⑤ 理不尽にあらがえ

「仮面さん、後ろ、後ろ!」

 感傷にしみじみひたりながらも逃走を続けていた俺は、メアの声で我に返った。

「ん?」

 ちらりと背後を確認して、俺は戦慄した。


 うおおお、シイナがぴったりついて来てやがる!

 今この瞬間にも距離が縮まってきてるぞ!


 パンッ


「うぐっ!」

 シイナの放った《創作者殺しクリエイターキラー》が肩に命中した。ダークコートを着ているおかげが昨日ほど頭痛はなかったが、俺の動きは一瞬鈍り。

 その隙に、シイナはあっという間に俺たちの前へ回り込んだ。


 は、速い……。

 てか、先輩たち、足止めしてくれるんじゃないの?

 なにやってんすか?

 他の検閲官がいないのがせめてもの救いだけれど。


「あっさり逃がすとでも思った? このA級検閲官、道明寺シイナが」

 俺たちは今、同じビルの屋上にいた。周囲に人はいない。

 戦うにはもってこいの場所だ。戦えるならね。


「……やるじゃねーか。俺のスピードについてこられるなんて」

 メアをおろして背中に隠しながら、精一杯虚勢を張る。

 こうなったらできるだけ強そうと思わせて、警戒心を抱かせる。

 そしてキリカ先輩とマカロンの合流を待つ。


 クリオネの使い方を学んでいない俺には、それしか戦略が思いつかなかった。


「くくく……。DFC最強と謳われた俺の力、試してみるか……!」

「アンタ新入りでしょ? トロいし、クリオネも大して使いこなせてなさそうだし」

「ぐっ!」


 一瞬でバレた。照れを隠して中二全開の発言までしたってのに!

 シイナはこちらに拳銃を向けながら、挑発的に髪をかきあげる。


「DFCを抜けたくなるよう、今からぼっこぼこに叩きのめしてあげるからさあ、さっさと武器出しなよ」

「武器……?」

「使えるんでしょ、アンタも。そのクリオネが欠陥品でもなきゃあさあ」


 そういえば先輩も言ってた。このコートはクリオネ能力のおまけに過ぎないって。

 つまり本命は、武器。

 もしかして俺にも出せるのか? 妖刀『撃霧ウチキリ』みたいな武器が――


 先輩はどうやって武器を出してたっけ……?

 俺は改めて、クリオネのディスプレイを見る。

 時刻表示の下には、仮面のアイコン、ジャケットのアイコン以外にもう一つ――ナイフのようなアイコンが並んでいた。


 ごくり、と唾を飲み込む。

 スプラッター映画に出てくる怪人たちを、俺は思い浮かべる。

 ジェイソンの使う鉈。

 フレディの使う鉤爪。

 レザーフェイスの使うチェーンソー。


 クリオネが創作力をエネルギーとしているなら、武器もまた俺の作家性を色濃く反映したものとなるはずだ。

 果たして、俺にあてがわれる凶器は――

「後悔してもしらねーぞ」

 心臓の高ぶりをおさえながら、俺はクリオネの武器アイコンをタップする。

 超強力な武器、出てこいや!


 するとまず、金属質なベルトが腰回りに現れた。さらにそこから関節のあるアームが少しずつ生み出されていく。


 腰に固定しないと支えられないくらい、重たい武器なのか!


 これは期待できる!

 なんだ、ショベルカーみたいに、先端に土をかくバケットがついたり?

 やべ、そんなので人間を引っ掻いたら、一発で惨殺しちまうぞ。


 どうしよう、俺は作品のなかで残酷描写できりゃそれでいいのに――なんて考えながらも、ワクテカが止まらない。

 なんだ、なにが先端に生み出されるんだ?

 そしてついに。

 先端に生み出されたのは、血しぶきを浴びたかのように紅い――




 キーボードだった。




 ……………………は?

「なにそれ………………。キーボード?」

 シイナが毒気のない声を出した。


 拍子抜けしたのは、俺も同じだ。

 試しに両手を置き、カタカタとタイピングしてみる。

 うん、胸の前に固定されてるから、すごく打ちやすい。

 深く沈む打鍵感も悪くないな。


 しかも仮面を通した視界がディスプレイになってて、タイプした文字が読める。

 わーい! これで戦闘中に浮かんだアイデアをメモしておけるぞ、やったね!

