十二章 ⑩『新兵衛冒険譚』

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「ふぅぅ。やっと落ち着いたぁ」

 結局、新兵衛は残っていたオニギリ六つを一気に食べてしまった。それからペットボトルのお茶一本を一気に飲み干した。

「ぷはぁぁぁ。生き返ったぁぁ」

 なんか親父くさい子供だな。


「それで、さらわれてどうしたの?その時のことを話しなさいよ」

 あたしはちょっとあせっていた。新兵衛は一つうなづくと、内緒話でもするように体を乗り出した。


「まずさ、菜々子の奴から電話で呼ばれたんだよ。今度の試合のことで決着をつけようってさ。北岡師範もいるからっていうからさ、竹刀と防具を持って家を出たんだ……でもさ、道場に行く途中で、女の先輩三人組が待ってたんだよ。知ってるだろ?姉ちゃんのクラスの女のひとたち」


 あたしはうなずく。サツコとコハル、ミナミの三人のことだろう。


「あいつらさ、いきなり俺に袋かぶせてさ、そんで俺、そのままどっかに運ばれちゃったんだよね。もう狭くってさ、揺れるし、気分は悪ぃし、着いたときにはぐったりしてたんだよね。で、袋からは出されたんだけど、そこがとにかく真っ暗な部屋でさ。で、ずっとほっとかれたの。そんで、ずいぶんたってから、金髪のヤンキーが現れてさ、


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 新兵衛はじつにあっさりとそう言った。

 衝撃を受けたのはむしろあたしたちの方だった。やっぱり血を吸われたのだ。相手はたぶん藤原君だ。この町で金髪のヤンキーといえば彼ぐらいだから。


「それで……あんた大丈夫だったの?」

「まぁね。そりゃびっくりしたさ。首かまれるなんてさ、普通びっくりするでしょ?」

「ま、まぁね」


「でもさ、そいつ、急にゲエゲエと首を押さえてさ、なんか吐いたの。なんかまずいもん食べたみたいにさ。それでそのまま、鍵も閉めないでどっか行っちゃたの」


 それであたしも若君の言葉を思い出す。男の血はまずくて飲めたものではない、という若君の言葉。さすがに吐くほどまずいものだとは思わなかったけど。それとも内羽の男の血だけが特別マズいのかな?


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「でさ、こっから、俺の冒険が始まんの。俺はさ、そこにあった布で体を隠したの。そんで、なんか通用口みたいなところを見つけたんだけど、なんとそこにはごつい守衛さんがいたんだよね……」


 残念ながら新兵衛の冒険はすでに興味の外だった。とりあえず聞きたいことは聞けた。とはいえ、あらすじだけは残しておこう。


『新兵衛は守衛の目をかいくぐって脱出し夜の町へ出た。町は暴動と火事で大騒ぎになっていた。通りの隙間に隠れたり、畑の中に隠れたりしながら歩いて逃げた。

 しかし学校まで着いたところで、またあの三人に見つかってしまった。連れ戻されると覚悟したその時、朝陽が昇り三人は消えるようにいなくなってしまった。

 疲れはてた彼はそのまま芝生の上で寝てしまい、あたしたちの声で目を覚ました』


 というストーリーだった。これを臨場感たっぷりに、熱く語ってくれた。


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「じゃあ、結局、どこに連れていかれたか、分かんなかったわけ?」

 あたしがそう言うと、新兵衛はニィッと笑った。


「あの時はね。でも今なら分かるよ」

 新兵衛は自分の体を覆っていた白い布をグイッとあたしに見せた。

「これが証拠。それに守衛さんがいるとこなんて一つしかないでしょ」


「あ!」

 マーちゃんが新兵衛を指さした。それだ!という感じで。


 でもあたしだけピンとこない。するとマーちゃんと新兵衛はお互いを指さして、ハモったように同じ答えを口にした。

「「病院!」」


「そ、うちの病院」と新兵衛。

「でもなんで病院に?」とマーちゃん。


 うん。なんで病院なんだろ?

 そして今度はあたしの番だった。


「あー!」


 それからもう一度、


「あぁーっ!!」


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