最終章 ⑤『ここが最終地』
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「マーちゃん、急いで!」
二人で廊下を走り出す。と、個室の扉が次々にバタバタと開き、吸血鬼と化した病人たちが飛び出してきた。
……チチチ……チチチ……
吸血鬼たちは白いパジャマを血に染め、不気味な声を上げ、両手を伸ばして近づいてくる。あたしたちはその手をよけ、肩で体当たりしながら、とにかく前へ前へとすすむ。
「さっちゃん、危ない!」
マーちゃんの声で、死角から伸びてきた腕を間一髪でよける。しかし吸血鬼たちは次々と現れて、廊下にあふれ出す。ほとんどは老人で動きも鈍いんだけど、とにかく数が多い。スエットスーツをつかまれ、それをむりやり引っ張り返し、なんとか階段までたどり着く。
「とにかく外へいこう!」
転びそうになりながら、今度は階段を下りてゆく。たまに上がってくる吸血鬼と鉢合わせになったけど、体当たりして突き飛ばし、どんどん血路を開いてゆく。文字通りの血路、老人と病人が突き飛ばされ、ぶつかり、あちこちで血を流している。
ダダダっと階段を一気に一階まで降りる。それから元来た道へ、職員用の通用口目指して走る。が……
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「この病院からはでられませんよ」
廊下の向こうから声が響いた。
廊下いっぱいをふさぐようにして、吸血鬼たちがいた。大半が白衣を着ている。元は職員だった人たちだ。そしてその先頭に声の主、吉永さんのお兄さんがいた。
「あなたたちには感謝しています――」
こっちはだめだ!あたしとマーちゃんはすぐに振り返って逆方向に走り出す。
「――悪いようにはしません――」
吉永さんの声だけが追いかけてくる。とにかく廊下を走る。
「――最初はとまどうかもしれません――」
ちらりと振り返る。吉永さんたちの一団が、廊下いっぱいをふさぐようにゆっくりと歩いてきている。だんだんと出口がせばまっていく感じ。とにかく走る。でも一階の廊下は長いだけで、出口が見あたらない。
「――でもねぇ、こうなってみれば、そんなに悪いものでもないですよ――」
そしてあたしたちは正面玄関にたどり着く。たどり着くというよりは、追いつめられる。重くて開かないガラス扉。それは夜を写して真っ黒に染まっている。
「もう逃げられませんよ――」
吉永さんたちが玄関ホールをふさぐようにしてずらりと並んだ。
だめだ……完全に追い詰められた……
その時だった……
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「少し離れてクダサーイ!」
ガラス扉の向こうに巨大な人影が写った。やたらと背が高く、ゴツゴツとした体つき。そしてあの変な話し方。
「パパ!」
マーちゃんのお父さん、メッシュ・メイ神父の登場だった!
「危ないデスよ!」
ガラスの向こうで神父が拳を降りあげ、渾身の力でコブシを叩き込んだ。その一撃でガラス全面に細かなヒビが広がり、真っ白になった。でもガラスは割れない。
「もう一度デス!」
次の瞬間、轟音とともにガラスが粉々に砕け散って割れた。細かな破片が洪水のようにあたしたちみんなに降り注ぐ。
冷たい夜風が吹き寄せた。玄関に立ちふさがるように神父さんがいた。一応神父さんの服は着ているが、ボタンを全部開いてかなりワイルドな感じ。このときばかりは、かっこいいヒーローに見えた。
「間に合ってよかったデス。とにかく逃げマスよ!」
神父はそういうが早いか、あたしとマーちゃんの体をむんずとつかみ、両脇に抱えた。そしてクルリと振り返って走り始めた。そして走りながら、息を切らせながら、言った。
「あの日から体を鍛え続けたのは……二人を守るためだったかもしれませんネ。昔のワタシならあの扉を割ることもできなかった。こうして二人を抱えて、走ることも」
あたしたちは神父さんの腕の中、ものすごく揺られながら、その言葉を聞いた。
神父さんはそのまま、出口に向かって走っていった。
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「オー!オォー、ノゥ!」
しかし出口は完全にふさがれていた。
町中から集まってきたのだろう、とにかく数え切れないくらいの吸血鬼たちが集まっていた。群衆はさらに膨れ上がり、緩やかな洪水のように病院の敷地にあふれてくる。
……チチチ……チチチ……
あの不気味な舌打ちが幾重にも重なり、夜風とともに空間を満たしていった。
……チチチ……チチチ……
「ムムム……どうやら……」
神父さんはあたしたちを地面におろした。
「これはヒジョーにピンチですね……」
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わざわざ言わなくても見れば分かるんだけど、あたしたちは神妙にうなずいた。そのまま後ろ向きに駐車場まで後退する。夜の駐車場には車もなく、ただ真っ黒いアスファルトが夜の海のように広がっている。
吸血鬼たちは次々と駐車場の中にまであふれてきた。さらに背後、病院の正面玄関からも、白衣とパジャマ姿の吸血鬼たちが続々と現れた。圧倒的な数の吸血鬼がゆっくりと周囲を取り巻いてゆく。
……チチチ……チチチ……
その包囲の輪がどんどんと小さくなってゆく。まるで満潮に沈む島みたいに、あたしたちは人の波に取り残されてゆく。
「神父さん……若君は?」
あたしは神父さんに聞く。
「……若君は一緒じゃないんですか?」
「彼ならカシンにカセーを頼むと言って、古い墓地へ向かいマシたよ」
「え?」
なんのこと?さっぱりわからない。
「ワタシにもサッパリ分かりまセンが、とにかくそういうことデス」
「それで……いつくるんですか?」
「サテ、それもさっぱり分かりまセン」
神父さんは外人らしく手を横に広げ、首を横に振った。とはいえ、もう待てなかった。駐車場には吸血鬼があふれ、あたしたちは完全に囲まれてしまった。
ここが最終地だった。
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