第49話 ママとパパ
──耳が痛い。左右からステレオのように、まったく別の声が騒ぎ立てている……。
「うるさいな!」
チェリカは耳を塞ぐが、その声たちは直接頭に入り込んでくるのだ。
『──を解放するんだ』
『ヤツの話を聞くな、月を殺せ、予言を滅ぼせ』
『月を殺してはいけない……救うんだ、人間たちを! ……だから、お前は死を選べ』
『予言を打ち破れ! 殺せ、殺せ、奴らを生かすな!』
──私は、
「いや……いやだ! 予言なんて知らない! 一番縛られてるのは、君たち二人じゃないの!」
──今はまだ、それでいい。だが時間はもう……ない。
突如、先ほどとはまったく別の声が世界を覆いつくすと、かけた左耳がじんと熱く震えた気がした。刹那、ブツンと音を立てて夢は途切れる。
*
「……あ、れ?」
うっすらと目を開くと、見慣れた天井ではなくぼんやりとした光が覆っている。チェリカは寝起きの意識を何とか動かそうとするが、身体は鉛のように重く、頭はさび付いたように動かなかった──ただ、大量の汗をかいて風邪を治したような、気だるいが心は爽快な気分だ。
(起きなきゃ……もう、時間がない……? 時間? んー、なんのこと?)
自分の思考すら支離滅裂だ。寝ぼけた意識を引っ掻き回すと、何か……長い長い話を一方的に聞いていたような気がするのだが、それが何か思い出せない。
「……ま、いっか」
声を出したらなんだかすっきりした。ん、と勢いをつけてベッドから状態を起こす──と、部屋の中に立ち込めていた不思議な光は逃げるように引いていった。
チェリカはぐるりと首を回してみる──と、床の上にトアンとシオンが寄り添うように寝転がっていた。
思わずくすりと笑ってしまう。それほどまでに微笑ましい光景だったのだ──例え、シオンの頭に獣の耳が生えていようとも。
……チェリカは、気にしない。
(もともと不思議な感じな子だったし、私だって羽あるし、まあそんなもんでしょ)
うん、と頷いて納得する。重い身体でゆっくりとベッドの上に立ち上がって二人を見下ろすと、チェリカは両手を振って、跳んだ。
「っぐあああ──!?」
「ど、どうした!?」
扉を開けて部屋に転がり込んできたルノが見たものは、白目で泡を吹いたトアンと、その腹の上に体育座りをする妹の姿だった。
*
「……アン、トアン。大丈夫?」
「……チェリカ」
数分後、意識を取り戻したトアンは恨めしげにチェリカを見上げる。チェリカはまだ自分の上にいて(たいした重さはないうえ、おいしいといえばおいしいので構わないといえば構わないが)トアンと目が合うと嬉しそうに笑った。
「笑い事じゃないだろう。ちゃんと謝ったのか」ずい、とルノが顔を出す。
「内臓破裂なんてことになったらどうするんだ」
「大丈夫大丈夫、トアンだし」
「その自信はどこからくるんだ、もう……トアン、すまないな。気分はどうだ?」
「あ、うん大丈夫……それよりチェリカ。君こそ、具合はもういいの?」
そう問いながら、トアンは寝転がったまま横目でシオンを見た。シオンは床にペッたりと座り込んだままこちらを見ている……ニヤニヤ笑っているところを見ると、トアンとチェリカがじゃれているのが嬉しいのか、はたまたトアンの不幸が面白かったのかはわからないが。
「そうだ、チェリカ。お前もう平気なのか」
「そうだねえ、魔力は安定したみたい。お兄ちゃん、心配かけてごめんね? それからトアン、ありがとう」
「……オレ?」
「君の声が聞こえた気がする。あと、シオンの声もね」
「!」
ルノがチェリカの言葉に従うままシオンを見──息をのむ。シオンはルノの反応に首を傾げたが、すぐに目を見開いた。
──そして、恐る恐るといった体で手を伸ばし、自分の頭の耳に触れる。
「……あ」
