第十一章 若君の過去

十一章 ①『若君と老人たち』

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 いきなり若君が崩れるように倒れた。

 あたしはその寸前に若君の身体を支えたけれど、あんまり重くって一緒に倒れ、さらにそのまま押し潰されてしまう。


「すまんな、さつき……」

 若君は苦しそうにそう言った。

「あたしこそ、ごめんなさい……」


 あたしは思わず泣きだしてしまう。こんなになるまで戦ったのは、あたしのせいだから。あたしが殺さないでとお願いしたからだ。

「……なに、泣かずともよい」


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 若君の全身は焦げて真っ黒だった。だがそうしている間にも、その焦げがパラパラと剥がれ落ち、下から真っ白い皮膚が現れてきた。髪の毛も真っ黒いホコリのようにフワフワと剥がれ落ち、新しい髪がその下から現れた。あまりにも急激な再生能力……だがその代償はやっぱり高くつくのだろう、声には出さなかったけれど若君はずっと痛みに耐えていた。


「とにかく一度教会に戻りましょう」

 あたしはなんとか膝を立て、若君の身体を持ち上げようとした。だらりとした手を肩にかけ、若君の体を少しずつ、ずるずると背中に乗せる。お、重い……かなり重い……


「ん?」


 なぜかフッと若君の身体が軽くなり、やけにあっさりと持ち上がる。あれ?あたし、こんなに力持ちだったっけ?


「力仕事なら、まかせてくだサイ」

 隣にいつのまにか神父さんが立っていた。神父さんは若君の腰のあたりをつかむと、米袋でも扱うように軽々と肩に担ぎあげた。


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「あれ?どうやって出てきたんですか?」

 あたしは神父さんに聞いた。しっかり閉じ込めたはずだったけど。


「この教会には、タクサン、秘密の抜け道がありマス」

 神父さんはそう言って外人らしいウィンクをした。本当はかっこいいはずなんだけどトキメかない。その体全体に山のように筋肉が盛り上がっているせいだ。


「抜け道か、そうだったな……それよりも神父殿、ワシをかつぐな。おろせ」

 神父の肩にだらりと下がった若君が、苦しそうに文句を言った。


「オー、照れることありまセンよ!」

 神父は若君を楽々と担いで、そのまま教会に歩き出す。二人はなんか急に仲良しになったみたいな感じだった。


「いいからワシを下ろせ!命令じゃ」

「遠慮は、ムヨウデース」

「遠慮ではない、命令しておるのじゃ」

「若君は軽いからオーケーデスネ!」

「なにを言っとる。いいから、離せ!」


 若君はじたばたとしたが、神父が腕にギュッと力を込めると、クテッとなった。


 あたしはそんな光景になんだか少しだけホッとする。それから落ちていた若君の刀を拾い、二人の後を追いかけた。


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 教会の中には避難したはずの信者の人たちが戻ってきていた。ほとんどおじいさんばかりだが、おばあさんやおじさん、おばさんの姿もある。みんなが手に手に刀や槍を持っていた。そのどれもがピカピカの銀色に輝いている。


「おぉぉ、若君様じゃ!」

 神父さんが教会の中に足を踏み入れると、老人たちの間から歓声がわいた。その歓声の中、神父さんはステージまで歩いていき、そこに若君を座らせた。自然と老人たちが集まり、若君を囲むようにして座り込んだ。殿様と家臣たちという感じ。しかも当たり前のように若君を中心に輪ができあがる。


 そしてあたしはなんとなく若君のところに刀を持っていった。若君はウムとうなずいてそれを受け取った。


「……覚えておったのだな」

 若君は老人たちを見下ろし、褒めるような口調でそういった。それだけで老人たちはヘヘーっと深くお辞儀をした。


「伝説はマコトだったのですな……若君様……」


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 信者たちの中から一人のおじいさんがズズッと前に出た。真っ白い髪をうしろで束ねた老人で、やけに貫禄がある。

 たしか、おじいちゃんの囲碁仲間で……町長さんだ。


「われらは先祖からずっと聞かされてきました。町に危険が迫ったときには教会に行け、そこには武器がある、と。これ、すべてマコトにございました」


 若君はウムと大きくうなずいた。と、今度は別の老人が進みでた。今度は身なりのいいおばあちゃん、芳子おばあちゃん行きつけのブティックの女社長さんだ。


「若君様……わたくしの曾祖母が、昔あなたをおみかけしたそうです。背が高くて、雪のように白い肌で、じつに美しいお顔をしていたと、そう申しておりました」


「そうかそうか。それはたぶんワシじゃな」

 と若君。それから少し笑った。


 なんか若君が急に一人じゃなくなった気がした。古い友達に出会えたような感じ。なんとも和やかな空気が流れていた。あたしもなんだかうれしい気分だった。

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