「……………」


「まったく役に立たねえええええ!」


 ていうか、武器ですらねぇええええええ!


「…………プッ」


 シイナが口を押さえている。どうやら噴き出したらしい。

「おい、笑うな!」

 こっちは泣きたい気分だってのに!


「あひゃひゃひゃひゃ。ゴッメーン。そんなに戦えなさそうな武器、初めて見たモンだからさぁ!」

 くっそ。比喩じゃなく、ほんとに腹を抱えて笑ってやがる。

「ぶっ殺すぞ!」


 ウィーン。ウィ、ウィーン。


「いや、キーボードのついたアーム動かしても、説得力ないしぃ」

「そりゃそうだ!」

 マジで間が抜けてるわ!


 そりゃあ、スプラッター作品で使われる凶器は多種多様だよ?

 でも、キーボードで人を殺した話なんて、見たことあるか?

 …………ねえ!

 一体、これでどうやって戦えっていうんだよ。


「あの……、ボクをほうっておいて、逃げてください」


 さすがにこれは勝てないと思ったのか、メアが申し訳なさそうに言う。

「シイナちゃんが捕まえようとしてるのは、ボクなんだから」

「あのなあ……」

 幼なじみを置いていけるわけないだろ、と言おうとして俺は口をつぐんだ。

 あぶね、正体バラしたらダメだって、マカロンに言われたばっかだった。


「……その選択肢はねーな」


 全然しまらない武器を携えながら、それでも俺はカッコつけて言った。


「なんで……? 元々、自業自得なんですよ。ボクが、学校なんかでDFCの作品を読んだりしてたから、シイナちゃんに見つかっちゃったんだ。あなたまで、一緒に捕まる必要はないでしょ?」


