最終章 ⑧『崩れる均衡』

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 若君もまた混戦の中で戦っていた。包囲した吸血鬼たちが次々と剣を繰り出し、若君はそれを受け止め、流し、反撃の剣を次々に肩に打ちつけた。


バキッ!

バキバキッ!


 骨の折れる音が際限なく続く。


「若君、これほどの戦いは久しぶりですな」

 鎧武者の一人が若君に背中を預けてささやいていた。なぜかあたしの耳は彼らの言葉を聞き取っていた。そうしながらも繰り出された剣を受け止め、強烈な反撃を繰り出している。


「なにしろ殺すな、じゃ……無茶にもほどがあるわい」

 もう一人の声はかなり年寄りのようだ。それでも体格はものすごくいいし、大きな剣を軽々と振り回している。

「若君の無茶は昔からではありませぬか」

「それもそうじゃな。我らは主君に恵まれたな。この歳で戦場にかりだされるとは」

「二人ともそうぼやくな。あとでたっぷりうまい酒を飲ませてやるから」

 こんな状況にあって、若君の声は少し楽しそうに聞こえる。

「血の間違いではありませぬか?」

「そうじゃったな。年代ものの血もあるぞ」

「それはご勘弁を」


 あたしの地獄耳によれば、三人はなにやらのんきに世間話でもしているようだが、実際の戦いは正反対だ。今も次々と繰り出される剣を受け止め、吸血鬼の腹に刀を打ち込み、力任せに吹き飛ばしてゆく。


 だがとにかく敵は数が多かった。吸血鬼たちはやられてもやられても次々と立ち上がり、恐怖など知らないようにまっすぐ若君めがけて何度も切り込んできた。


 そして突然、


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「やぁぁぁっ!」

 場違いな女性の声が響いた。それはナナちゃんのお母さんだった。やはり戦場には場違いなジーンズにスカーフ姿。そして若君の真正面で銀色の大きな斧を降りあげていた。


「ちっ!」

 若君は短く舌打ちをした。降りあげていた刀を止め、左手一本で彼女の斧を持つ手を止めた。そのまま体ごとグイっと持ち上げると、ナナちゃんのお母さんがバタバタと足をもがき、そうしながらもまだ若君にかみつこうと首を伸ばしてきた。


「ええいっ、面倒な!」

 そういいながら放り投げようとした時だった。不意に。それは血でヌラヌラと光りながらもさらに伸び、若君の腹にまっすぐ突き刺さっていった。


「……この瞬間……待っていた……」

 男の声だった。普通に話している声。それはゲンジ君だった。ゲンジ君の握った刀は、ナナちゃんのお母さんを背後から貫き、そのまま若君を貫いた。


「俺の勝ちだ」

 ゲンジ君がさらにドンッと踏み込む。ナナちゃんのお母さんが若君にぐったりともたれかかり、刀は若君の背中を突き抜けて飛び出した。


「若っ!」

「若君っ!」


 鎧武者の注意が完全にそれた。すると二人の鎧に、次々と剣が突き立てられた。今や均衡は完全に崩れ、数にものを言わせた吸血鬼たちが、雪崩のように容赦なく、三人の姿を呑み込んでいった。


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 あたしたちにも限界が近づいていた。武器を持った吸血鬼が加わり、その数はだんだんと膨れ上がっていた。


 神父さんも限界だった。その大きな拳は震え、擦り傷だらけで血を流していた。息もすっかりあがり今は拳を振りあげるのもつらそうだ。


 兄弟だという鎧武者も剣が折れ、体中に折れた剣やナイフが突き刺さっていた。その傷口から血が幾筋も流れ出し、足元には血だまりが広がっている。


「さっちゃん、まだ見つからない?」

 その血だまりの中でマーちゃんが聞いた。

「だめ。ぜんぜんわかんない」

 あたしとマーちゃんはしゃがみこんで、ずっと藤原君とその背中に隠れているはずの吉永さんを捜していた。でも二人は混戦になった直後から、姿を消していた。


「もう持たないよ……」

 二人ともそれは分かってる。でも吉永さんを見つけないことにはどうにもならないことも分かってる。 


「とにかく見つけなきゃ」

 あたしも答える。

「でもいったいどこに……」


 不意に目の前スレスレに剣が突き出される。さっきからそう。それが当たらないのは鎧武者の人が刀で守ってくれているから。それでもじっとしてる余裕はない。ゆっくり探している余裕もない。


 あたしとマーちゃんは必死になって二人の姿を探す。繰り出される剣におびえながら、目をつぶりたいのを必死にこらえながら、群衆の中にまぎれているはずの藤原君と吉永さんの姿を探す。


 それでも二人の姿はさっきからどこにも見えなかった……

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