最終章 ③『さつきの説得』

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ドン!


 火薬がはじけ、轟音が部屋の中に満ちた。


 つい驚いて、一瞬目を閉じてしまう。

 でもそれも一瞬。すぐに目を開くと、拳銃の下から吉永さんの手が消えていることに気がついた。銃弾はベッドに穴を開けただけだった。シーツに小さな丸い円が開き、その縁が真っ黒に焦げている。


 どうして?


 顔を上げる。一瞬で吉永さんは枕の上に、壁にもたれてぐったりと座っていた。そしてジッとあたしの顔を見ていた。


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 間に合わなかった?

 太陽は沈んだの?


 窓を見る。

 。どこから入り込んだのか、窓枠のところに腰掛けている。逆立てた金色の髪、つり上がった眉と目、微笑をたたえた薄い唇。藤原君は穏やかに、ただそこにいた。


「……間一髪ってやつだな……」

 藤原君が吉永さんの手をがっしりとつかみ、手元に引き寄せていた。どうやらギリギリのところで吉永さんの体を引っ張ったらしい。

「……だがとにかく間に合った」


 藤原君の背後で、最後の太陽のカケラが山の向こうに隠れていった。


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「それにしても、よくここが分かったな……」


 藤原君は窓枠から降り、吉永さんのそばに立った。吉永さんは藤原君を見上げてうれしそうな笑顔を浮かべ、ベッドの上を移動して藤原君にしっかりとつかまった。


 しかし吉永さんの様子は少し変だった。うまく動けないようだし、なにかしゃべろうしても、うまく言葉がでてこないようだった。そして藤原君のことを父親か何かみたいに慕っている感じがした。


「……てか、おまえたちなら分かるのか?」

 藤原君はベッドに横向きに腰掛け、そっと吉永さんの肩を抱いた。それから大事そうに、その肩をそっと優しく引き寄せた。その腕の中で吉永さんは猫のように丸くなった。


「お願い、藤原君……吉永さんのシルシを消させて。そうすれば、全部元通りになる。まだやり直すことが出来るの」

 あたしは藤原君に言った。


「おまえってバカか?元通りになんてならねぇよ。やり直すこともできね。てか、最初からそんなつもりねぇし」

「でも、このままじゃ、町が大変なことになるんだよ」

「それこそが俺の望みだよ……」


 藤原君は吉永さんの手を取った。そして手の平の赤い印を指先でなでた。


「……


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「どういうこと?どうして?なんでこんなことするのよ?」


 あたしは思わず聞き返す。今は話なんかしてる場合じゃない、それは分かってるんだけど、理由が分かれば説得できるかもしれない。たぶん、あたしはまだ藤原君を信じていたから。まだ信じていたかったから。

 そして藤原君の雰囲気がちょっとだけ戻った。藤原君の中にはまだ、元の藤原君が残っていた。ぶっきらぼうだけど優しい藤原君が。


「最初はさ……とにかく単純だったんだ。俺はなんとしてでもコイツを助けたかった。それだけだったんだ……誰も知らないことだけどな、事故が起きたあん時、こいつさ、俺を助けてくれたんだよ。鉄骨が落ちてきてな、こいつ、俺を突き飛ばした代わりに下敷きになっちまったんだ」


 たしか、学校の噂ではいろいろとひどいこと言われてた。藤原君が置き去りにしたとか、仕組んだとか、突き飛ばしたとか。


「あれからこいつの意識はずっと戻らなかった。俺のせいだってのに、俺はなにもできなかった。でも俺は、俺になにができるかずっと考えてた。それで小早川から聞いた話を思い出したのさ。この町に伝わる不死の侍の伝説をな。

 もちろん最初は信じちゃいなかった。でもよ、俺にはとにかくなんかが必要だったんだ。なにか動く理由みたいなもんが。それで内羽、おまえん家の蔵に忍び込んだ。

 そしたら、まぁびっくりしたぜ。マジで、ガチで、サムライのカッコした奴が棺桶ん中に眠ってんだから」


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 と、マーちゃんがすかさず言った。

「やっぱりそうだったのね!それからデジカメかなんかで若君さんの模様を写して、病院で盗んだ血液かなんかでその模様を書いて、彼女の左手をメスかなんかで刺して、彼女を吸血鬼にした!」

 あんたの悪事は全てお見通しよ!って感じで。


「ま、そんなとこだな。ま、デジカメってとこだけが違う。俺にはそんなもん必要ないんだ。瞬間記憶ってあんだろ?俺はさ、一度見たものは忘れないんだ。写真を撮るみたいに記憶できんのさ」

 藤原君は手首から先が無くなった右手で、自分のこめかみをトントンと叩いた。


「でもな、儀式を手順通りにやったけど、こいつは元に戻らなかった。いきなり俺にかみついてな、俺も吸血鬼になっちまった。でもまぁ、それはそれでいいかと思った。こいつ、こうして動いてるし、俺のそばにいてくれて、俺を見れば嬉しそうにしてくれる。それで充分じゃねぇかって」

「だからって、町の人全員を巻き込むことはなかったでしょ?あなたの友達だってそうでしょ?」

 あたしがそう言うと、藤原君はニッと元の凄絶な笑みを浮かべた。


「それはまぁ仕方なかった。成り行きだな。俺だって死にたくねえからな。町の奴を殺すか、町の奴に殺されるか、こうなった時点でもう選択肢はなかったのさ。とことんやるか、あきらめるか。ま、どっちみち、俺はこの町も、この町に住む人間も大嫌いだったから、選ぶまでもなかったよ」


 ダメだ……説得できない……藤原君の目を見れば分かる。

 絶望的にそれが分かる。


……チチチ……チチチ……


 その時、吉永さんの口から妙なつぶやき声が漏れてきた。

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