「そりゃ、お前が同志だからだ」

「同志……?」

「ああ。創作の自由を求める、な。DFCの作品を読んでたのだって、既存のコンテンツに不満があるからだ。無料コンテンツが面白くないと思ってるからだ。違うか?」


 俺はメアを勇気づけるつもりだった。

 でも、自分で言いながら、そうだ、そうだよという想いが強くなる。

 発禁法にうまく適応しようとしてるメアでさえ、本当は無料コンテンツに満足なんてしてなかったんだ。

 この日本で、読みたいものを読めてない読者は、きっと呆れるほどたくさんいるに違いない。


 発禁法が施行される少し前。


 人気を博していた漫画『エクスデス』を模倣した、残虐な連続殺人事件が起きた。


 犯人は十代の若者。エクスデスの熱狂的なファンだった。

 漫画に登場する悪のカリスマ、殺人鬼ガンマになりたかった――捕まった若者はそう言ったという。


『度が過ぎた表現を含むコンテンツは人に悪影響を与える』


 マスコミは無責任に世論を煽り立てた。

 視聴者は明確な敵、バッシングしてもいい相手を探していた。

 だから怒りの矛先をどこかに向ければ、視聴率はうなぎのぼりだった。


 問題漫画の作者は矢面に立たされ、連日のようにカメラ前で謝罪を続けた。

「こんな事件が起こるとは思わなかった」と。


 当たり前だ。エクスデスは俺だって読んだことのある漫画だった。

 過激さだけを売りにした作品じゃない。

 芯にはメッセージ性の強い、人の心を揺さぶるストーリーがあった。


 なのに、作品に含まれる残酷なシーンばかりが切り抜かれ、ネットに流布された。

 騒ぎ立てたのは、作品を読んでいない連中。

 漫画にも小説にも映画にも、要はエンタメにろくに触れてこなかったやつら。

 その流れに、政権までもが乗った。


「こんな救いのない事件が二度と起こらぬよう、全力を尽くしていく」

 そう言って彼らは、法案のなかに自分たちに都合のよい一文を付け加えていった。その他にも、多くの利権団体が、自分たちの利益につながるよう、規制内容を増やしていった。


 一部のマスコミは、彼らの魂胆に気づいた。けれど、時すでに遅かった。

 自分たちの生み出した『規制すべし』との世論は濁流となって大勢の人間を巻き込み、もはや止められるものではなくなっていた。


 法案を一字一句詳しく読む有権者なんて、ほとんどいなかった。

 良識のある人間よりも、無知な人間の声のほうが大きかった。

 まっとうな言葉よりも、過激な言葉のほうが多くの耳に届いた。


 かくして、俺たちを縛りつける発禁法は成立した。


 検閲省が設立されるまで、時間はかからなかった。


 俺はその運動の背景に、創作に対する憎悪、偏見――あるいは、嫉妬のようなものを感じずにはいられなかった。

 理不尽きわまりない、それは迫害だった。


「読みたいものを読んで、書きたいものを書いて、なにが悪いって言うんだ?」


 俺は、自分の頬が怒りで熱くなるのを感じていた。


「暴力表現のある作品を読んだら、人は暴力的になるのか? ゲームのなかで人を殺したら、リアルでも殺人鬼になるのか? だったら作中で人をばっさばっさ書き殺してる俺は、すでに何人か殺しちゃってるのかよ!」


 

 

 


「人間は、作品を作品として楽しむことができる生き物だったはずだ。そして作品を通して、俺たちは大切なことを教わってきた。それなのに、空想と現実をいっしょくたにして規制しようとする、想像力の欠如した馬鹿なやつらのルールに、縛られてたまるかよ!」


 俺はシイナをにらみつける。



「――デストロイ・フリー・コンテンツ」



 言葉の意味を、俺はようやく理解した。

 全部ブチ壊したいと思った。

 この不自由を。この束縛を。この息苦しさを。


 そのために、縛られた創作者の象徴、無料コンテンツを、俺たちが撲滅する。


 無料コンテンツなんかじゃ満足できなくなるような、圧倒的な面白さで。

 無料コンテンツ撲滅委員会とは、つまりそういう組織なんだ。


「そういうカッコいいことはさあ、この状況をくぐり抜けてから言ってくれる?」

 これでシイナが引いてくれる相手なら、苦労はしない。

 やっぱここは戦うしか道は残されてないよな。


 俺の武器がこんなキーボードじゃなきゃ、もう少し今の台詞もカッコよく聞こえたかもしれないんだが。

 いやいや、ペンは剣よりも強いっていうじゃないか。

 キーボードが銃より強い可能性だって、あってもいいと思う。


 いや、ないか……。


 俺の好きな追いつめられる系の作品のなかでは、こういうときどうしてたっけ――

 ダメだ。全然思い出せん。

 俺、追いつめられた人よりも追いつめる怪物のほうにいつも感情移入してるからな。


 待て、諦めるな。

 さっきまで読んでいたDFCの小説『LEOLA』だったらどうよ。

 素早く走り回るし、脳を潰されないと止まらないゾンビたち。

 凄腕のゾンビハンター、ギースはどう対抗してた?


 俺はギースが、身体の一回り大きいオーガーと対決したシーンを思い出す。

 ゾンビウイルスによって肥大化した筋肉を振り回して戦う武闘ゾンビ。

 身長は三メートル近くあって、拳一発でコンクリートさえも軽々破壊してしまう。

 あの無敵のギースでさえも苦戦さえられたんだからな。あれは強かった。


 オーガーに比べれば、目の前のシイナなんて大した敵じゃないよな。

 えーっと、あの怪物をギースはどうやって倒したんだっけ?



『――入稿完了』



 キーボードからロボットみたいな、無機質な声が発せられた。

 ん、入稿?