「シオン、それは……?」
「お姉さん……それから」シオンは一度言葉を切ってトアンとチェリカを見る。パパとママと呼ばないのは、混乱を避けるための心遣いだろう。
「おれのコレ、トトには絶対言わないで」
「トトには?」
「お姉さんも未来のこと、知ってるでしょ? おれはね……その」
「ちょっとごめんねチェリカ。オレが話すよ」
口篭ったシオンの代わりにとトアンはチェリカにどいてもらって立ち上がり、一度開けっ放しの扉を閉めると、再びしゃがみ込んでルノとチェリカの顔を交互に見た。
「珍しいな、お前がそんなこと言うのは」
「ん、ちょっとね」
笑いながらルノに返しながら、トアンは自分でも誰かを差し置いてまで発言した行動に驚いていた。
……普段、自分が積極的なことをあまり言わない理由なんて自分が一番わかっている。トアンは、魔力も感知できず事態も把握できないことが多い。それに比べれば、チェリカの方が遥かに出来事の原因の結果もわかっているようだし、ルノも頭の回転がとてもはやい。
──自分には確証が得られないから、そんなことで仲間たちを振り回してはいけないと無意識に考え、ストッパーをかけて冷静に事態をみているふりをしていただけだ、とトアンは考える。
(でもシオンのことはオレから伝えたい……思い上がるわけじゃないけど、そこまで逃げ回ることも、自分のために目覚めたシオンを弱気に考えることはしたくないんだ)
「あのね、シオンは……オレとチェリカの祈りで目覚めた、この地の守り神なんだよ」
唐突すぎたか、ルノは首を傾げた。その横でチェリカが瞬きをする──ちっとも動じていないようだ。
「あのときの……チャモロ」
「そうなんだ」
「ちょっとまてトアン、私にもわかるように説明してくれ。あの時っていつのことだ?」
「あ、ええと──……」
シアングを救いにいったとき。そう言えればどれだけ楽なことだろう……ベルサリオでのあの出来事は、ルノの記憶の中ではかなり強引につじつまを合わせようとこんがらがってしまっている。
──シアングという存在を一切消し去って、ルノ自身がその不自然さに気付いていない今、ベルサリオのことは禁句だ。混乱をさせてしまって話が進まないだろう。
トアンはしばらく考えた後、『ちょっと前のできごと』として話すことにした。ある夜、唐突に目が覚め(夢のことは割愛)何かに呼ばれるまま村はずれの丘に向かうとチェリカがいた。そこで二人は祈りを捧げた、というわけだ。
「……それでシオンが起きたんだよ。兄さんたちの前では、シオンは夢幻道士一族ってことにしてたんだけど……本当は犬神チャモロなんだ。この姿は、オレとチェリカから継いだんだって」
「なるほど……よくわからないような、わかったような」
「どっちでもいいよお兄ちゃん。それよりシオンが今ここにいるってことが大事」
「おお、たまにはいいことを言うなチェリカ」
(たまにって)
トアンは思わず心の中でツッコむものの、当のチェリカはけらけら笑ってそうだねえと同意している。ルノにも悪意はないのだろうが、何事もなかったように流すチェリカはやはり大物だ。
「だからね、シオンはオレの……子供みたいな存在なんだ。兄様、じゃなくてパパって呼んでくれるし」
「その歳で子持ちなわけか」
ルノが真顔で言った言葉に、トアンは顔を少しだけ赤くして頷いた。ちらりとチェリカの様子を窺うと、きょとんしたままトアンとシオンを見比べている。
(いくらなんでもリアクションが薄すぎるよなぁ。ハッキリ言わないとわからない、とか……?)
血の繋がりはないにしろ、命を軽く思うわけではないが、女の子にとっては男の自分より重大なことなのかもしれないとトアンは思う。第一、チェリカは王女さま。とんだスキャンダルにならないだろうか……?
