十二章 ⑥『学校へ』
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母さんの話の感じからすると、小早川先生は学校にいるようだ。それにしても事件の黒幕だというのに、わざわざ学校に来てるというのはどういうつもりなんだろう?
「これってなにかの罠だと思う?」
あたしはマーちゃんに聞いた。すでに二人して学校に向かっている。しかもかなりの早歩きで。
「うん。絶対そうだよ。たぶん学校におびき寄せるつもりだよ。新兵衛ちゃんもきっと人質になってるんだと思う」
マーちゃんはきっぱりとそう言いきった。
「でも、なんのために?」
「それはわからない。でもきっと隠された事情があるのよ。たとえば、さっちゃんの中になにか隠された力が眠っていて、小早川先生はそれを恐れているとか……」
「そんな力なんてないと思うけどな」
「でもそうとでも考えないと理屈に合わないよ。たぶん内羽一族のなかにはもっと重大な秘密が隠されているのよ」
「秘密ねぇ……それもぜんぜん思い当たらないけどなぁ」
「よくあるでしょ?たぶん無意識に発動するような、究極の力なのよ」
ぜったい!という感じでマーちゃんはせりふをしめくくった。
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それから途中でコンビニに寄った。寄ったけど、コンビニは閉まっていた。隣のクリーニング屋さんのシャッターも降りている。明らかに様子がおかしい。周囲には人影もなく、ただ乾いた風が吹いている。
「ここも襲われたのかな?」とあたし。
「たぶんね。夜まで電気つけてたら、格好の標的だもんね」
「学校に急いだほうがいいね」
さらにペースを早めて、というかもう走り出して学校へと急ぐ。が、学校まではかなりの距離。ほとんどマラソンのようにして、学校までとにかく走る。
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やがて目の前に『水無月中学校』が見えてきた。通い慣れたいつもの学校なのに、今日はずいぶんと違って見える。なんというかすごく不気味。あたしたちを待ち受けているような、罠が張り巡らされているような、そんな感じがする。
「やっぱり誰も来てないね」
とマーちゃん。周囲をうかがいながら、鉄の門扉の中に入ってゆく。あたしは、影から吉岡巡査が現れるんじゃないかとドキドキしながら門の中に入った。
「ホントに来てるかな?小早川先生」
あたしはマーちゃんに聞いた。
「たぶんね……ううん、絶対きてるよ」
二人で長い校庭を横切って歩く。あたしは昨日のことを思い出さずにいられない。藤原君に率いられた吸血鬼たち、彼らが次々に生徒に襲いかかったあの光景。校舎の窓ガラスは今も割られたままで、不気味に黒い口を開けている。
「さすがに怖いね」
マーちゃんもそう言った。きっと同じことを思い出しているに違いない。
「うん。でも吸血鬼は昼間は完全に眠ってるはずだから」
「それはわかってるんだけどね」
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あたしたちはいつものように、正面玄関から学校の中に入った。だが入ったとたんに思わず立ち止まってしまった。
床や壁一面に血の跡がついていた。まるで大量の血をバケツでぶちまけ、それから手のひらで延ばしたように、至る所に血が塗りたくられていた。まるで大量殺人の現場のようだった。二人とも言葉をなくし、呆然とそれを眺めた。
「……これは……すごいね……」とあたし。
「……さすがに怖いね……」とマーちゃん。
それでも勇気を振り絞り、乾いた血の跡を踏みしめて学校の中に入ってゆく。廊下を進むにつれて血の跡はさらに濃く広がり、赤いしぶきは天井にまで届いていた。
想像を絶するというのはこのことだろう。あたしはこの光景を見るまで、漠然と学校が襲われたのだと思っていた。でもこれはそんな生やさしいものじゃなかった。一方的で圧倒的な暴力の嵐が、そこにいたすべての者を巻き込み、容赦のない血の雨を降らせたのだ。みんなどれだけ恐ろしかったことだろう……それを考えると泣きたくなってくる。
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「急ごう、さっちゃん」
「うん」
廊下を足早に通り抜けて階段に出る。階段にも大量の血痕が残っていた。踊り場の窓ガラスは割れ、鋭くとがった破片がワクにかろうじて残っている。本当にひどい光景だ。だが唯一の救いもある。窓からは午後の強烈な日光が差し込んでいた。その光と暖かさが前に進む勇気をくれる。
二人で一段飛びに階段を駆け上がり、二階にある職員室に向かう。職員室は階段を上がってすぐ横だった。
「いよいよだね」とあたし。
「うん。がんばろう」
マーちゃんはうなづくと、ビニールバックから拳銃をとりだした。それを慎重に持ち上げて両手で構えた。この拳銃、とにかく重いのだ。
「じゃ、開けるよ」
一瞬、職員室に入るときの挨拶をしなきゃ、と思ったけど思い直した。どうせ誰もいないだろう。小早川先生以外は。
あたしはガラガラと扉を開けた。
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