十二章 ⑪『ヤカタの正体』
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今度の今度こそ、全てがはっきりとした。
マーちゃんに話してないことがあった。検査に行ったときのことで、今回の件とは関係ないと思って話してないこと。
それは藤原君のガールフレンド、吉永静香さんのことだった。意識不明のまま、ずっと入院している女の子。
考えれば、ヒントはあったのだ。
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吉永さんの足が汚れていた。そう話していたのをあたしは病院で聞いていた。
それから病院でなくなっていた輸血用の血液のこと。あれは藤原君が模様を書くために使ったのだ。
藤原君は自分のために永遠の命を欲していたのではない。彼は吉永さんのために永遠の命を求めたのだ。
昨日の夜、ただ一人仲間に入っていなかったルーシーの人形。違和感の正体はそれだったのだ。無意識に除外した女の子。
それから『藤原はそんなやつじゃない』という小早川先生の言葉。
藤原君を助けるために、若君に戦いを挑み、夜空に消えていったヤカタの姿。
「……吉永静香さんだ……」
あたしはつぶやいた。これまでの全てのシーン、全ての言葉が彼女一人につながってゆく。
間違いない。彼女だ……
「……彼女がヤカタだったんだ……」
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「だれ?」
マーちゃんも新兵衛も不思議そうな顔をしている。
「藤原君のガールフレンド。ほら、ここの体育館の建て替えの時に事故にあった子」
「知ってる。たしかずっと入院してるんでしょ?意識が戻らないままだって」
「そう。その子ね、吉永静香さんっていうの。うちの病院に入院してて、あたし検査に行ったときに会ったのよ」
「あれ?姉ちゃんどっか悪いの?」
新兵衛が不思議そうに聞いてきた。そう言えば……新兵衛はどこまで知ってるんだろ?若君のことを二人で話したことがなかった。
「なんだよ?ねえちゃん」
新兵衛を見つめると、不審そうな目でそう聞いてきた。
「新兵衛さ、若君のことなんだけど、何か聞いてる?」
「若さんのこと?別に」
「別に、って?」
「うーん、なんか侍なんでしょ。そんで家の偉い人なんでしょ?」
そっか。吸血鬼のことは知らないらしい。てか誰もしゃべってないんだ。うーん。あたしから話すこともないと思うけど……。
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「なんてね」
新兵衛はそういって生意気に肩をすくめた。おまえは外人か!という自然さで。
「俺、だいたい分かってるんだ。吸血鬼が暴れてんだろ?それには若さんや姉ちゃんたちも関わってる。そうでしょ?剣道部のみんなも急にいなくなっちゃったしさ」
こいつはやっぱりバカじゃなかったのだ。
「全部終わったら、話してあげる。でも、今はひとつお願いしたいことがあるの」
「うん。なんでも言ってよ」
「これから教会まで行ってくれる?そこに若君がいるから、ヤカタは父さんの病院にいる女の子だって伝えてほしいの」
新兵衛は神妙にうなずいた。
「昼間は大丈夫だと思うけど、それでも気をつけてね。それから、母さんたちが心配してるから、家にも連絡をするんだよ」
「わかった。それだけ?」
「あと一つ、日が暮れたら教会の中に閉じこもって、外に一歩も出ないこと」
「オッケー。じゃ、ひとっ走り行ってくるよ。姉ちゃんたちも気をつけろよ」
「わかってる。あんたも気をつけて」
新兵衛はクルッとふりかえると、そのまま走りだした。芝生を駆け、ブロックづくりの囲いを飛び越え、広い校庭の真ん中をまっすぐに走ってゆく。
「気をつけてねぇぇぇぇ!」
「わかったぁぁぁぁ!」
あたしたちはその姿が見えなくなるまで、小さな背中を見送った。
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「さて、あたしたちも行こうか?」
マーちゃんが言った。
「うん。いよいよだね」
「さっちゃんは、その吉永さんがヤカタだと思うのね?」
「うん。間違いないよ。今度は絶対」
「わかった。いよいよ決戦だね」
それからあたしたちも立ち上がって歩きだした。芝生を抜け、校庭の真ん中をまっすぐに横切って歩いてゆく。
いつのまにか太陽の光線は柔らかく変化していた。太陽の位置もかなり低くなってきた。少し冷たい風が吹いて、スエットスーツをバタバタとなびかせた。
夕暮れが近づこうとしていた。
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