最終章 あたしの戦いとその決着
最終章 ①『夕暮れ』
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病院に着いたときには、すっかり夕暮れになっていた。病院のビルの真っ白い外壁が、今はあざやかなオレンジ色に染まっている。でもとにかく間に合った。まだ夜にはなっていない。吸血鬼たちが目覚める夜には……
「ふぅ……やっと着いたね……」
あたしたちは結構疲れていた。学校からずっと走ってきたのだ。息がすっかり上がってしまって、肺が焼けるように熱い。てか、すごくイタい。
「けっこう……距離……あったよね」
マーちゃんもひどく疲れている。汗びっしょりで、今にも倒れそうなくらい。
あたしはちらりと背後の太陽を振り返る。太陽は最後の輝きを残して、町を囲む山の陰に隠れようとしていた。あらゆる物の影が細長く延び、町全体を包みこもうとしていた。
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「マーちゃん、だいじょぶ?」
それでもあたしの方は少し休んだだけで、すっかり元通りになった。
「……うん……時間……ないしね……」
マーちゃんはかなりつらそう。それでもぐっと背筋を伸ばして、最後に大きく息を吸い込んだ。
「……よし。だいじょぶ。行こう、さっちゃん!」
それから二人並んで正面玄関に歩いてゆく。が、いきなり難題にぶつかった。ガラス扉の自動ドアが開かないのだ。玄関スペース全体が電気もついてなくて真っ暗になっている。
ガラスの向こうをのぞき込んでみたけれど、誰の姿も見えなかった。患者さんの姿も、職員の人の姿も。
「ここも襲われたのかな?」
マーちゃんが囁く。でも二人とも答えは分かってる。襲われたのだ。たぶんみんなが吸血鬼になっているだろう。動きの不自由な人が多かったはずだから、逃げることもできずに次々と襲われたに違いない。そして今頃はみんな建物のあちこちで眠っているはずだ。
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何度か二人でガラス扉を引っ張ってみたが、ビクともしなかった。
「裏に回ろう。職員用の出入り口があるの」
あたしたちは正面入り口をあきらめ、ビルの裏に回った。検査の日におじいちゃんたちと入った職員用の出入り口だ。あの日、吉永さんに案内されたことを思い出す。
お兄さんはどうしたかな?うまく逃げだせていればいいと思うけど……だけど、妹さんが吸血鬼であることをすでに知ってた可能性もある……最初から仲間だった可能性だって……それからあたしは頭を振ってコマゴマした考えを振り払う。今はあれこれ考えている場合じゃない。
「開いてるといいんだけど……」
マーちゃんが先に扉を試してみた。どうせ閉まってるんだろうな、とは思っていたが、意外にも鍵はかかっていなかった。扉はきしみもせず、招くように、スルリと開いた。
「なんか開いてるみたい……」とマーちゃん。
「新兵衛が逃げてきたからかな?」
「きっとそうだよ!新ちゃんのお手柄だね」
「あいつもたまには役に立つのね」
「あー、姉ちゃん、冷てぇなぁ」
マーちゃんがちょっと新兵衛の口まねで言ったので、こんな時だというのに二人で吹き出してしまった。
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それからあたしたちはそっと建物の中に入り込む。やっぱり薄暗い。でも電気をつける気にはなれない。薄暗いままの廊下を、あたりに気を配りながら、そろそろと奥へと移動する。左側にはずらりと扉が並んでいる。
「やっぱ怖いね」とマーちゃん。
「かなりね。太陽が出てる間は大丈夫のはずなんだけど……」
「でもねぇ……なんかゾンビ映画でよくこういうシーンあるよね」
「いきなり扉が開いたりすんだよね」
マーちゃんはすごくイヤそうな顔をした。たしかにこの状況ではシャレにならない話だった……充分ありうるだけに。
「やっぱやめよ、こーいう話」
「うん。やめとこ」
廊下をさらに進み、白い金属の扉に突き当たった。とりあえずここまではオーケーだ。この扉から先が病院エリア。
この先にいったい何が待ちかまえているのか……
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ガチャリ……
白い扉を開ける。
そこは病院の中央廊下の突き当たり。シーンとした静寂が満ちている。ガランとした白い廊下がずっと続いている。見たところ異常はない。学校みたいに血まみれの惨状が広がってるわけでもない。ただ決定的に人がいないだけ。まったくの無人というだけだ。でもそれが一番不気味な感じがする。
「不気味だね……」とマーちゃん。
「……吉永さんの病室ってどこなの?」
「四階の一番端の部屋」
「四階かぁ……やっぱりエレベーター使うわけにいかないよねぇ?」
「だよね。閉じこめられたらアウトだし」
「だよねぇ、また歩きか……」
マーちゃんはため息混じりにつぶやいた。マーちゃんは疲れきっている。できればあたしもここでひと休みたい。でもあたしたちにはとにかく時間がない。こうして話している間にも、窓からの光がさらに暗くなっていく。夜がひっそりと迫ってくる。
「じゃっ、がんばりますか?」
「そうしますか?」
二人で階段を上がってゆく。手すりにつかまり、体を引き上げるようにして階段を上がってゆく。二階……三階……そして四階へ。
最上階までたどり着いたところで、二人で深呼吸する。
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四階もまた静かだった。廊下の右側には四人部屋の病室が並び、左側には個室の病室が並んでいる。どこも無人。物音もまったく聞こえない。
だがここにくると、あちこちに異常が見えた。四人部屋側の廊下に車いすや、点滴をぶら下げる器具なんかが倒れていた。さらに入り口付近から廊下に向かって血の跡も見えた。なにか血まみれの物を引きずったような、筆書きのような血の跡が見えた。きっと扉の向こうではさらにひどい光景が広がっているに違いない。
あたしたちはその光景に再び立ちすくむ。恐怖が血管に流れ込んできて、体がわなわなと震えて止まらなかった。自然と二人で手を伸ばし、手をつないだ。
それで少し恐怖がやわらいだ。
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