腕を組んでトアンは考えむ。けれどもどれだけ考えようが、結論は同じ。自分が言うと決めたのだから、直接になににしろ言わなくては。
「……あの、さ。チェリカ。聞いてる?」
「聞いてるよ?」
「シオンが、その……だからね、オレの子供ってことは、君の子供ってことになるわけで……」
「うん、そうだろうね」
「あら……」
思わずぽかんと口を開けてしまう。
「そこまで言わなくても、それっくらい私だってわかるよ。私の魔力を落ち着けるには、同じような質じゃないとまず無理。闇の魔力はないけど、でもシオンはそれをやってのけた──この姿だとよくわかる。君は犬神。そして、私とトアンが起こした存在」
そういってチェリカは満足気に微笑むと、シオンに向かって手を広げて見せた。シオンは戸惑いながらもチェリカの元へ寄っていくと、そっとしがみ付く。ピクピクと耳が揺れていた。
「……ママ」
「私がママかぁ。悪くないなぁ、えへへ」
「ごめんなさい、嘘をついてて」
「いいの……仕方ないよ。それだけの事情があれば。私もトアンも、そんなこと怒ったりしないよ」
「……受け入れてくれて、ありがとう……おれ、ママもパパも、あんたたちしかいなくて……!」
「そんなの気にしないで」
よしよしとチェリカが優しくシオンを撫でると、シオンはぐずり鼻を鳴らした。しばらく見守っていたトアンとルノだが、ふとルノが口元を押さえる。
「どうしたの?」
「いや……何故シオンはトトには言うなと言ったんだ?」
ルノはトアンに小声で話したのだが、シオンの耳が器用に動いた……聞こえたらしい。
シオンはチェリカから離れて目を擦ると、トアンとルノを見る。紫の瞳は赤く濡れていたが、シオンはすっかり笑顔だった。
「気をつけてね、お姉さん」
「な、何故私限定なんだ」
「お姉さんはポロっと言っちゃいそうだからさ……あのね、おれのことを内緒な理由は一つだけ。別に、パパとママの子だからってことじゃあないんだけどね」
シオンはトアンの顔が曇ったことに素早く反応してフォローをくれた。トアンがじゃあ何故、と聞くと、うーんと唸る。
「……あんまりいえないこと?」
「うん。まあ、いいかぁ……おれはね、犬神だって言ったでしょ。おれはトトを守護する力の一つなんだよ」
「守護する力?」
「そう。別におれは率先してやってるわけじゃないけど、他のががんばっちゃってるから引き摺られてる感じかな。コガネと、あともうひとりいるんだけどね」
「レムさんのこと?」
トアンが身を乗り出すとシオンは目を細める。
「知ってるの?」
「あ、うん。一応」
「……レムじゃないよ。レムは見張り役ってわけ。ひょっとしたら、パパは会ったことあるかもね」
「オレが……? シオン、焦らさないで教えてよ」
「にゃおん」と、唐突にシオンはネコの鳴きまねをすると手をごしごしと擦り合わせて見せた。
「……トトのピンチに、コガネでも守りきれないってときになったら出てくると思うな──あ、でもこれもトトには内緒ね。あいつはさ、トトにバレないようにしたいみたいだから。良くわかんないけど」
(にゃおんってなんだよ)
トアンが首を傾げて唸ると、シオンはぴくぴくと耳を動かした。ルノもトアンと一緒になって考えてくれているのだが、チェリカは関心がないのか欠伸をしている。
「ま、守護者にもそれぞれ理由はあるんだよ。コガネも、おれもね。おれはそうでもないけど、みんなはトトを守りたくて守りたくて仕方ないみたい」
「お前は違うのか」
「うん、違うよ。おれはあのお人好しの、どこにみんなが期待をかけているのかとか、わかんないし」
「でも仲間なんだろう?」
ルノの追撃に、シオンは少し考え込んだ。
「……まあね。なんだかんだいって、信用してるよ。でもなにかあったら、おれは関係ないって逃げちゃうけどね」
その言葉は真実かどうかは図りかねるが、トアンが妙に納得する横でルノはうんうんと頷いていた。
「……何故、トトはそこまで守られる必要があったのだろうな」
「決まってるでしょ。一応、力があるからって言われてるからね、トトは」
「何の力……?」
シオンは周囲を窺うように視線を走らせ、すぐに不敵な笑みを浮かべて答えた。
「……世界を救う力だよ」
「世界?」
「十二年後の世界は、あんなの間違いなんだ。そうに決まってる、あんなの、他の誰が認めようとおれたちは認めない。パパ、あんたを救うことも、諦めない」
「シオン……ありがとう」
感極まってトアンはうるりと涙腺を滲ませる……と、チェリカが不意にトアンの額をピンと弾いた。
「トアンは素直すぎるね」
「……な、なにするの」
「……。気付かないの? シオンはこんなにヒントをくれてるのに……」
「へ? 気付くって……なにを」
