④ 初めてのクリオネバトル

 俺たちの住む白日市は『フューチャーエコシティ』をスローガンに、周到な計画のもとに作られたモデル都市だ。


 電線は地面に埋められ、道路を走るのは電気自動車のみ。

 いたるところに充電スポットがあるし、道路はほぼ全面ソーラーパネル。

 建物の屋上や壁からもソーラーパネルが突き出ていて、太陽光を効率的に集めるため、区画ごとにビルの高さは制限されている。


 街の中央にそびえるシャイニングタワーから見ると、街全体を見渡すことができて、壮観なんだよな。

 俺たちの学園も、寮も、よく買い物にいってるモールなんかも見えた。

 透き通るような空に、なんだか心まで自由になった気がして、嬉しかったな。

 最初にタワーにのぼったときは、同級生を見つけられるんじゃないかと思って何百円か双眼鏡に使っちゃったりして。


 なんでこんな話をするかっていうとだ、立ち止まっていて、心にゆとりのあるときじゃないと、景色は楽しめないってこと。


「SOSが送られてきたのは、このあたりのはずだけど」


 先輩は整った眉に手を当てて、きょろきょろとあたりを見回す。

「ちょっと、待ってくださいよ……」

 余裕の先輩と違って、俺は息も絶え絶えだ。


 学校から街を全力疾走。しかも道路ではなく、建物の上を、だ。

 高さ制限が設けられてるといっても、ビルの高さや形はひとつひとつ違う。

 けれど、あらかじめ定められたルートがあるかのように、先輩とマカロンは同じくらいの高さのビルからビルへジャンプして移動する。


 校舎から体育館へ。裏門を飛び越えると、二階建ての一軒家から三階建てのアパートへ、四階建てのマンションに飛び乗ったと思ったら、今度はまた三階建ての屋根へ。たまに薄っぺらいソーラーパネルまで足場に使う。

 意外に割れないもんだね。強化ガラスの耐久力すごい。


「とりやろう。なまえのとおり、ちきんですね」


 スタントマンも真っ青なアクションを強要された俺に浴びせられたのは、マカロンの辛辣な皮肉。


「うるさい! いきなりビルの上を跳び回れるほうがどうかしてるわ!」

 ダークコートのおかげで、跳躍力は異常なまでにあがっていた。十メートルくらい、余裕で跳べてるんじゃないか? でも、どちらかというと高いところが苦手な俺は、自分が跳んだ高さにすらビビる。


 なんでこんなアクロバットな移動をしなきゃなんないの? 仮面つけて道を走ってたら、それは目立つと思うけどさあ。

 途中何度も「もうおいていってもらおうかな」と思った。危ないところに進んで行きたいわけでもないし。


 でも、キリカ先輩になさけない男だと思われる、それだけは耐えられない。

 その想いだけで、必死に食らいついた俺だった。

「偉いわ、先生。私、こっちの意図についてきてくれる作家さんって好きよ」

 うなだれた頭を、先輩がよしよしと撫でてくれる。

「うおおお、疲れがとれる! これがアメとムチかあー!」

 振り回されているだけな気がするけど、悪くない扱いだぞ!


「……いました」

 元気を取り戻した俺を無視して、マカロンがぼそりとつぶやく。

 彼女は俺たちのいるビルの斜め下、大通りを見下ろしながら言った。

 ひとりの女の子を、白い制服姿の検閲官が大勢で取り囲んでいる。


「創作レジスタンスに資金を提供した罪で、逮捕する!」

 タブレットに表示された罪状を、男の検閲官が読み上げる。

 資金提供って……、要はDFCの有料コンテンツを購入したってことか。

 それにしても、違反者ひとりに対してよってたかって、えげつねえったらないな。


「弱い者いじめもいいとこじゃねーか」

 昨日似たことをやられたばっかりの俺としては、ちょっと見過ごせない光景だよ。

「私たちがタイミングを見計らって降り、敵の注意をひくわ」

 先輩も同じ気持ちなのか、声に怒りが混じっている。

「先生はあとから降りて、彼女を連れて逃げるの。わかった?」

「了解です」


 応じながら、俺は少なからずほっとしていた。

 よかった、いきなり先頭に立って戦えって言われなくて。

 あの痛すぎる銃弾を二日続けて浴びたいとは思わないからなあ。

 前線は戦い慣れてそうなふたりにおまかせしよう。


「――やめてよ! ボクはなにも、変なもの読んだりしてないんだから!」

 あ?

