最終章 ④『守護者』

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 吸血鬼がさえずる奇妙な舌打ち……そして吉永さんの雰囲気ががらりと変わった。まるで猫から虎に変わるみたいに、藤原君の手からパッと離れ、四つん這いになって頭を低く落とし、あたしとマーちゃんを睨みつけた。


……チチチ……チチチ……


 あたしたちは思わずあとずさる。ベッドの上の吉永さんはまるで獣だった。獣だけが発する殺意みたいなものがまともに吹き付ける。


「やめて、吉永さん……」

 あたしは彼女の名を呼んだ。

「……おねがいだから、やめて、ねぇ、吉永さん、聞こえてるんでしょ?」


 吉永さんがベッドからスルリと降りてくる。床に降り、腰をかがめ、そのままジリジリと近づいてくる。


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「おい!こっちだよ」

 藤原君が短く言った。その声に吉永さんが藤原君を振り返る。

「飲むならこっちを飲めよ。同性の血はまずいんだぜ」


 藤原君は彼女に右手を差しだすと、左手でナイフを抜き出し、スッパリと脈のあたりを切った。白い腕にみるみる血が盛り上がり、あふれ出す。吉永さんはパッとベッドの上に戻ると、藤原君の手に顔を埋めるようにして血を飲みだした。


「……これも『』の役目だからな……」

「守護者?」

 それは初めて聞く言葉だ。つい反射的に聞き返す。


「ん?おまえでも知らないことがあるんだな。伝説によればだな、守護者ってのは、のことなんだ。

 守護者はちょっと特別でな、太陽の光も致命傷にはならないし、人としての意識も保っていられる、それから吸血鬼並の身体能力と、おそらく再生能力、不死の能力もあるらしい。全てヤカタを守るための能力なのさ」


 そうか……だから藤原君は昼間も出歩けたんだ。でも、まてよ?ということは、若君にも守護者がいるってことなのかな?不死だとすれば、今も生きているってことなのかな?どうして若君はそのことを話してくれなかったんだろ?


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「俺はこいつの守護者。だから俺はこいつを守る。もちろん契約の印も消させない。この町の連中全てを吸血鬼に変えて、俺は俺の王国を作る」


 藤原君は吉永さんから手を引き抜いた。手は血だらけだった。それを自分の舌でなめとると、傷口までがきれいに直っていた。

「無駄話はもういいだろ?今度は俺にも血が必要だ。補充しないとなんねぇからな」

 藤原君が立ち上がる。いつのまにかその背後にぽっかりと満月が浮かんでいた。ついに夜が始まったのだ。


「あきらめろな。もうなにをしても無駄だ」


 終わり?……あきらめる?……藤原君が近づいてくる……牙をむきだして……その手をあたしの肩に伸ばしてくる……本当にこれで終わり?……あたしは失敗したの?……結局なにもできなかったの?……なにもできないまま、血を吸われて死んでしまうの?


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『――まったく呆れた家臣じゃ――』


 若君の言葉が不意に脳裏によみがえる。そうだ。まだ若君がいる。生きてさえいれば、まだ何とか出来るかもしれない。若君なら何とかしてくれるかもしれない。思いっきり他力本願だけど……まだ希望はある。


 


 あたしはパッと銃を向けた。藤原君ではなく吉永さんに。もちろん撃つつもりはない。ただ藤原君が隙を見せると思ったのだ。


「ごめん!吉永さん!」

「てめぇっ!」


 思ったとおり藤原君は吉永さんをかばって彼女の前に移動した。でもそれを見届けるまでもなく、あたしはクルリと振り返り、マーちゃんの手をつかみ、病室を出て廊下に飛び出した。

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