「……にぶちん」
ふう、とチェリカはあからさまなため息をついて見せた。トアンは納得がいかないが、そんなチェリカを見るシオンの目は恐れと憧れに輝いている。
──シオンは、何かを伝えたがっている。
直接口に出すことはできなくても、それを悟ってくれることを望んでいるのだろう。……けれども、トアンはわからない……わかるはずもないのだ。チェリカは、トアンのことを無言で見つめてきた。
(何が言いたいんだよ、もう……)
「……なあ、それでこれからのことだが」
立ち込めた空気をまったく無視したルノの明るい口調に、チェリカの顔がふっと緩んだ。
「なあに、お兄ちゃん」
「またお前が倒れたら困るだろう……魔力の揺らいだ原因は、ピアスを取られたことだろう?」
「あと耳かな。ピアスが取られた部分が不安定なとこの中心なの。そこから、うまく身体中を魔力が回らないみたい」
「ならばその傷を治そう」
「……方法は? お兄ちゃんでも無理だったんだよ」
「う……まあ、それは」
ルノが困ったように視線を動かすと、黙って見守っていたシオンがはいと手を上げる。
「白雪のユニコーンに逢いに行けばいいよ」と言いながらシオンは立ち上がり、転がっていた自分の本を持ってくる。ぱらぱらと忙しなくページを捲って、難しい文字で書き込まれた一ページを示した。
そこには、白い雪の森の中に佇むユニコーンのイラストが載っている。
「このユニコーンはね、世界中で一番純粋で、一番力が強いんだ。長の一族っていうのかな? これなら、ママの耳を怪我を治せるはず……場所はおれが今教える」
シオンはそういうと瞳を閉じ、意識を集中させる……骨董的価値が高いであろう本の一ページを惜しげもなく千切りとってトアンに渡した。
それには先ほど書いてあった文章の上に、にじみ出るように地図と文字が描かれていく。トアンは驚きながらも文字を読んだ。
「ミスカル大陸、ピュトの森……?」
「そう……ここから西、聖風竜の領域だよ」
「ありがとう。どうして知ってるの?」
「知ってるっていうより、わかってるっての方が正しいかな。おれは星の力をもらってるからね、チョロイチョロイ」
そういうシオンの顔色は明らかに疲れていた。それでも力をこめて両の獣の耳を消し、体中の紋様と尾も跡形もなく消し去る。シオンはただの少年の姿になって、トアンに胸を張って見せた。
(つまり、GPSシステムの応用みたいなものなのかあ……)
トアンはもう一度シオンに礼を言うと、リビングにいる仲間たちに知らせるべく駆け出した。
*
「ユニコーン? ……無理だろ、そりゃ」
ハチミツを落としたホットミルクを片手に、ウィルが眉を寄せた。
「え、なんで無理なんだよ」
トアンは折角の目的をムゲにされたくなくて、憤慨しながら言い返す。
その横で、セイルが全く緊張感のない声を上げる。シオンの手をとってチェリカとルノがリビングへ入ってきたからだ。
ウィルは困ったように唸ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……ユニコーンって、処女にしかあわないんだろ?」
「……え、そうなの?」
「知らないのかよ。結構メジャーな言い伝えじゃんか。だからまず、女でもないお前にゃ無理だってこと」
「で、でも……」
トアンはそっとチェリカに視線を走らせる。チェリカはすぐに気がついて、決まり悪そうな曖昧な笑みを返してくれた。
「いや、そうでもないよー?」と、チェリカとトアンの顔を見比べながらシオンが口を挟む。
「目的の白雪のユニコーンはね、誰にだってあうよ。見つけることができたなら……穢れさえしらなければね。誰かが一人でもあって説得する。力を借りるっていうのは使役することになるから、形だけでも屈服させるんだ。でも、穢れがあるとまず逃げられちゃうんだよ」
「どう違うんだ?」
ルノがさらりと首を傾げると、シオンはニヤリと邪気のある笑みを浮かべた。若干ルノが引く。
「……だから、処女じゃなくて、男だって構わないんだよ。ある種の守られているという子供のまま、つまり大人の階段さえのぼってなければオーケーってこと」
「……!」
ルノがガチンと固まるのを横目で、トアンはウィルに視線を戻した──彼に一番初めに話をした理由は、守森人だからだ。森にいくならウィルの導きがあったほうが絶対に良い。ウィル自身が始めて訪れる森であっても、植物と対話をできれば道がわかるのだ。
ウィルはトアンの視線の意味に気付いたようで、目を丸くする……が、困ったように笑って、小声で囁いてきた。
「わり、オレ無理だ」
「あ、仕事忙しいとか……? それか足がまだ痛いの?」
「いや……そのさ。はは、オレはお前と違って、もう卒業してるから」
