第14話 眠る三日月
「……どうして、トトさんはそんなに落ちついてるの?」
出掛けに渡された弁当を広げ、鶏肉のささみをゴマのソースであえ、新鮮なキャベツを挟んだサンドイッチを最初に齧りながら、トアンは尋ねた。時折火をつついているトトが、目を丸くしてトアンを見る。その膝の上ではコガネがゆっくりと寝息を立てているし、ルノは静かに火を見つめていた。
「前にも、通ったがあるの?」
「俺が通ったのは時の扉ですよ。……こういうのって」
ぱちん、トトが焚き火をいじると小さな音が立った。
「誰かが、──例えば一番初めに目覚めた誰かが、虚勢でもなんでもしっかりしてないと。他の人が不安がってしまうでしょう」
「……あ、ご、ごめん」
「いえいえ。ま、俺も虚勢なんですけど」
トトはのんびりと目を細め、カップに注がれた紅茶をゆっくりと飲みながらサンドイッチを食べた。ぴくん、コガネの身体が反応する。トトはパンを小さく千切ると、膝の上の友人にも分けてやった。
「ぴゅい」
「おいしい?」
「ぴゅるるる」
「レインさんの作ったものだよ。おいしいなー……」
トトは中の具も、コガネに差し出す。コガネはそれを齧り、再びトトの膝の上で丸くなってしまった。
「……俺は、その虚勢を張る為にこうやって紅茶とか、温かい飲み物をのんでゆっくりしますけど──」
コガネを見つめたままトトが言う。
「でも、レインさんの淹れたお茶には、どうやっても叶わない。コーヒーも。……トルティーじゃなくて、トトとしてもう一度会えて、やっとコーヒーを飲ませてもらいましたけど、本当においしかった。」
トアンもトトに淹れてもらった紅茶を飲む。温かいそれは喉を滑り落ち、ついでにトアンの言葉を沈めてしまった。
──このお茶だって、おいしいけれど。彼がレインの淹れる飲み物を特別と感じるのは、レインの思いがこもっていたからだろう。
(そういえば──)
ふと、トアンは自分がシアングの話をウィルとレインにしたときに、そっと手に載せられたカップを思い出した。
(多分、トトさんは、小さい頃──何かある度に、嬉しいことでも悲しいことでも何かある度に、兄さんからああやってカップを渡されてたんだ)
「……ここは、どこら辺なのかな?」
「ベルサリオの周りの谷の先──フリッサの傍だといいんですけどね。方角がわからなくて」
「……方角なら分かるさ」
と、今まで黙りこくっていたルノが、口を開いた。
「空を見ろ。月が見える」
ルノの言葉に、トアンとトトは顔をあげた。以前は気付かなかったが、確かに暗い膜の向こうに、はっきりと光る月が見えた。
「不思議ですね。ちっとも滲んでない」
「……そうだな」
ルノが小さな声で、ふっと呟いた。トアンはあえて何も言わなかった。
同じ空の下に居るのだから。また、必ず会うことになるのだろう、と。
無性に切なくなって、ルノの視界の月が、揺れた。
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