 なんだ今の、めっちゃ聞いたことのある声。

「…………おいおいおいおい」

 検閲官に取り囲まれているのは、俺の幼なじみ、メアだった。


「あはっ。いいのかなぁ、そんな嘘ついて」

 そう言ってメアの前に立ったのは、創作義塾の制服を着た――

「シイナちゃん? どうして……」


 メアが疑問を口にするのと同時に、シイナは首元のチョーカーに触れた。

 すると彼女の服装は、一瞬にして検閲官の白い制服へと変化する。

 さっきクリオネがダークコートを呼び出したのと同じように。


「バンシー。それにヴァイスジャケット」


 マカロンが小さく呟く。

 バンシー? ヴァイスジャケット?

 もしかして検閲官の制服も、このダークコートみたく、力を持っているのか?


 パンッ!


 シイナは服と一緒に作り出された銃を、警告もなく撃ち放つ。

「いやあああああ!」

 胸を鷲掴みにされるような悲鳴。

 頭を抱え、もんどりうつメア。


「んんー、良い声。バカな創作者を泣かせるのって、ほんとカイカン☆」


 自分の肩を抱き、うっとりとするシイナ。

 あいつ、メアに銃弾を撃ち込みやがった……!

 あの『創作者殺しクリエイターキラー』の弾丸を……!


「いたいよぉ……。どうしてこんなヒドいことするの?」

 涙目になったメアに、いつものボーイッシュな雰囲気は感じられない。

 哀れみを求めるメアに、まわりの検閲官たちは笑い声を浴びせかける。


「そりゃ、お前が発禁法を破るからだろ!」

「俺たち検閲官の仕事を増やしやがって!」

「青少年が読むべきは、健全な無料コンテンツ!」


 メアと親しいはずのシイナの表情も、にたにたと下品に笑う検閲官たちとなんら変わらない。


「メアちゃんが悪いんだよぉ? こそこそ隠れてあのクソッたれなDFCなんか読んでるからいけないんだよぉ?」

 シイナの出した甘ったるい声に、メアはぶるぶると震える。

 豹変したクラスメイトに頭がついていかない、そんな様子だ。


「安心して☆」

 慈愛に満ちたシイナの声色は、上辺だけ。

 奥底に潜んでいるのは信じられないほどの残酷な、嗜虐的な欲。


「すぐに楽になるよ。メアちゃんの創作人生、アタシがここできっちり終わらせてあげるから」


 プツン、と俺のなかでなにかが切れた。

 お前ら、メアがこれまでどれだけ頑張って漫画を描いてきたか知ってんのかよ!

 いつだって努力して、教師からも華丸をもらうメアの頑張りを、終わらせる権利がお前らにあると思ってんのかよ!


「ふっざけんな!」


 気がついたとき、俺はビルを飛び降りていて――

 いつのまにかメアとシイナの間に入っていた。

 検閲官たちが、飛び入りの不審者である俺に対し、一斉に銃を突き出す。


 やべ、勢いのままに出てきちゃったけど、いきなり全銃口が向けられるとは思ってなかった!


 ……ええい、どうとでもなれ!

「なに、アンタ?」

 ぎろりとにらんでくるシイナに、俺は脚の震えを隠しながら高らかに宣言する。


「俺は無料コンテンツ撲滅委員会だ!」

 あ、ここもしかして例の決め台詞を言うところだったか?

 デストロイ・フリー・コンテンツっていう。


「またDFC……」

 ま、いいか。あれ叫ぶの、ちょっと恥ずかしいしな。

 なにより、うんざりしたシイナの表情が見られたし。へっ、ざまあ!


「ばかやろうですか。あたしたちがさきにおりるといったでしょう」


 俺のそばに、マカロンが着地する。

「うっ!」

「感情に任せた無茶、いいわね。私は嫌いじゃないわよ」

 少し遅れて、キリカ先輩も。


「おねえさまはとりやろうにあますぎです」

 うう、仕方ないだろ。

 それもこれも、逮捕されそうになってるのがメアだったのが悪い!

「おまえな、なに無茶なことやってんだよ! だいたい俺、お前がDFCを読んでるなんて知らなかったぞ!」

 俺はメアに向かって思わず叫んでしまう。


「へ……。ど、どこかで会ったことある?」

 が、メアは俺が誰だか理解してない様子だ。

 仮面してるからって、なんで幼なじみが識別できないんだよ。

 雰囲気とか、髪型とかでわかるだろ、普通!


「とりやろう。しょうたいばらしたらころしますよ」

「いや、正体もなにも――」

 反論しようとして、俺は違和感に気づく。

 俺の正体に、気づいてないのか。

 そういやあ、シイナにも気づかれていないっぽいな。


 シイナは俺がDFCに接触したことを知っている。昨日の今日だから、疑われてもよさそうなもんなのに。


「このかめんをきどうしているあいだは、ぜったいにしょうたいはバレません。へんしんヒーローのてっそくです」


 マカロンが、またわけのわからないことを言ってる。

「あああ、もう。わりきれってことか!」

「そゆことです」

 俺たちのやりとりを遮るように、シイナが銃をこちらに向けた。


「アンタたちさあ、多勢に無勢って言葉、知ってる?」

 昨日、俺を追ってきたのは彼女だけだった。けれども、今日は違う。検閲官はシイナを合わせて十人はいる。


 検閲官全員が、俺たち同様に身体能力を強化してるんだとしたらヤバくないか。し

かも、俺たちはすでに思いっきり銃口を向けられているんだ。

「私たちはDFCの読者を守りに来ただけ。積極的に戦おうなんて思ってないの」

 キリカ先輩が、荒立てたくない意思を込めて、優しい声色で言う。


「ふーん。それで?」

「だから昨日と同じように、ひいてくれない?」

「あはっ、ざーんねん」


 その言葉は、どうやら命乞いのようにシイナには聞こえたらしい。返事をする彼女の表情は、楽しそうにひどく歪む。


「さすがに二日連続で見逃すワケにいかないんだよね。アタシにも立場ってモンがあるしさぁ」

「そ。なら仕方ないわね」

 にこりと笑ったキリカ先輩。俺にはまだ余裕があるように見えた。

 その余裕、信じていいんですよね? ね?


 パチンッ、とシイナが指を鳴らした。

「撃って」


 バババババババババババババババ


 検閲官たちの拳銃が一斉に火を噴く!

「うひぃっ!」

 鼓膜に無数の銃声が響く。

 俺は身を縮め、遅れてやってくるであろう痛みに耐えようとした――のだが……。


「あ、れ……? 痛……くない」

 音は届いているのに、銃弾は一発も俺の身体に当たっていなかった。

 先輩やマカロン、メアにも。

 誰ひとり、一切の回避行動をとっていないのに、だ。


「な……」

 シイナが驚愕に目を見開き、他の検閲官もすぐに異常に気づく。

 至近距離からこんなに弾を撃って、当たらないはずがない。

 いや、弾は確かに俺たちの身体に届いていた。


 当たってはいる、のだ。

 けれど、まったくダメージはない。

 ただ、通過するだけ。

 銃弾は、俺たちを傷つけることなく素通りしていく。


「たまをにうつしました」


 マカロンがぼそりと言う。

 別の領域レイヤーに?

