十一章 ②『マーちゃんの復活』

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「ところで神父殿……」

 若君が神父さんを呼んだ。神父さんだけは一人、若君の横に立っている。


「なんデショウ?」

「ワシは少し体を休めたい」

「分かりマシた。奥の部屋、使って下サイ」

「では土床の部屋を使うぞ。ほれ、武器庫からの隠し通路を抜けた部屋じゃ。まだワシの棺桶は残っておるかな?」

 神父さんがハッと驚いた顔をした。


「あの、ドーシテそれを知ってますか?」

「あたりまえじゃ。この教会はワシが友のために建ててやったものだからだ。歳はとっておるが、耄碌はしておらんぞ」

 それを聞いて神父さんはさらに驚いた顔になった。それから立っていられなくなって、ステージに寄りかかり、肩越しにキリスト像を見上げた。


「まさか……この教会の伝承が真実だったとは……そうデスか……あなたは、やはり」

「そういうことじゃ。これで信じる気になれたか?」

「……わかりまセン。今、ワタシはすごく混乱しているのデス」

「頑固なやつじゃな。ワシの周りにいるのは頑固者ばかりじゃ」


 若君はハッハッハッと殿様のように高らかに笑った。


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「ところで、皆の衆、しばらくここの護衛を頼みたい」

 若君が信者たちに呼びかけると、みんなが武器を振ってそれに答えた。


「おおぉー!」

「ええぇー!」


 なんとも感動的なシーンではあるけれど、実はちょっと頼りない。なにしろおじいちゃん、おばあちゃんばかりだから。


「それから……こやつらの処置を頼みたいのじゃが……」


 若君が言ったのは、教会の中で気絶している四天王のことだった。まだみんな白目をむいて気絶している。でも再び目覚めたらすごくやっかいなことになるのは明らか。回復力も尋常じゃないし。


「折れた骨をつなぎ、縛り上げておけばよいのじゃが、誰かできぬか?」


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 シーン……老人たちの元気も急にしおれてしまった。怖いのもあるだろうが、そもそも治療ができるわけがない。困ったなぁ、という空気が流れる……

 と、その時だった!


「それはワシの仕事ですな!」

 リンとした声が体育館に響いた。

「若君様、その仕事、ワシにおまかせ下さい!」


 又兵衛じいちゃんだった。巻かれた包帯をシュルシュルとほどいてみせた。そこに何の意味があるかよくわからないけど、とにかく感動的にかっこいい登場だった!


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 さらに驚きは続く!


 じいちゃんの隣にはマーちゃんが立っていた。もう縛られていない。ちゃんと目覚めていて、自分の両足で普通に立っている。ちょっと青ざめているけど、いつも通りの、美人さんの、マーちゃんだった。


「マーちゃん!」

 よかった……マーちゃん……また泣いてしまう。あんまりうれしすぎて涙がポロポロとこぼれ落ちてくる。


「マーガレット!」

 神父さんもまた歓喜の声を上げて、膝からがっくりと座り込んだ。それからキリスト像を見上げ、胸で十字を切った。一度、二度、三度。それは初めて見る、神父さんが神に祈る姿だった。


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「パパ……」

 マーちゃんも静かに喜びの涙を拭った。それはきっと父親が再び祈る姿を見られたせいだ。あたしもなんだか感動してしまった。

「パパ!パパ!」

 マーちゃんは祟られなかった。吸血鬼にはならなかった。その声を聞いて、その姿を見て本当に安心する。


「オー、マーガレット!」

 マーちゃんが近づいてゆくと、神父さんは立ち上がってマーちゃんを抱きしめ、それから脇に手を入れて軽々と抱き上げた。それからなんとも荒っぽく上下にブンブンと振った。あたしもやられた高い高いだ。


「よかった。ほんとによかったデス!」

「もぅ、やめてよ、下ろしてよパパ、下ろしてったら、恥ずかしいでしょ」

 みんなの間からも笑いがわきおこった。


「パパはヘーキデス!」

「もう」


 マーちゃんは泣きながら笑った。

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