最終章 ⑫『大団円』
✚
ドオォォォォン!
銃声が夜空に響いた。
とたんにしじまの時がザッと流れ落ちた。
吉永さんの手がパッとはじかれた。
その手の真ん中に大きな赤い穴があき、血の花びらが広がった。
「キャアアア!」
それは吉永さんの悲鳴。彼女は反射的に手を胸元に引き寄せ、そのままザッと地面に倒れた。
「静香ぁっ!」
藤原君はその瞬間、若君に背を向けたまま、彼女に走り出そうとしていた。その首に若君の降りおろした剣がピタリとふれていた。
「間におうたか……」
若君は刀を振りおろした姿勢でピタリと止まっていた。
「ど、どいて!」
そしてあたしは勢いが止まらず、かといって体にはもう全く力が入らず、若君と藤原君のところに頭から飛び込んでいった。
✚
なんか、かっこわるい終わり方なのが残念だけど、それも仕方なかった。これがあたしの限界だったから。
と、体が倒れ込む前にふたたび体がふわりと宙に浮いた。
「……さつき……」
目の前に若君の顔があった。若君はほほえんでいるように見えた。あたしはその顔にまた見とれてしまう。整った鼻梁も、すっきりとした目も、夜風に揺れる長い髪も、なにもかも完璧だ。
「……まったく、おまえというやつは……」
若君はあたしの体をらくらくと抱きかかえてくれた。すごく安心する。なんか守られてるって感じがする。これはひょっとして……人生初のお姫様抱っこ、かな?
「なんじゃ、妙な顔をして」
若君があたしの顔をのぞき込んでくる。あたしは急に恥ずかしくなって若君の胸に顔を埋める。なんか小さな女の子に戻ったような気分だった。
「あの、終わったんですか?」
「ああ。すべて終わった」
若君からその言葉を聞いてあたしは心底ほっとする。そのまま眠ってしまいたかったけど、まだ見届けなくちゃならないことがあった。
「よく頑張ったな、さつき」
「えへへ。初めて誉められましたね」
「それだけの事をしたからな」
✚
「おまえもよく見るがよい」
若君はあたしを抱っこしたまま、藤原君の方を向いた。
藤原君は地面にうずくまり、身をよじりながら、苦しそうな悲鳴を上げていた。
「がああぁぁぁ!ぐがあぁぁ!」
何かを振り払うようにゆさゆさと激しく体を震わせている。と、その全身から、赤い霧のようなものが立ちのぼり始めた。それはだんだんと濃い血の赤になり、何か生き物のように藤原君の体にとりついている。
「あれが魔術の源じゃ」
藤原君ばかりではなかった。吉永さんの体からも、四天王のみんなからも、そしてこの場に集まっていたみんなの体からも、同じように赤い蒸気が立ちのぼっていた。そのみんなが藤原君と同じように、悲鳴を上げ、苦痛にのたうちまわっていた。
「がああっっ!」
藤原君がさらに悲鳴を上げ、その体からさらに赤い蒸気がブワッと立ち上った。どうも藤原君のは特別らしく、色も濃いし固まりも大きい。それは藤原君を包むようにしばらく全身を覆って渦巻いたが、やがてその霧がスッと蒸発していった。
みんなから立ちのぼっていた赤い霧も体から離れ、夜空にのぼっていき、満月に吸い込まれるようにして消えていった。
✚
それから藤原君はゆっくりと立ち上がった。が、とたんに「痛てて」とわき腹を押さえた。若君の居合い斬りで折られたところだ。最後の傷は回復しきれなかったのだろう。
「痛ってぇなぁぁ」
一つ大きく息を吐き、意を決したように背筋を伸ばした。それからよろめく足取りで、一歩ずつ、足を引きずるようにして吉永さんの元へと歩いていった。
✚
吉永さんもまた長い悲鳴を上げたあと、呆然と地面にしゃがんでいた。長い髪を前に垂らし、血まみれになってしまった左手を呆然と見つめていた。
「静香……」
藤原君は彼女の元につくと、そう呼びかけた。吉永さんはフッと藤原君を見上げた。その目には光が戻っていた。
「藤原君……」
吉永さんが小さな声で呼びかけた。
「おまえ、言葉が……」
吉永さんは小さくうなずいた。
「俺が分かるんだよな?」
吉永さんはもう一度小さくうなずいた。
「おまえ……」
藤原君はそう呼びかけただけでもう言葉にならなかった。
✚
「藤原君……あたし、手が……藤原君も……」
それから藤原君は自分のなくなった右手を見つめた。それからすぐにその手をおろし、代わりに残った左手を彼女に差し出した。
「気にすることないさ。俺たち、またこうして手をつなげる」
吉永さんは不思議そうに藤原君を見つめ、すぐににっこりと笑った。そして自分の右手を藤原君に伸ばした。
二人はがっちりと手を取り合った。藤原君は吉永さんを立ち上がらせると、そのまま彼女を抱きしめた。
「子供には、ここまでじゃな」
若君がくるりと振り返ってしまった。
「あたしと同い年ですよ」
「だがまだまだ子供じゃ。ハッハッハッ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます