具も恐るるに足らず! 緑色のノッポに噛みつけ、ランナー!」


 俺は叫びながら、ビシッとサンカクPを指さす!


「フッ! 相手にとって不足なし! ゾンビども、オレっちが遊んでやるぜ!」


 サンカクPもチャクラムの回転を速め、応戦体勢を整える!


 ――が。


 しーん。


「あ、れ……?」


 命令しても、ランナーはぴくりとも動かない。


 …………。


 気まずい、間。


「……その子たち、別にモゲル先生の命令を聞いたり、思い通りに動くわけじゃないみたいね」


 渋い顔で、キリカ先輩が言う。


「うわあ、マジか……」

「プッ。かっこつけやろう」

 うわああ、自信たっぷりに命令したってのに、恥ずかしい!

 あ、てことは、このあいだシイナと戦ってくれたのはまぐれ?


「モゲル先生。ちなみに今、どういう風に文章を打ったの?」

「えーっと」

 俺は覚えている限り正確に、キーボードで打った内容を伝える。


 するとキリカ先輩は顎に手を当てて考えたあと、こう推理した。

「うーん。もしかしたら、襲うところを描写してないのがいけないんじゃない?」

「あ、なるほど」

 言われてみれば確かにそうだ。俺は『ランナー』の外見を描写はしたが、襲うところは書いてない。

「試しに、キーボードで続きを入力してみたら?」

「了解です」


 ダダダダダダダダ…… 


『ゾンビたちは牙をむき出しにして、一斉に長身の男を襲う!』


 エンターを押すと、ようやくランナーたちはサンカクPのほうへ走り出した!


「すっげー間が空いたけど、そうこなくっちゃねえ! 動かない的を攻撃するなんて、オレっちの美学に反する!」


 サンカクPがそう言うやいなや。

 先頭を走っていたランナーニ体の首がスパンッと飛び、傷口から血の代わりに文字がブシャーッと噴き出した!


 チャクラム『言葉の刃ボカロエッジ』が、目にも止まらぬ速さで命中したんだ。

 首を失ったランナーは倒れ、後ろから走ってきていた仲間を巻き込んで転倒させる。


 その隙に、再びチャクラムが飛んだ。


 ボッ、ボッ!


 吹き飛ぶ、首、首、首、首!


 倒れたゾンビは、パシャンと弾けて文字に戻る。


 やりやがんな、サンカクP!

 これは警官じゃなく、特殊部隊クラス!

 それだけ強けりゃ、ゾンビ作品でも終盤まで生きていられる!

 

「でも、最後までは無理だな!」

 

 数は力なり。

 あっというまに六体を倒されてしまったが、残る四体のランナーはサンカクPに詰め寄った!

 もはや飛び道具で対処可能な距離じゃない!


 クシャァァアァアーッ!


 尖った牙が、サンカクPを襲う!


 腐った肉どもに勢いよく覆い被さられ――サンカクPの姿は見えなくなった。


 やった――と思った瞬間。


 ランナー四体の首が、スパッと胴体から切り離された。


「え……?」

「クゥーッ! 俺っちにこれを使わせるなんて、なかなかやるじゃん!」


 サンカクPの手に煌めいているのは、やはり虹色の円盤だ。

 しかし、さっきまで使っていたチャクラムとは――大きさが全然違う。


 直径、約一メートル。そして真ん中の穴には、持ち手が一本通っていた。


「『言葉の刃ボカロエッジ』ヴァージョン《円月輪》」


 そう言って、にやりと笑うサンカクP。

 ……要は、近距離武器ってこと?


「……ずっる! サンカクPって遠距離攻撃キャラじゃねーのかよ!」

 そうなじると、サンカクPは肩を竦める。

「そんなこと、一言も言ってなくね?」

 ……言ってないね、確かに!