 マカロンの説明はやっぱりさっぱりわからんが、クリオネでなにか対処したらしい。


「ぎゃあああ!」

 と、検閲官の叫び声が聞こえた。

 見れば、いつの間にかキリカ先輩が『撃霧』を抜き、検閲官のひとりを斬り伏せていた。


 キリカ先輩は軽く刀を振って血を落とすと、再び鞘におさめる。

「貴様ッ!」

 武器をしまった先輩が無防備に見えたのだろう。

 そばにいた検閲官たちは、息を合わせて彼女に掴みかかろうとした。


 四方から同時に伸びる、白軍服の腕。

 だが、己に腕が届く直前で、キリカ先輩はブーツの爪先に力を込めた!

 キリカ先輩の身体に、一本の軸ができた。


 ギュンッ!


 残ったのは、青い曲線。

 鞘から解放された、撃霧の一閃。

「ぐあっ!」

 旋回する撃霧の切先を慌てて避けようとした検閲官たちだったが、伸ばしていた腕や、胸、肩。完全には躱しきれず、負傷する。


 しかし、浅い。

「なーに? 今のしょっぱいの」

 撃霧の切れ味をバカにしたシイナのうすら笑いは――長くは続かなかった。

 なぜなら、斬られた検閲官はみな揃って膝を折ったからだ。


「ちょっと、なにサボってんの!? その程度の怪我で!」

 シイナが声を荒らげる。

 検閲官たちの傷は、それほど大きなものではなさそうだった。スプラッター好きな俺としてはがっかりするレベル。かすり傷程度にしか見えないやつだっている。


 それでも彼らは立ち上がることができない。まるで糸の切れた操り人形みたいに、呆けた瞳の色をしていた。


「俺たちの戦いはこれからだ……」

「これからだ……」

「からだ……」


 そんな言葉をぼそぼそとつぶやきながら。

 これってもしかして……、漫画が打ち切られたときのフレーズ?


「面白いでしょ?」

 キリカ先輩は刀についた血を軽く払う。

「妖刀『撃霧』に斬られた者は、戦闘を続けられなくなる。戦意を打ち切られちゃうから」

「……はは」

 俺は思わず笑ってしまった。

 すげえ。完全に異能バトルの世界だ。


「なにぼけっとしてるんですか。さっさとにげてください」

 マカロンに冷たく言われて、俺はハッと気づく。

「ああ、そういう手はずだったよな。でも逃げなくてもこのまま勝てそうじゃね?」


 キリカ先輩は検閲官を圧倒してるし、どういうからくりかわからないけど、敵の銃弾は効かなかったし。

 だがマカロンは首を横に振る。


「あたしのちからでじゅうだんをふせぐのは、あとじゅうびょうくらいしかできないので」


 マジか。そうなったら俺とメアは足手まといでしかないな!

「わかった。いくぞ、芽……読者さん!」

「は、はい! わっひゃ!」


 俺にお姫さまだっこされたメアが、変な声を出した。

 ああ、身体能力があがっているおかげで軽々だっこできたけど、ボクっ娘がこんな扱いに慣れてるわけない。


「おろしてください! 自分で走れますし!」

「いや、それじゃ遅い。しっかり掴まってろよ」

「へ……? うひゃあああ!」


 俺はメアを抱いたまま跳躍、建物の壁の出っ張りや窓枠を蹴って、屋上へと駆け上がる。

 ビルからビルへ飛び移るときも、不思議と怖いという気持ちはさっきより薄れていた。ぎゅうーっと服を掴み、ビビりまくっているメアが胸のなかにいるからかもしれない。

 ふと俺は、大昔にこいつをお姫さまだっこしたことを思い出した。

 あれは十歳くらいのときだったか。俺たちは漫画の好きな場面を話し合って、その流れでメアの憧れのシーンを再現しようとしたんだ。


 俺が非力すぎて、お姫さまだっこは十秒ともたなかった。恥ずかしくて『お前が重すぎるんだ』なんて言ったっけ。

 こいつとは、あの頃から一緒に創作者を目指してるんだよなあ。

 発禁法ができて、その道は険しいものになってしまったけれど――

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