「アンタ、なに入力したの?」

「えっ」


 俺の手は無意識に、キーを叩いていたらしい。

 謎の言葉を告げた真紅のキーボード。



『チェック終了。出力します』



 異変は、声だけに留まらなかった。

 真紅のキーボードは、ボディの前面から黒い、虫の大群のように細かな粒を吐き出し始める。


「なんだ……?」

 それは――よく見ると文字だった。

 明朝体やゴシック体、大小バラバラの、よく見慣れた日本語フォントの羅列。


 文字は空中で、激しく渦を描きはじめた。

 まるで集合意思を持っているかのように。

 文字の流出はとまらない。

 文章量を増やした渦はやがて竜巻じみた上昇気流となって、視界を塞ぐ。


「なにしたかって聞いてんのよ!」

 ヒステリックになったシイナが、俺に向けトリガーを引こうとしたそのとき――



 グルルルルルルルゥ……



 黒い竜巻のなかから、心臓にまで響くような、重々しい唸り声が聞こえた。

 溢れ出した文字たちが、質量を持った物体となっていく。

 否――物体というより、それは生命体だ。

 否、否――生命として括っていいのかはわからない。


 鼻に届くのは、酸味の強烈な腐臭。

 そして赤錆を思わせる、流れ出てから時間の経った血の香り。

 俺とシイナのあいだに立ちふさがる、巨大な壁。


「ひっ!」


 この悲鳴は、メアのもの。

 彼女の恐怖はもっともだった。

 だって、目の前には信じられないものがいた。


 俺たちが見ているのは、肉の筋がくっきりと浮かぶほど盛り上がった、巨大な背中だった。

 前のめりの体勢で地面についた腕は、下手したら女のウエスト以上に太い。

 手の甲から腕にかけては緑の苔がむしていて、異形が異形となるまでにかかった年月を感じさせる。


 膨張した上半身とはアンバランスに、下半身はシャープだった。尻から太股にかけてはボロボロになったジーンズ地がかろうじて残っていて、この化け物がかつては人間であったことがわかる。


 グルルルルルル……


 喉の奥を振るわせ、怪物はジロリと俺たちを振り返った。

「ひえええええええ……お、お化け……」

 メアの腰が、ガクッとくだけた。白く濁った瞳、腐りかけた顔、赤く血のこびりついたツノ。


 それは理屈の一切通じない、慈悲なき殺戮者の表情だった。

「お化けなんかじゃない……」

 だが、俺の胸はときめいていた。


 だってそれは、俺が思い描いていたゾンビ『オーガー』そのものだったからだ!

 ついに、この世界にもゾンビウイルスがまき散らされてしまったのか!

 それとも俺たち『LEOLA』の世界に召喚されてしまったのか!?

 ファンタジーに異世界召喚されたいと思ったことはなかったけど、荒廃した終末的世界観なら大歓迎だぞこら!


 ――待て待て。テンションあげるな俺。


 冷静に考えて、そんなわけないだろ。

 残念だけど、これはおそらくクリオネの能力。

 シイナよりオーガーのほうが強い――そんな俺の想いが、キーボードによって具現化したんだ!


 やべえ、俺って状況を理解すんのはやくね?

 意味わからんなりに、わけわからん状況に慣れてきた気がする!


「キモッ!」

 よし、シイナが引いてる。あいつ、ゾンビ系ダメみたいだな。これはいけるぞ。

「よし、オーガー、目の前にするチャラい女を襲え! 俺たちが逃げる時間を稼ぐんだ!」


 言葉が通じたのか、それともチャラい女は狙われやすいというお約束に従ったのかはわからないが、オーガーはシイナににじり寄る!

 偶然使えた能力で敵を倒そうなんて欲はかかない。


「はんっ! こんなトロそうなデカブツ、相手になんかしないっての!」


 地面を強く蹴り、オーガーの巨体をひとっ飛びで越えようとしたシイナ。

 けれどオーガーは予備動作なく腕を伸ばし、そのたくましい指で彼女の脚をガッシリと掴んだ。


「な……!」

 青ざめたシイナの顔。

 驚いたか? オーガーは見た目のイメージより遙かに素早いんだよ!

 でも、こいつの特性は、スピードなんかじゃないぜ?

 オーガーはシイナを掴んだ手を、そのまま思い切り振り下ろす。

 鈍器で地面を殴りつけるように。


 バキャッ!


 ビルの屋上に敷き詰められたソーラーパネルが、粉々に砕け散る。

「がはっ!」

 背中を打ち付けられたシイナが血を吐いた。肺の悲鳴が、言葉にならない息となって口から漏れ出す。


 オーガーの最大の特徴は、そのパワー!

 並の人間なら、もはや動けなくなるほどの衝撃だったはずだ。


「こ、の、クッサい手で触るなぁー!」

 だが、検閲官であり、俺同様に能力が強化されていると思われるシイナにとっては、致命的なダメージとはならなかったようだ。

 シイナはオーガーの腕に狙いを定め、オートマチックを連射する。


 グルゥオオオオオオオ……!


 シイナを掴んでいた腕が、肘の下あたりでゴトリと落ちた。

 え、あんなに太い腕なのに、意外とモロい……?