「さ、ゾンビはいなくなったぜ? こっからどうするよ、モゲルっち。そのキーボードで近接戦闘やってみる? 盾がわりには使えそだけど?」

 円月輪を構え、俺をにらむサンカクP。

 さすがにタイピングで新しい怪物を生み出してる時間はない。

 俺は視線を巡らせ――最後に首を切られたランナーたちが完全に文字に戻りきっていないことに気づく。

 

『首を失ったゾンビたちは、しかしまだその活動を止めてはいなかった。最期に男を道連れにしようと、鋭い爪を抉り込む』


 ダダダダダダッと速攻でキーを入力。

 すると首を失ったランナーたちは、視力も聴力も嗅覚もないなかで健気にサンカクPを攻撃しようとする。


「おっせ!」

 だが、サンカクPはダークコートで強化された脚力で、瞬時に俺に迫る。視界のないランナーの爪は、相手がいなくなったことにも気づかないまま宙を裂いた。


「ぐっ」

 一方で円月輪の刃が、俺の腹にめりこんだ。

 後方へ吹っ飛ばされた俺の身体は、コンクリートの壁に背中からぶちあたって、とまった。


「く、く……」

 息ができなかったのは一瞬だけで、すぐに空気を吐き出すことができた。


 腹を見ると、黒いインナーがざっくりと斬れている。しかし、その奥にある傷は大したことがなかった。


 ゾンビの首を四つまとめてスパスパ斬っちゃう刃なのに、ダークコートの耐久力すげえ。


「お、まだやれんの? タフいね!」

 サンカクPが訊ねてくる。

 当たり前だ。これじゃ先輩にカッコ悪いところしか見せられてないし。


 俺はそう思って立ち上がろうとしたんだが――


「参りました。サンカクサンカッケー


 勝手に口が開き、俺はそんな心にもないことを喋っていた。

 にやにやと意地悪な笑みを浮かべるサンカクP。


「そーだろーそーだろー! オレっちてば、ハイパーミュージッククリエーターだかんね!」

「全くその通りです。俺はこれから一生、あなたを崇め奉ります」

 なに喋ってんだよ! 慌てて口を隠しながら、俺は弁明する。


「ち、違う。今のは俺の言葉じゃない!」

「素直になろうぜ? 今のは間違いなくモゲルっちの本心から出た言葉だってば」

「違――」


「フフフ。趣味わるいよお、サンカク先生」


 俺の肩を持つように言ったのは、キリカ先輩だ。

「編集長、わかってくれよー。オレっちの能力を知ってもらうためには、実際に体験してもらうのがはやいと思ってさあ」

「能力……?」

 てことは、俺の言葉は、サンカクPに操られてたってことか?


