十章 ⑤『修羅場』

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 それからさらに信者の人たちが集まってきた。歩きだったり車だったり、一人だったり、家族連れだったり、構成はさまざまだが、とにかくどんどんとやってきた。普段はずいぶんと寂しい町だから、こんなに人がいたことに驚いてしまう。


「いったいどうしたんデスか?」

 神父さん自身も驚いているようだった。するとひとりの老人が足を止めて答えた。

「町がな、大騒ぎになっておるんじゃ」

「大騒ぎ?」

「子供たちが大騒ぎして暴れておってな。家の中に押し入ったり、人を捕まえて襲ったり、車を乗り回したり、中には放火してる連中もいるようじゃ」

「子供たちが、デスか?」

「ああ、中学生と高校生、少しは大人の姿もあったがな」


 そういえばここに逃げ込んでいる人たちの中に、あたしと同世代はいなかった。

 たぶん、みんな吸血鬼になってしまったからだ。おそらくその兄弟や家族までも。


 そしてあたしは今になって、若君が今朝言っていた言葉を思い出す。この異変には多くの子供が関わっているという言葉。結局若君の言ってたとおりだったのだ。


「……まぁ、ここなら大丈夫だろうと、みんな逃げてきたわけじゃ。まったくここが日本だとは信じられんよ。知らない間にずいぶんとすさんだもんじゃ」


 老人はやれやれと首を振り、神父さんから離れてベンチに横になった。


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 神父さんは若君を見た。

「この町で何が起こっているのデスか?」

「ここはと化したのだ」


「シュラバ?」

 今度は神父さんがあたしに通訳を求めた。

「あー、そのぅ、戦場……みたいな意味です」


 自分でそう答えて、胸が苦しくなった。この町が戦場になったのはあたしに責任がある。あたしが藤原君たちの命を助けたばかりに、事態はもう取り返しのつかないところまで悪化してしまった。


「神父殿、まずは貴殿の領民を守れ。とにかくこの夜を乗り切るのじゃ」

 若君は神父さんの裸の肩を叩いてそう言った。それからあたしの所に来て、あたしの頭にポンと手を乗せた。


「さつき、こうなっては仕方ない。


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 あたしは小さくうなずいた。


 でもクラスのみんなのことが頭から離れなかった。たしかに学校は好きじゃなかった。仲のいい子もほとんどいなかったし、友達と過ごした楽しい思い出なんてのもない。それでもみんなの顔が思い出された。退屈な授業の時間、うるさい休み時間、文化祭や体育祭、町でたまたま会ったりしたときのこととか。


 みんなを殺しちゃうの?

 それしか方法がないの?

 全員を殺さないと終わらないの?


 それを考えただけで涙がでてきた。


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「さつき、ワシはしばらく休むぞ」

 若君は鞘を拾い、刀を納めるとベンチにどっかりと腰掛けた。そのまま目を閉じて眠ってしまう。


「あたしたちはマーガレットさんの看病をしてますからね」

 おじいちゃんとおばあちゃんは、マーちゃんの部屋に行ってしまった。


「これ、さつきサンの分デス」

 神父さんは奥の部屋から運んできた毛布をあたしにくれた。

「ありがとうございます」

あたしは毛布にくるまると、聞こえてくるささやきに耳を澄ました。


「いったい何がどうなっとるんじゃ?」

「まさか、あの子がねぇ。あんなに礼儀正しい子だったのに」

「うちに急に人が入ってきて……」

「なんか首を噛んでたのよ」


 いろんなささやきが聞こえてくる。みんな不安でおびえている。そしてみんな知らない。こうなったのは、ここにいるあたしのせいだってことを。


「あたしのしたこと、間違ってたのかな?」


 あたしはそっと声に出し、それからただ一人、教会から抜け出した。


 夜の空気が吸いたかった。冷たい空気を吸えば、少しは頭もすっきりするだろう。

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