十一章 ④『しじまの時』

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「では、さつき。さっさとゆくぞ」

 若君がステージから降りた。


「は?」

「なにをぼさっとしておる、早うせい」


 若君があたしを呼んでいた。マーちゃんじゃなくてあたしを。血を吸われるっていうのに、なんかうれしい気がしてしまった。でも同時にすごく複雑な心境になる。マーちゃんに申し訳ないような気持ちになる。


「では又兵衛、処置は頼んだぞ。骨をつなげておけばあとは勝手に再生する。それから手足を充分に縛っておくことじゃ。また動き出してはかなわんからな。あとは奥の部屋に放り込んで鍵をかけておけばよい」


「ハッ!かしこまりました」

 じいちゃんはすでに治療に取り掛かっていたが、その手をとめてうなずいた。


「ワシはしばらく休む。後のことは頼んだぞ。さつき、行くぞ」

「は、はい!」

 若君はさっさと歩きだした。あたしは一度マーちゃんを振り返る。なんか気まずい気もする。なんか謝りたいような気分。


「がんばってね、さっちゃん」

 マーちゃんは明るくそう言ってくれた。


 ごめんね、マーちゃん。マーちゃんは若君のことを好きなのに。

 あたしはとにかく若君を追いかけた。


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 若君はズンズンと廊下を歩いて行く。あたしは初めて通る道だった。若君は勝手知ったるなんとやらで、廊下を曲がり、大きな扉を引き開けた。


「うわぁ……すっごぃ……」

 その部屋には剣や槍を中心に大量の武器があった。どれもきちんとラックに収まり、整然と並んでいる。壁には時代も様々な銃が飾られ、そのほかにもナイフ、弓矢、ボウガンと、他にも名前も知らない武器が勢揃いしている。そして全ての武器は鈍い銀色に輝いていた。


「だいぶ増えたな」

 若君は大して驚くでもなく、さっさと部屋の奥に行き、いきなりテーブルの一つを動かした。現れた壁の古いほこりを払うと、積んである石のブロックの一つを押し込み、中に手を入れてなにやら引っ張った。


ゴゴゴゴ……バタン!


 石壁の一部が後ろにゆっくりと倒れ、その向こうに隠し通路が現れた。


「うむ。すべて昔のままじゃな」

 それは地下へとつながる階段だった。

「ここからはちと暗いからな」

 若君はあたしの手を取ると、さっさと階段を下りてゆく。

「足下に気をつけろよ」

 とは言われたが、一歩足を踏み入れればそこはもう完全な暗闇。自分が目を開けているのか、閉じているのかもわからなかった。


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 階段を下まで歩いていくと、やがて一つの部屋にたどり着いた。そこは地下のはずなのだが、地上の月明かりが届いていた。ぼんやりと薄暗い。だけど、暗闇に慣れた目にはかなり明るくみえる。


 床は土の床。その床の真ん中に大きな棺桶があった。赤蔵で見たような、西洋風の大きな六角形の棺桶だった。


「ここはワシのじゃ」

 若君は棺桶のふたを開けた。中には血のような真っ赤なビロードが張ってある。いかにも吸血鬼が眠りそうな棺桶だ。そして若君は棺桶の縁に腰掛けると大きく息を吐いた。


「ふぅぅ。さすがに、今回はワシもくたびれた。ちと血が足らぬ」

 あたしはぐるりと部屋を見回した。座れる場所を探したけど、部屋の中には棺桶以外は何もなかった。で、少し迷ったけど、若君の隣、棺桶の縁に座った。ちょっと離れて。


「はい。分かってます」

 あたしはそう答えて、制服のジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖をくるくるとまくった。我ながら細っこい腕だ。ググッと袖を丸めながら貧弱な肩を露出する。

「すまぬな」

「いいんです。これが内羽一族の務めですからね」

 本心を言えばやっぱり怖いんだけど、あたしは空元気で明るく言った。


「そういえば、さつき」

「なんです?」

「おぬし『』が見えるのか?」


 しじまのとき?


 また妙なことを言いだしたな……


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「何ですか?それ」

「なんというか、、というかまぁ、のことじゃ。たいていは世界が赤く染まって見える」


「あ、それなら見えました!若君が戦っているとき、なんかみんなスローモーションになって、若君だけが普通に動いてました」

「すろーもーしょん?」

「あ。えーと、みんなの動きがすごくゆっくりに見える、ってことです」

「おお、そうじゃ。それじゃ。やはり見えておったか」

「ええ、まぁ」


「あれはな、ワシらの特有の感覚なのじゃ。だからこそ、ワシは普通の人間相手に後れをとることはない。ワシらはそのなかをさらに動くことができるのだからな。止まってる人間相手では勝負にもならん」


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「それが若君の強さの秘密なんですね。ちょっとズルい気もしますけど」

 若君は少し笑った。生意気な小娘め、という笑い方だ。

「まぁな。だが、しじまの時の中を動くというのは、あれでかなりの体力、気力が必要なのじゃ。なにしろ無理矢理体を動かしているからな」


「実はあたしも少し動けたんですよ」

「ああ、見ておった。弾丸をよけたな」

 なんか褒められた気分。えへへ。


「だがな、気をつけねばならん。あれができるのはワシのような回復力があればこそ。通常の人間がおこなえば、腱や筋がちぎれ、体がまともに動かなくなる。それこそ一生な」


 逆か。戒めの方か……。

 それにしてもそんな怖いことになってるとは思わなかった。


「そーいうことは、先に言って下さいよ」

「いや、よもやおまえが『しじまの時』を歩けるとは思いもよらなかったのじゃ。まぁ、とにかく今後は気をつけよ。下手をうてば命を落とすぞ」

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