「オレっちの『言葉の刃ボカロエッジ』は、攻撃した相手にあらかじめ決めておいた言葉を喋らせることができるのさ」

「ほ、ほう……?」

 なかなかボカロPっぽい能力だなあ。


「でもそれ、なんか役に立つのか……?」

 行動を操れるならともかく、言葉だけって。


「めっちゃ悪いことに使える」

「そ。悪いことにね」

 しかしサンカクPとキリカ先輩は、ククク、フフフと笑い合う。

 なんか怖ええ……。腹黒さしか感じないんだが。


「――それにしても、もろいですね」

 パジャマ姿のまま、マカロンが呆れたような口調で言った。

「もろいって、俺の生み出したゾンビのことか?」


「それいがいになにかありますか? ボカロエッジいっぱつでノックダウンなんて、これじゃけんえつかんとたたかうのはむりですね」

 おいおい。ちょっとムッとしたよ、今の発言には。


「なんでだよ。一昨日はオーガーでシイナを結構足止めできたぜ?」

 一撃くらわせることだってできたしな。

「それはふいをつけただけ。タネがわれてしまえば、あのびっちはオーガーにくせんなんてしなかったでしょう」


「ま、まあ、驚かせたってのはデカかったもしれないけど、生み出すものによってはもっと強いかもしんねーだろ!」


「じゃあモゲル先生、キーボードで私のことを打ってみてくれる?」

「え、先輩を?」

「そ、私♪」

 自分を指さしながら、にこにこするキリカ先輩。


「なるほど。おねえさまがだせるなら、そのちからみなおしてあげてもいいです。おねえさまがけんえつかんにまけるわけないですから」


 ……確かに。『撃霧』を持ったキリカ先輩の強さは俺だって目の当たりにした。

 ダークコートを着たキリカ先輩か。

 ――書くの楽しそうだな。

「やってみます」


 俺は『撃霧』での戦闘を思い出し、できる限り美しく、キリカ先輩を描写する。


 ダダダダダダダダダダダダダダダ…………、ターンッ


『――入稿完了』


 だが。


『チェックにひっかりました。出力がキャンセルされました』


「あれ、なんだ……?」

 キーボードは静まり返り、文字が出てくる気配はない。


「つかえませんね」

 ちっ、と舌打ちするマカロン。

「おねえさまをうみだせるなら、ひとりもらおうとおもっていたのに」

 マカロン、お前は先輩をなにに使おうと考えてんだ。


「すみません、先輩。無理でした」

「いいのいいの。予想通りだったから」

 失敗したってのに、先輩には全然がっかりした様子がない。

「じゃ次、ナイフを描写してみて」

「ナイフ?」

「いいから、やってみて」

 キリカ先輩に言われるがまま描写してみるが――

 やはりチェックにひっかかってナイフは出てこなかった。


 チェックにひっかかるってなんだよ。

 自分の能力なのに、さっぱりルールがわかんねえ。


「なるほどね。モゲル先生の力、おおよそつかめたかも」

 キリカ先輩はなにか意図をもって、書く内容を指定してるみたいだ。

 しかし、いろいろ試すのはいいんだけど、だんだん頭が重くなってきたぞ。

「むー……」

 うとうとする。

 前に能力を使ったときほどじゃないが、これまた眠っちゃうんじゃないか?


「最後に、モゲル先生のオリジナルキャラを描いてみてくれる?」

「オリジナルキャラ、ですか?」

 重たくなってきたまぶたをこすりながら、俺は訊ねる。


「そ。このあいだ読ませてもらった小説に出てきた殺人鬼『ツジモト』でいいわ。私のことを切り刻んだやつ」

「でもあいつはサイコパスなだけの、ただの人間ですよ? 設定的にランナーよりも全然弱いし。チェックにひっかからなくても、検閲官との戦いに使えるかどうかは微妙なんじゃ」

「それは――どうかしらね」


 思わせぶりな口調。

 真意が気になりつつも、俺はキーボードに手を置き、言われたとおり描写する。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


『男が外科医を夢見たのは、人を合法的に切り刻める職業だと知ったからだった。

 だから、心の闇が見抜かれ、夢が絶たれた後も、男は常に白衣を着続けた。

 そして白衣は今、血でべったりと濡れていた。

 両手にメスを持ち、眼鏡の奥にある瞳を男は病的にぎらつかせている。

 手術が終わったのだ。

 患者を治すためではなく、自分の欲望を慰めるための手術が』


 やべ。殺人医の異名を持つツジモトを描写しろって言われたもんから、思わずメスまで描写しちゃった。

 さっきナイフがチェックにひっかかったんだから、同じ刃物のメスもダメかもな。


『チェック終了。出力します』


 あれ?

 弾かれることを予想していたのに、なぜか今度はチェックを通った。


 文字の羅列が、血まみれの白衣を着た目つきの悪い男を生み出し――

 その手にはしっかりとメスが握られている。

 作り物だとはいえ、迫力あんな……。俺だったらこんなやつと戦いたくねーよ。


「サンカク先生、『言葉の刃ボカロエッジ』で攻撃してみて」

「ラジャーッス!」

 キリカ先輩の命令で、サンカクPが無抵抗なツジモトへ向けて『言葉の刃ボカロエッジ』のチャクラムを放つ。

 その刃はランナーを攻撃したときと同様に首筋に命中する。

 

「ん、こいつ結構頑丈じゃね?」


言葉の刃ボカロエッジ』はツジモトの首を切断することができなかった。傷口からは文字が流れ出しているが、骨まで達しているようには見えない。

 まだ、キーを叩いて命令すれば全然戦えそうだ。


 どうしてだ?

 ただの人間であるツジモトが、ゾンビよりも頑丈だとは思えないんだけど。


「もうわかったわ。モゲル先生、デリートキーを押してくれる?」


 言われたとおりデリートを押すと、傷ついた『ツジモト』は跡形もなく消滅した。

 ヒュウッとサンカクPが口笛を鳴らす。

「編集長、スッゲ。なんで生み出したものの消し方がわかってんの?」

 ですよね。デリートキーで消えるなんて、俺も知らなかったんだけど。

「論理的に考えれば、そうならない?」

 いや、かもしんないけど、当然みたいに言われるとビックリするわ。


「ヤヌシちゃん、もういいわ。いつもの部屋にしてくれる?」

 ヤヌシはこくりと頷く。

 再び部屋は歪み、ソファの置かれた元のカフェテイストに戻った。


 キリカ先輩はブラインドに隠されていたホワイトボードをガラガラと引っ張り出すと、カカッとそこに文字を書き記していく。


************************************

鳥波田モゲル先生の能力:

・描写した怪人や怪物を具現化できる

・怪人、怪物と呼べないような生き物や、無生物は具現化できない

・怪人、怪物とセットでなら、武器を生み出すことができる

************************************


「これがチェックを通るためのコツね。そして怪物は、モゲル先生のオリジナルであるほうが強い。それはそうよね、クリオネの原動力は創作力。オリジナルキャラのほうがより力を込めやすいのは当然だわ」

 キリカ先輩はそう締めくくった。


 なるほど。作中で人間としての範疇を超えていない『ツジモト』でさえ、あれだけ強くなったんだ。本物の『怪人』『怪物』をオリジナルで書けば、相当強くなるに違いない。


「というわけで」

 俺のほうを見て、にこっと笑うキリカ先輩。

「モゲル先生の新作では、すっごく強い怪物を出しましょう!」


 あ、創作の話に戻ってきた。

 なんかものすごく遠回りしたような気がするんだけど、でも――


「先輩、今の台詞、ようやく編集長っぽかったです」

 DFCに参加してから、戦いの話ばっかりだったからなあ。


「そ? 私は最初から編集らしいことを言っているつもりなんだけど? なにがいいかしらね。改造人間? 突然変異を起こした獣? それとも宇宙生命体?」

「それなら陸でも活動できるようになった鮫とかどうですかね?」

「なにその馬鹿っぽいの! フフフ、可能性は無限大ね!」


 嬉しそうに笑うキリカ先輩。

 うわあ、なんか楽しい。好きな人と創作トークができるなんて。

 それも、次の作品に出す怪物の話をだぜ?

 テンション上がらないほうがおかしいだろ!


「ところで、モゲル先輩の能力名なんだけど、どうしよっか」

「あ、そうですよね。『撃霧ウチキリ』とか『言葉の刃ボカロエッジ』とか、みんなネーミングしてるんですよね。なんにしよっかな……」


 これは創作者としてセンス問われるよな。あまりカッコつけていない、オシャレな名前にしたい。

 最後まで読んだら意味がわかるタイトルとか、めっちゃイケてるもんな。


「『無慈悲な生命』と書いて、バイオレンスって読むのはどうかしら」


 ところがこっちの意思なんて関係なく、先輩が自分のアイデアを口にした!

「いや、それは――」

 ダ、ダサくね?


「さすがはおねえさま。センスばつぐんです!」

「イイネ! あってるあってる! 超クール!」

 ににゃー。


 待って?

 マカロンもサンカクPも、おまけにヤヌシまで、なんでそんなにノリノリなの?

 あ、わかった! こいつらも先輩に無理やりネーミング決められたな!!


「そ、そんな中二感満載なネーミング。イヤですよ」

 俺はなんとか抵抗を試みるのだが。


「拒否権はないわよ? ラノベのタイトルを決める権利が編集者にあるように、クリオネ能力の名前を決める権利は編集長にあるんだから」


「ええっ! 横暴だ!」

「フフフ。なんとでも言うのね。編集長は誰より創作者のことを想い、そして誰よりも創作者に恨まれる――そういう悲しい仕事なのよ」

「それ自分の趣味押し通してるからでしょ……。くそ、ねむくなってきた」

 一昨日と同じだ。この能力、すごい創作力を使ってるっぽい。

 なんとか他の名前に変えさせたいのに、アイデアも浮かばないし――


「うーん。『無慈悲な生命バイオレンス』は燃費が悪いのも弱点ね。実戦では使いどころを考えなきゃメッよ♪」

 うわ、もう当たり前みたいに能力名を使われている……!

 お願いだからやめて――

 しかし、俺にはもはや抵抗する気力は残っておらず、そのままバタン、とソファの上に倒れ込んだ。

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