 よく見ると、銃弾が命中した箇所がバラッと崩れている。

 その断面から溢れ出ているのは、オーガーを生み出すときに現れた文字だ。

 怪物を構成しているのは、あくまで文字なんだ。だから耐久力は大したことない。つまり、やっぱここは逃げあるのみ!


「行くぞ!」

 俺は再びメアを抱き抱えると、シイナとオーガーの戦闘に背を向ける。


「待てコラーッ! こんなキモいモン置いてくな! 今度会ったらゼッタイ最優先でブッコロすかんね!!」

 ひええ、おっかねー!

 罵声と銃声、それにオーガーの雄叫びを背中で聞きながら、俺はなんとか戦場を離脱した。


 

 無事、あまり人のこない学園の裏口まで逃げおおせると、俺はメアをおろした。

 あたりは暗くなっているし、もう追ってはこないだろう。検閲官の逮捕権だって、しばらくすれば失われるはずだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます」

 メアは俺にぺこぺこと頭を下げる。

「いや、俺はなにも……」


 昨日まで逆の立場だっただけに、こう感謝されるのは気恥ずかしい。

 しかも相手は、俺が幼なじみだってわかってないし。わかってたらこんな風に礼儀正しくしてないのもだろうし。


「ボク、嬉しかったです。創作レジスタンスの人に同志だって言ってもらえて。そ、それにだっこまで……」

 なんだお前。そんな照れ照れした顔、普段俺に見せたことないよな。


「新堂メアっていいます。これからもボク、DFCを応援し続けますから!」

 メアは俺の手を握った。体温が妙に高くて、じっとりと汗をかいていた。

「じゃ、じゃあボクはこれで」

「お、おお」

 なぜか俺を直視できないまま、メアは手を放して勢いよく走り去っていった。


 あいつ、あんな女の子みたいな顔できたのか……。

 最後のあたりは、こっちまで気恥ずかしくなったぞ……。


「――どうだった? 未来の読者を守った気分は」

 声がして振り返ると、キリカ先輩とマカロンが立っていた。

 態度に余裕があって、今ちょうどやってきたって感じじゃない。

 メアと俺の会話が終わるのを待って現れたみたいだ。


「いつの間に追いついてたんですか?」

 訊ねると、キリカ先輩は少し考えるように人差し指を顎に当てる。

「えっとねぇ、先生がキーボードを出現させたあたり?」


「…………だいぶ手前ですね!? 助けてくださいよ!」


 無意識にキーボードを使えてたから良かったものの!

 普通、あの武器見たら助けなきゃって思うでしょ!

「作家の戦いに、編集者が口を出しすぎるのはヤボじゃない?」

 この人……、かわいい顔してスパルタ編集だ!

 スパルタで俺を鍛えようとしてる!


「まさかとは思いますけど、シイナは足止めできなかったんじゃなく」

「いやいや、シイナちゃんは凄腕だから。そこはさすがにわざとじゃないよ、やだなあ先生ってば、疑心暗鬼♪」

 本当かよ……?


「でも、同志を守るっていうの、悪くないですね……」

 俺がそう言うと、キリカ先輩は満足げに頷く。

「フフフ。モゲル先生なら、わかってくれると思ってた」

「そのこんじょうがいつまでつづくか、みものです」

 マカロン。お前は俺の味方なのか、敵なのか、どっちだよ。


 そう文句を言おうと思ったんだが、安心したら猛烈な眠気が襲ってきた。

 くらくらしてる俺を抱きとめてくれたのは、キリカ先輩だった。


「いい子ね。おやすみなさい、モゲルセンセ」

 やべー、これクリオネを使った反動とかかな。

 眠気が全然おさえられねー。

 あーもー。ほんっとーに疲れた。

 人生で一番疲れた日かもしれない。

 でも――これは心地よい疲れだ。

 発禁法を遵守しようと無理して小説書いてたときとは、比べものにならないくらい気分のいい疲れ。

 自分の意思に反した疲れと、意思を貫いた疲れの違いなのかもな。


 作家としての創作活動と、レジスタンスとしての工作活動、ね。

 両方をこなすのはしんどそうだけど、とりあえずやってみるさ。

 それが『書きたいものを書くための戦い』ってんならさ。

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