十二章 ⑨『ヤカタの出現……?』
✚
あたしたちは校舎を出ると、体育館の裏手にある芝生でオニギリを食べた。二人で三つずつ分けたけどまだだいぶ残った。
「先生、ずいぶんため込んでたんだね」
ようやくマーちゃんの言葉が聞こえるようになってきた。
「たぶんこうなることが分かってたんだよ。ほんと、とんでもない先生だよね」
「ねぇ。ありえないよねこんな時に」
二人で笑った。
その時だった……
突然、目の前にヤカタ本人が現れたのは!
✚
ヤカタは少しフラフラした足取りで、体育館の影から出現した。そしてフラフラとあたしたちに向かって近づいてきた。たぶん太陽の下だからだろう。それに夜見たときと違ってずいぶんと小さく見えた。これも太陽の下だからに違いない。
ヤカタはあの時と全く同じ格好だった。頭からつま先までを真っ白い布ですっぽりと覆っている。
「ヤカタ……!」
マーちゃんが素早く銃を構えた。
「なんでここに……」
あたしもすばやく立ち上がったが、それだけだった。構えられるものはコブシだけだった。それが役に立つとは思えないけど。
ヤカタはなおもフラフラと近づいてくる。体を左右に振るようにして、今にも倒れそうになりながらも一歩一歩近づいてくる。
✚
「近づかないで!」
とマーちゃん。銃口をぴたりとヤカタに向けた。ヤカタはビクリと背中をふるわせて足を止めた。
「……ハラ……ヘッタ……」
ぞっとするような声が、白い布の下から聞こえてきた。彼らが口にするものはただ一つ、生きた人間の血液だけだ。
「あ、あなたに飲ませるものなんてないわ!」
あたしはかなりびびっていたが、強気に答えた。今がチャンスな気がする。弱っている今なら、ヤカタを気絶させて、教会に運んで、若君に引き渡せばいい。でも弱っているフリをしているだけだとしたら……
「……オニギリ……」
ヤカタはぞっとするような声で告げた。
✚
オニギリ?はっ!だますつもりだ。だって吸血鬼は人の血以外は口にしないはずだから。若君もそうだったし。
「あたしたち、だまされないわよ」
マーちゃんも気づいている。そう言って脅すように一歩踏みだした。ヤカタは驚いたのか、ペタリと地面に座り込んだ。
「ひでェな……ネェチャン」
女性に向かってネェチャンなんて呼び方をするなんて、ロクな人間ではない。やっぱり藤原君のお父さんなの?
「あなたにネェチャンなんて呼ばれる覚えはないわ」
あたしなりの精一杯。するとヤカタはさらに情けない声を出した。
「……そんな言い方ないだろ?……ねぇちゃんは、ねぇちゃんじゃん」
ヤカタはそういうと頭に巻き付けた布をぐるぐるとはぎ取った。ずいぶん絡まっていたから、ちょっと時間がかかった。
そして全ての布をとったとき、その布の下から見覚えのある顔が…というよりも、その中身はただの新兵衛だった。
✚
「なんであんたこんなとこにいんのよ?」
紛らわしいヤツめ……さらわれたのかと思ったけど、やっぱり体育館にいたのだ。
「ひでえなぁ、俺やっと逃げてきたんだぜ。菜々子の奴に呼び出されていったら、いきなり袋かぶせられて誘拐されてさ」
「え?ほんとにさらわれてたの?」
「なんだよ、俺を探しに来たんじゃなかったの?」
「まぁそれもあったけど」
「ひっでぇなぁ、ついでみたいにさぁー」
こんなバカ話がなんだかとても楽しく感じてしまう。でもほんと、新兵衛が無事でよかった。
「それより新兵衛ちゃん、どこから逃げてきたの?犯人は見たの?」
「もちろん見たよ。それよりさ、さっきオニギリ食べてなかった?俺さ、昨日からなんにも食べてないんだ。ちゃんと話すから、先にオニギリ食べさしてくんない?」
あたしたちは新兵衛にオニギリとお茶を渡した。新兵衛は勝手にあたしたちの間に座ると、オニギリの包装をはがし、むしゃむしゃと無言で飲み込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます