十一章 ④『しじまの時』
✚
「では、さつき。さっさとゆくぞ」
若君がステージから降りた。
「は?」
「なにをぼさっとしておる、早うせい」
若君があたしを呼んでいた。マーちゃんじゃなくてあたしを。血を吸われるっていうのに、なんかうれしい気がしてしまった。でも同時にすごく複雑な心境になる。マーちゃんに申し訳ないような気持ちになる。
「では又兵衛、処置は頼んだぞ。骨をつなげておけばあとは勝手に再生する。それから手足を充分に縛っておくことじゃ。また動き出してはかなわんからな。あとは奥の部屋に放り込んで鍵をかけておけばよい」
「ハッ!かしこまりました」
じいちゃんはすでに治療に取り掛かっていたが、その手をとめてうなずいた。
「ワシはしばらく休む。後のことは頼んだぞ。さつき、行くぞ」
「は、はい!」
若君はさっさと歩きだした。あたしは一度マーちゃんを振り返る。なんか気まずい気もする。なんか謝りたいような気分。
「がんばってね、さっちゃん」
マーちゃんは明るくそう言ってくれた。
ごめんね、マーちゃん。マーちゃんは若君のことを好きなのに。
あたしはとにかく若君を追いかけた。
✚
若君はズンズンと廊下を歩いて行く。あたしは初めて通る道だった。若君は勝手知ったるなんとやらで、廊下を曲がり、大きな扉を引き開けた。
「うわぁ……すっごぃ……」
その部屋には剣や槍を中心に大量の武器があった。どれもきちんとラックに収まり、整然と並んでいる。壁には時代も様々な銃が飾られ、そのほかにもナイフ、弓矢、ボウガンと、他にも名前も知らない武器が勢揃いしている。そして全ての武器は鈍い銀色に輝いていた。
「だいぶ増えたな」
若君は大して驚くでもなく、さっさと部屋の奥に行き、いきなりテーブルの一つを動かした。現れた壁の古いほこりを払うと、積んである石のブロックの一つを押し込み、中に手を入れてなにやら引っ張った。
ゴゴゴゴ……バタン!
石壁の一部が後ろにゆっくりと倒れ、その向こうに隠し通路が現れた。
「うむ。すべて昔のままじゃな」
それは地下へとつながる階段だった。
「ここからはちと暗いからな」
若君はあたしの手を取ると、さっさと階段を下りてゆく。
「足下に気をつけろよ」
とは言われたが、一歩足を踏み入れればそこはもう完全な暗闇。自分が目を開けているのか、閉じているのかもわからなかった。
✚
階段を下まで歩いていくと、やがて一つの部屋にたどり着いた。そこは地下のはずなのだが、地上の月明かりが届いていた。ぼんやりと薄暗い。だけど、暗闇に慣れた目にはかなり明るくみえる。
床は土の床。その床の真ん中に大きな棺桶があった。赤蔵で見たような、西洋風の大きな六角形の棺桶だった。
「ここはワシの離れじゃ」
若君は棺桶のふたを開けた。中には血のような真っ赤なビロードが張ってある。いかにも吸血鬼が眠りそうな棺桶だ。そして若君は棺桶の縁に腰掛けると大きく息を吐いた。
「ふぅぅ。さすがに、今回はワシもくたびれた。ちと血が足らぬ」
あたしはぐるりと部屋を見回した。座れる場所を探したけど、部屋の中には棺桶以外は何もなかった。で、少し迷ったけど、若君の隣、棺桶の縁に座った。ちょっと離れて。
「はい。分かってます」
あたしはそう答えて、制服のジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖をくるくるとまくった。我ながら細っこい腕だ。ググッと袖を丸めながら貧弱な肩を露出する。
「すまぬな」
「いいんです。これが内羽一族の務めですからね」
本心を言えばやっぱり怖いんだけど、あたしは空元気で明るく言った。
「そういえば、さつき」
「なんです?」
「おぬし『しじまの時』が見えるのか?」
しじまのとき?
また妙なことを言いだしたな……
✚
「何ですか?それ」
「なんというか、時がゆるく流れる世界、というかまぁ、感覚のことじゃ。たいていは世界が赤く染まって見える」
「あ、それなら見えました!若君が戦っているとき、なんかみんなスローモーションになって、若君だけが普通に動いてました」
「すろーもーしょん?」
「あ。えーと、みんなの動きがすごくゆっくりに見える、ってことです」
「おお、そうじゃ。それじゃ。やはり見えておったか」
「ええ、まぁ」
「あれはな、ワシらの特有の感覚なのじゃ。だからこそ、ワシは普通の人間相手に後れをとることはない。ワシらはそのなかをさらに動くことができるのだからな。止まってる人間相手では勝負にもならん」
✚
「それが若君の強さの秘密なんですね。ちょっとズルい気もしますけど」
若君は少し笑った。生意気な小娘め、という笑い方だ。
「まぁな。だが、しじまの時の中を動くというのは、あれでかなりの体力、気力が必要なのじゃ。なにしろ無理矢理体を動かしているからな」
「実はあたしも少し動けたんですよ」
「ああ、見ておった。弾丸をよけたな」
なんか褒められた気分。えへへ。
「だがな、気をつけねばならん。あれができるのはワシのような回復力があればこそ。通常の人間がおこなえば、腱や筋がちぎれ、体がまともに動かなくなる。それこそ一生な」
逆か。戒めの方か……。
それにしてもそんな怖いことになってるとは思わなかった。
「そーいうことは、先に言って下さいよ」
「いや、よもやおまえが『しじまの時』を歩けるとは思いもよらなかったのじゃ。まぁ、とにかく今後は気をつけよ。下手をうてば命を落とすぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます