十章 ⑦『生きるか死ぬかの大問題』

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 避難はあっと言う間に完了した。教会の中に残ったのはあたしと若君の二人だけ。


「さつき、おまえも行け」

 若君は静かにそう言った。

「いやです」

 あたしも静かに答えた。


「そうか……まぁ、そう言うだろうと思った」

 若君は口の端で少し笑った。それからステージ横の扉をベンチで塞いだ。

「まぁ、見せるようなものではないからな。だがな、さつき。おまえも見ぬ方がよいと思うぞ。心に残る」

「そのことなんですけど……」

 あたしはおずおずと切り出した。


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「まさか、この期におよんで、、などと申すのではあるまいな?」


 先に言われてしまった。でもあたしの本心はやっぱりそうだった。誰も死んでほしくないし、若君に誰も殺してほしくない。でも、さすがに怒り出すだろう。若君からすれば当たり前だ。それに家臣のあたしの言うことを聞く理由もないのだし……


 それでもあたしはコクンとうなずいた。


「でないと、血は飲ませぬと?」

 またコクンとうなずいた。


 若君はあたしをじっと見下ろしている。


「ふむ。それは困るな…ワシにとっては大問題じゃ。生きるか死ぬか、のな」


 若君はふぅーと大きく息を吐いて、それから笑った。

 こんな時だというのに、とても穏やかで、ステキな笑顔だった。


「まったく困った家臣を持ったものじゃ」

「すみません」

「まぁよい。出来るところまで付きおうてやろう。。さぁ、その扉を開けよ!」


 あたしは大きくうなずくと正面扉まで走っていき、大きなかんぬきをはずした。同時に巨大な扉がギィィと不気味な音を立て、ゆっくりと開いていった。


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「まさか、そっちから開けてくれるとはな」

 藤原君が左手一本で扉を押し開けながら、教会の中に入ってきた。逆立てた金髪はいつもと同じ。青ざめた肌には、返り血が点々と付いたまま。鋭い鼻、薄い唇、切れ長の目は相変わらずだ。


……チチチ……チチチ……


 そして藤原君の背後には、四天王が影のように付き従っていた。ゲンジ君とマザキ君が両脇、さらにその両脇にアラガワ君とクサナギ君が一線に並んでいる。四人は銀色の目を輝かせ、唇をめくりあげて不気味な鳴き声をあげた。


……チチチ……チチチ……


「キサマら、よもやワシに盾つくつもりではあるまいな?」

 若君はゆっくりと中央通路に立ちふさがり、静かに告げた。青い月がその美しい顔を照らしていた。彫像のような美しさ……それがかえって凄みを添えている。


「あんたこそ自分の状況が分かってんの?」

 と藤原君。どうやらしゃべれるのは彼だけみたいだ。四天王はすっかり獣みたいになって、唸ったり身体を揺らせている。


「無駄口はよせ。ワシは怒っておる。もはや手加減はせぬぞ」

 若君が刀を寄せ、親指で鯉口を切った。


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――パチリ――


 藤原君はその音に足を止めた。二人の距離は十メートルあまり、その空間に高圧電流のような殺気が充満していく。


 そしてあたしは扉のところから壁際へとそっとあとずさる。ここにあたしの入る隙間はない。


「確かに、あんたにはスピードもパワーもある。だが俺たちは五人だ。作戦だってある。どうみてもあんたに勝ち目はないぜ」

「おまえがなにを言っておるかよう分からんが……ワシをあなどらぬがよいぞ」


 若君はスラリと日本刀を抜いた。波面が月光を浴びて静かに光った。

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