「えええ!? う、裏切りもの──!」
「いててて、ちょっと落ち着けっての!」
「酷いよウィル、本当に何もかも酷いや!」
「ああも、うるさいうるさい、耳元で騒ぐなよぉ~」
ウィルが涙目で訴えてきてもトアンに自重する気なんて毛頭ない。それならばと親友の耳たぶを引っ張って、もう一声叫んでやろうとした瞬間、ゴインと鈍い音とともに後頭部に鋭い手刀が決まった。
「いって!」
「……うるさい」
レインだ。冷ややかな目で蹲るトアンを見下ろし、苦笑するウィルを見る。
「兄さん、だって酷いんだよウィルってば」
「なにが酷いんだよ。つか、裏切りって何。お前の了承を得ないといけなかったわけ」
スリッパを引っ掛けたレインの足が、トアンの肩に乗る。トアンはウィルを睨んでからレインをもう一度見上げると……冷たい目は怒りの炎にもえていることを知った。
「あ、あの……」
「大体恥ずかしいと思わないのかよ? こんな小さい子供もいる家の中で、しかもチェリカだっているんだ。あんなんでも一応女なんだぞ」
「あ……」
(……冷静に考えると、そうだ)
自分の頭の異常な祭り騒ぎが収まってくると、トアンは急に恥ずかしさがこみ上げてきて顔を真っ赤に染めた。自分はなんという不謹慎なことを! ……あんなんというレインの言葉も少しヒドイが、この話題は酷であるはずなのに。
(……知ってたのに)
「だからまだまだガキなんだよ、トアン……チェリカ、悪いな」
たちまち項垂れるトアンを見て、レインはため息交じりにチェリカに詫びた。と、とんとトアンの肩を小さな掌が叩く。
「……チェリカ」
「いいの、トアン。私気にしてないよ。それ以前に、そもそも私は邪神の魂なんだよ? 一般的に言って悪魔そのもの……あ、別に自虐とかじゃないからね。自分のことだもん、もう整理ついてるから」
膝を抱えてチェリカはにっこりと笑いかけてくれた。裏表のない、真っ直ぐな態度で。
……それに比べて自分はこんなにもイヤらしいのだろうか。トアンは泣きそうになって、ますます背中を丸めようとしたとき、チェリカの笑い声のニュアンスが変化する。
「くひひ、会う資格があるの、お兄ちゃんとトアンくらいじゃない?」
「……え? ちょ! ちょっとチェリカ!それどういう意味?」
「聞いたまんま」
トアンの反応にちっとも揺るがず、くふふ、としのび笑いを漏らすチェリカに今度はルノが慌てて反論する。
「な、な、チェリカ、お前どこでそんな言葉を覚えてきた!」
「どこってまあ、保険の勉強で」
「違う違う、そういうことを聞いてるんじゃない!」
「じゃあ何が言いたいの。言っておくけど、私はお兄ちゃんみたいに純情でも、ウブでもないからね」
「は、はしたないぞ!」
「真っ赤になっちゃって……お兄ちゃんたら可愛いんだから」
はぁ……と憂いをこめたため息をついてみせるチェリカに、ルノは顔を茹でダコのように真っ赤にしてきいきいと反撃する。が、悲しいかな、チェリカはルノが足掻けば足掻くほど面白そうなものを見つけた子供の目(この場合、非情によろしくない)をして見るばかり。ルノがああだこうだと喚くのをみて楽しそうにクスクスと笑っている。
「え、えと……そうだ、トトさんはくるよね?」
トアンはチェリカの注意が自分から逸れたことにルノに少しだけ感謝すると、いまだレインの足を肩に乗せたまま首を伸ばしてソファに座っているトトを見た。呼ばれたトトはというと、ぎくりと肩を竦ませてトアンを見る。
「お前、いくの?」
レインがようやくトアンの肩から足を外してトトを見やる。トトは居た堪れなさそうにしていたが、やがて観念したようにすごすごとこちらに近寄ってきた。
「あの……その、すみません。俺も同行したい気持ちは山々なんですけれど……俺がいても、ユニコーンにはあえません」
「な、なる……ほど……」
苦笑まじりにそう告げるトトを見て、トアンは全てを悟った。
トトの肩越しに、本を読んでいたプルートが真っ青になっているのをみても一目瞭然の答えだ。
「俺様、多分大丈夫よ?」
ぽん、とトアンの肩をセイルが優しく叩く。セイルはトアンの手を取って立たせると、にこりと笑った。
「あ、ありがとうセイルさん」
「チェリカの耳、治してあげるの、ね」
にこにこと無邪気に笑うセイルを見て、トアンは無性に涙が出そうだった。森の規模は全くわからないが、仲間は多いほうが心強い。
「ね、パパ」と、シオンが小声で囁いてきた。何事かと耳を身体を屈めれば、シオンはチェリカそっくりな楽しそうな笑顔を浮かべ、キキキと笑いながらプルートを指差す。
「あいつもいけるよ。ばっちりばっちり」
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