十二章 ⑧『ヤカタを捜して』

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 あたしはマーちゃんからパッと銃を取り上げた。それから劇鉄を起こし、小早川先生の足下に銃を向けて引き金を引いた。



 ものすごい音とともに、床のタイルがバッと跳ね上がり、弾丸は床に大穴を開けた。火薬のにおいがあたりに充満し、耳の中でキーンと耳鳴りが鳴り出した。


 教訓……。耳がおかしくなっちゃうから。


「あたしたち時間がないの!ヤカタが誰か教えてください!」

 あたしは叫んだ。耳がおかしくて、叫ばないと自分の耳にも声が届かないから。


「ええー?」

 先生も叫びかえした。たぶん先生の耳もおかしくなったのだろう。


「だーかーら!ヤカタが誰か教えて!」

「ええー?なんだって?なんにも聞こえないぞ!」

 そう言ってる先生の声も聞こえた訳じゃない。ただ唇の動きでわかっただけ。


「やーかーたー!だーれ?」

「えぇー?なんだってー?」

 あたしと先生は互いに叫び合ったが、まったく会話にならなかった。

 隣ではマーちゃんが頭を抱えていた。


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『先生は誰に吸血鬼になる方法を教えたんですか?』


 マーちゃんは落ちていた紙に、シャープペンでさらさらと書き付けて先生に渡した。そうだ。この方法があった。あたしも先生も感心してマーちゃんにうなずいた。


『藤原』


 先生もポケットからボールペンを取り出し、紙の下にさっと答えを書いた。

 こうして筆談による事情徴収が始まった。

 質問者はマーちゃんがつとめた。


『藤原君はヤカタじゃありません』

『違う?彼は吸血鬼になってる』

『ヤカタの仲間ですが、ヤカタ本人ではありません』


 先生は腕組みして考え込んだ。それから近くの紙をとると、長々と書き込み、それをマーちゃんに渡した。


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『経緯。藤原はとても優秀な生徒だった。彼も町の歴史に興味を持っていた。私の説も信じていた。しかし事件が起こり、彼はすっかり変わった。彼は学校から離れた。

 しばらくして、吸血鬼になる方法があるのではないかと聞きに来た。古文書の中に、吸血鬼誕生を記した史料が残っていて、それを渡した。私は学校に戻るきっかけになれば、と考えていた』


『何が書いてあったんですか?』

『魔術士が血で地面に模様を描き、その中心で侍の心臓を貫いた、という話』


 マーちゃんがあたしを見上げる。あたしもマーちゃんにうなずき返した。


『模様も書いてありましたか?』

『ない。藤原もそれを聞きに来た。あるとすれば、教会か、内羽の蔵にでも残っているかもしれないと、そう伝えた』


 。それから藤原君は赤蔵に入って、若君を見つけたのだ。言ってみれば吸血鬼が実在する証拠。そして胸に刻まれた模様を見つけだしたのだ。

 

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 しかし疑問は残る。それはマーちゃんが紙に書き付けて、あたしに回してくれた。


『どうして藤原君は自分自身を吸血鬼にしなかったんだろ?永遠の命が望みなら、自分でならなければ意味がないのに』


 あたしはそこに書かれた言葉を見つめる。あたしも同じことを考えていた。


『誰かで実験しようとした?とか』


 あたしがそう書いて返すと、マーちゃんもうなずいた。


『誰で実験したか?』

『それが館の正体』


 と、先生が手を伸ばして、あたしたちの紙を見せてくれと頼んできた。迷ったけれど、マーちゃんはそれを先生に渡した。

 先生はその紙を見てしばらく考えた。ポケットからタバコを出して火をつけた。そのまま考えている。それからボールペンを取り出し、ササッと書きつけて返した。


『藤原はアパートで一人暮らし

 住所は水無月町三丁目のコーポ水無月206。

 父は刑務所と聞いている、母はすでに他界。兄が東京にいるらしい。

 ただ、藤原はそんな人間ではないと私は思う』


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 マーちゃんは『刑務所』のところに線を引いてあたしに見せた。なんかついに見つけたという感じがした。何の犯罪者か知らないけど町に深い恨みを抱いている、という線が当てはまりそうだ。


 ここからは想像だが……父親はすでに刑務所から出てきていて、藤原君のアパートで一緒に暮らしている。藤原君は父親で実験をしてみたが、逆に噛まれてその手先になってしまった……


 うん。ストーリー的にはつながりそうだ。

 ただ、先生の最後の言葉がちょっと引っかかる。あたしもそう思うのだ。藤原君はそんな人じゃないと。


『とりあえず、このアパートに行く?』


 マーちゃんが別の紙に書いてあたしに見せた。あたしはうなずいた。とにかくこの線をたどるしかない。

 あたしたちが席を立とうとすると、先生がちょっと待てと合図した。


 先生は職員室のロッカーのところに行くと、ビニール袋を取り出してあたしたちにくれた。中にはコンビニのオニギリとペットボトルのお茶がいっぱい入っていた。


「持っていけ」

 とジェスチャーで伝えてきた。あたしたちはペコリと頭を下げて受け取ると、職員室をあとにした。


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