最終章 ⑦『戦場』
✚
「刃向かうならば容赦はせぬっ……」
若君は足を止め、まっすぐに刀を構えた。
若君の目の前には、四天王たちの先陣が迫っていた。さらに若君の背後、両脇からも、吸血鬼たちが武器を手に包囲の輪を縮めて一斉に襲いかかってきた。
無理だ……あまりにも戦力が違いすぎる。これだけの数を相手にたった一人でかなうわけがない。いくら『しじまの時』を歩いたとしてもこれじゃ無理だ……
……ズシャ!
と、若君の前に忽然と二人の鎧武者が現れた。闇よりも暗い漆黒の鎧、顔全体が見えない奇妙な形の兜、そして二人とも両脇に大きな刀を下げている。いわゆる二刀流なのだろうか。見たところ若君の敵ではないようだ。
✚
「よいか、誰も殺すでないぞ」
若君が静かに命令を下した。そして自らも刀の刃をくるりと返した。
「御意!」
二人は若君を挟むようにしてその両脇に立ち、二本の刀を素早く抜いた。見るからに強そうな感じ。百戦錬磨の侍という雰囲気。
てか誰?この人たち?
と思っていたら、あたしたちのところにも、いきなり同じような黒い鎧の武者が二人現れた。こっちも顔は全く見えない。ただ近くで見るとその鎧はすごく古そうで、なんとなくボロボロで、まるで亡霊のようだった。
この人たちが神父さんが言っていた、若君のかつての家臣にちがいない。でも、それでも、これだけの吸血鬼の軍団を相手に、加勢はたった四人だけだった。
✚
「狙いは館のみじゃ、道を開けよ!」
若君はそう叫ぶと、刀を振りあげ自ら四天王に向かって走りだした。二人の鎧武者もまた、その両脇を固めるようにして、刀を構えて走り出す。
「血血血、血血血!」
四天王もまた一気に距離を縮め、最後は飛び上がるようにして、まるで刀を持ったミサイルのように若君に襲いかかった。
「参るッッ!」
しかし真っ先に、真正面から若君に飛び込んだのは北岡巡査だった。道場での試合のリベンジか、まっすぐに刀を打ち込んでくる。
ガキッッ!
若君はその一撃を刀で受けた。だが北岡さんはすぐに刀を引っ込め、刀がかすむようなスピードで、あらゆる方向から一撃を繰り出してきた。その手数は尋常ではない。若君はそのすべてを受け止めていたが、今はそれで手いっぱい。反撃に移る余裕はない。
そうしている間に左右の死角からマザキ君とクサナギ君が若君に切りかかった。だが、その一撃は鎧武者が止めた。同時に二人の刀をたたき落とし、くるりと刃を返すと、腹部に真横から剣を打ち込んだ。
まさに一瞬。二人の鎧武者の呼吸はぴったりと合っていた。
✚
「ガッ……」
マザキ君とクサナギ君の体が、群衆をなぎ倒しながら吹っ飛んでいった。だが相手の攻撃はまだ終わらない。鎧武者の足下から、今度はサツコとコハルが剣を突き上げた。鎧武者はその攻撃をわずかな動きで完全にかわした。そしてそれぞれ女の子たちの手首をつかむと、まるで荷物のようにあっさりと夜空に放り投げた。二人もまた群衆を押し倒しながら、地面にドサリと落ちた。
そして若君もまた反撃に出ていた。剣を打ち込む北岡さんの一撃を横に受け流し、なめらかな軌道で必殺の一撃を肩に打ちつけた。
ボキッボキッ
何本も骨が折れた音がした。そして北岡さんが口から血の泡を吹き、がっくりと膝から崩れ落ちる。
✚
「血血血!」
続けざまにその背後から、北岡さんを踏み越えてアラガワ君が体当たりをかけてきた。どうやら武器は苦手らしく、持っていた刀も放り出し、まるで相撲でもするように、巨体を踊らせ、まともに若君にぶつかってきた。
「くっ!」
若君は一瞬刀を突き刺すように構えたが、あわててそれを引いた。
それからすっと腰を落とすと、アラガワ君の当たりをまともに受け止め……たと思ったら、アラガワ君は次の瞬間きれいにひっくり返っていた。
なにをどうやったのか、一瞬で仰向けに横たわり、さらに若君にお腹を踏みつけられて気絶した。
✚
強い、強い、強いっ!
今夜の若君は完全復活しているのか、ものすごく強かった。
✚
だが若君のことばかり見ている余裕はこっちにもなかった。あたしたちはすっかり囲まれていた。相手は病院から出てきた吸血鬼たち。武器は持ってなくても、普通の人間が太刀打ちできる相手ではない。
「血血血!血血血!」
彼らは腕を伸ばし、一斉に襲いかかってきた。みるみる包囲の輪が縮まり、上空にしか逃げ場はなかった。もちろん飛ぶ事なんてできやしない。
その時だった。あたしとマーちゃんの前にヌッと大きな壁のように神父さんが立ちふさがった。さらに鎧武者が二人、あたしたちの背後にスッと身を寄せた。
でも、それでも、圧倒的に人数が足りない。まるで流れ込んでくる海の水をせき止めるようなものだ。普通の人間ではやっぱり無理だ……と思っていたら、
バキッ!
神父さんがいきなり目の前の吸血鬼を殴りつけた。
ドカカカカッ!
その吸血鬼は仲間を盛大に巻き込み、なぎ倒しながら吹き飛んでいった。
✚
「これもまた神の試練デス……」
神父さんは自分の拳を見つめた。ゴツゴツとした巨大な拳、それを繰り出す丸太のような異常に太い腕。
「今度こそ、守りとおしマスッ……今度こそッ!」
神父さんは静かにそういった後、急にオオオと雄叫びをあげた。それは戦いの雄叫び、神様に名乗りを上げるような声だった。
「サツキ殿、しばらくとどまっておられよ」
「我ら兄弟、殿の命により、命に代えてあなたをお守りいたす」
鎧武者の人たちがそういった。兄弟だったのか……顔もなにも見えないからぜんぜんわからなかった……などと考えていたら、
✚
バキッバキッ!
メキッ、メキメキ!
いきなりものすごい音が聞こえてきた。振り返ると鎧武者の人たちが刀を振り抜いたところだった。その一撃を食らった吸血鬼は、上空に打ち上げられていた。そして仲間のところへ落下していった。
まさに一瞬の出来事。そしてなんともいえない沈黙が流れた後、吸血鬼たちが再び叫びだした。
「血血血!血血血!」
「オォォォォ!」
「エヤァァッ!」
神父も鎧武者も叫び、それから雪崩のように吸血鬼たちがあたしたちのところに殺到した。神父が片っ端からなぐりつけ、仲間を巻き込んで吸血鬼が吹っ飛び、鎧武者は打ち上げ花火のように次々と吸血鬼を上空に打ち上げた。
それにしても……
戦場とはすごくうるさかった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます