最終章 ③『さつきの説得』
✚
ドン!
火薬がはじけ、轟音が部屋の中に満ちた。
つい驚いて、一瞬目を閉じてしまう。
でもそれも一瞬。すぐに目を開くと、拳銃の下から吉永さんの手が消えていることに気がついた。銃弾はベッドに穴を開けただけだった。シーツに小さな丸い円が開き、その縁が真っ黒に焦げている。
どうして?
顔を上げる。一瞬で吉永さんは枕の上に、壁にもたれてぐったりと座っていた。そしてジッとあたしの顔を見ていた。
✚
間に合わなかった?
太陽は沈んだの?
窓を見る。
そこに藤原君がいた。どこから入り込んだのか、窓枠のところに腰掛けている。逆立てた金色の髪、つり上がった眉と目、微笑をたたえた薄い唇。藤原君は穏やかに、ただそこにいた。
「……間一髪ってやつだな……」
藤原君が吉永さんの手をがっしりとつかみ、手元に引き寄せていた。どうやらギリギリのところで吉永さんの体を引っ張ったらしい。
「……だがとにかく間に合った」
藤原君の背後で、最後の太陽のカケラが山の向こうに隠れていった。
✚
「それにしても、よくここが分かったな……」
藤原君は窓枠から降り、吉永さんのそばに立った。吉永さんは藤原君を見上げてうれしそうな笑顔を浮かべ、ベッドの上を移動して藤原君にしっかりとつかまった。
しかし吉永さんの様子は少し変だった。うまく動けないようだし、なにかしゃべろうしても、うまく言葉がでてこないようだった。そして藤原君のことを父親か何かみたいに慕っている感じがした。
「……てか、おまえたちなら分かるのか?」
藤原君はベッドに横向きに腰掛け、そっと吉永さんの肩を抱いた。それから大事そうに、その肩をそっと優しく引き寄せた。その腕の中で吉永さんは猫のように丸くなった。
「お願い、藤原君……吉永さんのシルシを消させて。そうすれば、全部元通りになる。まだやり直すことが出来るの」
あたしは藤原君に言った。
「おまえってバカか?元通りになんてならねぇよ。やり直すこともできね。てか、最初からそんなつもりねぇし」
「でも、このままじゃ、町が大変なことになるんだよ」
「それこそが俺の望みだよ……」
藤原君は吉永さんの手を取った。そして手の平の赤い印を指先でなでた。
「……これはぜんぶ俺の意志なのさ」
✚
「どういうこと?どうして?なんでこんなことするのよ?」
あたしは思わず聞き返す。今は話なんかしてる場合じゃない、それは分かってるんだけど、理由が分かれば説得できるかもしれない。たぶん、あたしはまだ藤原君を信じていたから。まだ信じていたかったから。
そして藤原君の雰囲気がちょっとだけ戻った。藤原君の中にはまだ、元の藤原君が残っていた。ぶっきらぼうだけど優しい藤原君が。
「最初はさ……とにかく単純だったんだ。俺はなんとしてでもコイツを助けたかった。それだけだったんだ……誰も知らないことだけどな、事故が起きたあん時、こいつさ、俺を助けてくれたんだよ。鉄骨が落ちてきてな、こいつ、俺を突き飛ばした代わりに下敷きになっちまったんだ」
たしか、学校の噂ではいろいろとひどいこと言われてた。藤原君が置き去りにしたとか、仕組んだとか、突き飛ばしたとか。
「あれからこいつの意識はずっと戻らなかった。俺のせいだってのに、俺はなにもできなかった。でも俺は、俺になにができるかずっと考えてた。それで小早川から聞いた話を思い出したのさ。この町に伝わる不死の侍の伝説をな。
もちろん最初は信じちゃいなかった。でもよ、俺にはとにかくなんかが必要だったんだ。なにか動く理由みたいなもんが。それで内羽、おまえん家の蔵に忍び込んだ。
そしたら、まぁびっくりしたぜ。マジで、ガチで、サムライのカッコした奴が棺桶ん中に眠ってんだから」
✚
と、マーちゃんがすかさず言った。
「やっぱりそうだったのね!それからデジカメかなんかで若君さんの模様を写して、病院で盗んだ血液かなんかでその模様を書いて、彼女の左手をメスかなんかで刺して、彼女を吸血鬼にした!」
あんたの悪事は全てお見通しよ!って感じで。
「ま、そんなとこだな。ま、デジカメってとこだけが違う。俺にはそんなもん必要ないんだ。瞬間記憶ってあんだろ?俺はさ、一度見たものは忘れないんだ。写真を撮るみたいに記憶できんのさ」
藤原君は手首から先が無くなった右手で、自分のこめかみをトントンと叩いた。
「でもな、儀式を手順通りにやったけど、こいつは元に戻らなかった。いきなり俺にかみついてな、俺も吸血鬼になっちまった。でもまぁ、それはそれでいいかと思った。こいつ、こうして動いてるし、俺のそばにいてくれて、俺を見れば嬉しそうにしてくれる。それで充分じゃねぇかって」
「だからって、町の人全員を巻き込むことはなかったでしょ?あなたの友達だってそうでしょ?」
あたしがそう言うと、藤原君はニッと元の凄絶な笑みを浮かべた。
「それはまぁ仕方なかった。成り行きだな。俺だって死にたくねえからな。町の奴を殺すか、町の奴に殺されるか、こうなった時点でもう選択肢はなかったのさ。とことんやるか、あきらめるか。ま、どっちみち、俺はこの町も、この町に住む人間も大嫌いだったから、選ぶまでもなかったよ」
ダメだ……説得できない……藤原君の目を見れば分かる。
絶望的にそれが分かる。
……チチチ……チチチ……
その時、吉永さんの口から妙なつぶやき声が漏れてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます