十二章 ⑦『小早川先生』
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職員室の中もまたひどい有様だった。あちこちに血の跡が盛大に飛び散り、机はひっくりかえり、本やらファイル、あと大量の紙が床に散らばっていた。窓ガラスは割れたままで、吹き込んだ風が血のくっついた紙をパタパタとはためかせている。
「――やっぱりくると思ってたよ――」
その声は職員室の奥の方から聞こえてきた。少し暗くなった隅の方、そこに小早川先生がいた。いつものように寝癖の付いた頭、くしゃくしゃのスーツと白い靴下。ただ今日だけはマスクをつけていなかった。
「……二人一緒だとは思わなかったがね」
小早川先生はゆっくりと立ち上がった。そのままフラフラとした足取りで、明るい空間の中に足を踏み入れる。
「……小早川先生……」
後ずさりしそうになる気持ちを抑えて、あたしは踏みとどまった。
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「……こんなことはもうやめてください!」
「やめる?こんなこと?」
先生はそこで立ち止まった。それからニッコリと笑った。その唇の隙間から二本の牙が……あれ?
ない?
ないの?なんで?
「どうも誤解しているようだね、これは私のしたことじゃないよ」
小早川先生はそう言うと、近くに転がってたイスをひっくりかえして座った。そしてポケットからタバコを出して火をつけた。職員室は禁煙なのに。
「ま、君たちも座りなさい」
なんだか意外な成り行きになってきてしまった。てか、どうして小早川先生がヤカタじゃないの?祟られてもいないし。
なんで?じゃあヤカタっていったい誰よ?
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「あの……」とあたし。そう言いつつ、マーちゃんと二人、倒れたイスを戻して並んで座った。先生からちょっと離れたところ。まだ油断はできない。
「ま、いずれ来るとは思っていたんだ。話を聞きに来たんだろ?」
「はぁ、まぁ」とマーちゃん。
「そうだろう。では聞きなさい。この町にはずっと奇妙な伝説が残っていてね、君たちみたいな若い世代では知らないかもしれないが、少し上の世代まではずっと大事に語り継がれてきた話があるんだ。
それは不死の若い侍の話でね、その侍はいろいろな時代のいろいろな話、さらに文献の中に何度も登場するんだ。もちろん私も最初はそれを一種の英雄伝記と考えていた」
小早川先生はいきなり熱く語りだした。
「私もこの町の生まれでね、大好きな祖父からよくその話を聞いたものだったよ。それからわたしはこの不死の侍の伝説を調べるようになった。それは調べれば調べるほど、史実と一致していった。
まぁつまり事実だったわけだ。だがさすがに不死の人間がいるというのだけは信じられなかった。ただ宇都宮一族の中で代々似たタイプの英雄が次々と現れて、それがまるで同一人物のように語られたと、そう考えていた」
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先生はタバコ片手にさらに熱く語る。今回ばかりは授業みたいに眠くならない。実際、先生の話し方は楽しくて、あたしたちは身を乗り出して聞き入った。
「調べを進めるうちに、この伝説には二つの鍵があることがわかった。一つ目の鍵は、内羽さん、あなたの一族の存在だ。あなたの一族はどういう理由か、代々宇都宮一族に仕えてきた」
先生はタバコを挟んだ指先をあたしに向けた。
「それから二つ目の鍵があの教会。メイさん、あなたの教会だね。あの教会は宇都宮一族の後ろ盾で建立されている。この教会はキリスト教の布教が認められない時代にあっても、常に宇都宮一族の庇護の元にあった」
今度はマーちゃんを指さして語った。
「この二つの鍵が、伝説が事実であることを証明する鍵になると考えていたのだが、こればかりは調べようがなかった。ま、今はその理由もはっきりと分かったがね」
小早川先生は床でタバコの火を消し、ゆったりとイスの背にもたれかかった。
かなりうれしそうな、落ち着いた表情をしている。
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「わたしはね、とても満足しているんだ。これまで調べてきたことの真相がすべて明らかになったからね。誰も信じなかったことを、これ以上ない形で証明することができた。誰の目にも明らかな形でね」
つまり小早川先生はヤカタではなかったけれど、黒幕であることにかわりはなかったというわけだ。全てはこの人の研究から始まっていたというわけだ。それを思うと胸の中に怒りがモクモクと沸き上がり、冷たく固まっていく感じがした。
「だから覚悟はできてる。君たちはそれぞれの一族を代表して私を殺しに来たんだろ?わかっている。これだけのことをしたんだからな。抵抗はしない。やりたまえ」
小早川先生はマーちゃんの銃を見つめてそう言った。言うとおり全く抵抗する気はないみたいだ。
「あたしたち、先生を殺しに来たんじゃありません」
あたしはそう言った。
「誰も殺すつもりなんてありません。ただこの状況を何とかしたいと思ってるだけなんです。そのためにヤカタを探してるんです」
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「ヤカタ……?初耳だなその言葉は……なんだいそれは?」
先生はポケットから手帳を取り出した。そういう態度にイライラがつのる。それはマーちゃんも同じだったらしい。マーちゃんがイライラと告げた。
「オリジナルの吸血鬼のことです。先生が誰かに、吸血鬼になる方法を教えたんじゃないですか?」
「へぇー、それをヤカタって呼ぶのか……なるほど……おヤカタ様ってことかな?なるほど、興味深いな……でもヤカタなんて探してどうするつもりなんだ?相手は不死身なんだろ?倒す方法なんてないだろう?」
先生はそう言ってすぐに額を叩いた。
「あぁ、そうかぁ。わかったぞ!一族の秘密があるんだな?そうなんだろ?なぁ、教えてくれよ……」
先生のその楽しそうな話し方に、あたしの頭の中で糸がプツンと切れた。我慢の糸。堪忍袋の緒。呼び方は何でもいいけど、とにかくあたしはブチ切れた。
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