十章 ④『対決!若君と神父』
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――ヤカタ――
その言葉は若君が藤原君に言ったのと同じ言葉だった。あのとき若君は藤原君にヤカタを燃やせと命令した。あたしは吸血鬼の家のことかと思っていた。だが違うらしい。おそらくヤカタとは吸血鬼のこと、それもオリジナルの吸血鬼のようだ。
「神父殿、まずはワシの話を聞け。今は争っているときではない」
若君はベンチから立ち上がり、通路を神父さんの方に歩いて行く。
「時間がないのはこちらデス。マーガレットがヴァンパイアになる前に、決着をつけまショウ」
神父さんはパラパラとボタンをはずしてコートのような上着をはぎとった。中には何も着ていない。ただ鎧のような筋肉が盛り上がっている。
「勝負デス、若君サン」
神父さんはいつの間に用意したのか、その大きな拳にスパイクのついた銀色のナックルをググッとはめた。
「お前も人の話を聞かんやつじゃな……」
若君は日本刀を抜いた。
あまりに展開が早くてあたしは完全に出遅れてしまった。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
慌ててそう叫んだ。だがとても間に合いそうにない。二人は中央の廊下をズンズンと歩いていき、間合いが急速に詰まり、若君は鞘を捨てて刀を振りあげた。
神父さんもまたグイッと右の拳を振り上げた。
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「ムン!」
最後の間合いが詰まる直前に、神父はいきなり横のベンチを殴りつけた。かなりどっしりしたベンチのはずだが、軽々と吹き飛ばされ、前に並んでいた三つのベンチを巻き込みながら、若君の方に飛んでいった。
「でえい!」
若君は飛んできたベンチをまとめて叩き切った。そのまま腰を落とすと、下から突き上げるように刀を払う。
ドスッと鈍い音がした。
若君の刀は神父が盾のようにもったベンチに突き刺さっていた。すると神父はそのまま若君に体当たりをかけた。若君は刀を抜きとる暇もなく、中央通路をずるずるとすごいスピードで押されていく。
「待って!神父さん待って!」
そう叫んだけど、あたしの声は届かない。
若君は神父さんに押されるまま、正面扉のすぐ横の壁に激突した。その衝撃で教会がグラリとふるえ、壁や天井からパラパラと石のかけらが落ちてきた。
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「マーガレットのためデス!」
神父さんは右手をふりあげ、渾身の力をこめ、若君の顔めがけて拳をたたき込む。
ドカン!とすごい音がして、ホコリがブワッと舞った。あんなのまともにくらったら、生きていられるはずがない。
「若君!」
だが若君は無事だった。拳は傾けた顔のすぐ横にめりこんでいた。
「おまえたち一族は昔からそうじゃ。人の話をまるで聞こうとしない」
若君はあきれたようにそう言った。それから刀を持つ手をグイとひねった。それだけで体を押さえつけていたベンチが真っ二つに割れ、床に落ちた。そして今度はその刀の先がぴたりと神父さんの胸に突きつけられた。
「少し冷静になれ」
「まだデス」
神父さんはその切っ先をナックルのついた右手でがっちりとつかんだ。それから今度は左手の拳を握り、大きく後ろに引いた。
「神父さん、マーちゃんを噛んだのは若君じゃありません!」
あたしはとにかく叫んだ。このタイミングを逃したら、神父さんが殺されてしまう。若君ではなく神父さんの方が!
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「え?それ本当デスか?」
神父さんは振りあげた拳をぴたりと止めてそう言った。
「はい。おじいちゃんもおばあちゃんも見てました」
神父さんが二人の老人を振り返ると、おじいちゃんもおばあちゃんもコクコクとうなずいた。厳密には二人とも見てないんだけど。
「そうなんデスか?」
神父さんは改めて若君を見た。若君は怒ったように、あきれたように、神父さんを見つめ返した。
「だから話を聞けと……」
「オー、ごーめんなサーイ!」
神父さんは両手をパッと挙げた。
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「誤解してました。みなさん、許してくだサイ!若君さん、ごめんなサイね!」
神父はこれでもかと敵意のない笑顔を浮かべ、そして向けられた刀の先をちょっとずらし、がっしりとした腕で若君を抱きしめた。
「仲直りのハグです!」
神父さんは問答無用で若君にギュッと抱きついた。若君はただイヤそうな顔をして抱きしめられていた。
「これで二人、元の仲ヨシデス!」
「あのなぁ……」
その時、不意に入り口の扉が開かれた。そしてぞくぞくと信者の人たちが入ってきた。大抵は老人だが、子供連れの家族も結構いる。おじいさんたちは入り口脇で抱き合う神父と若君の姿を見て目をそらし、父親は子供の目をふさいだ。母親たちは驚いたものの、なにやら意味ありげにほほえんだ。
「あの、誤解しないでくだサイね」
さっきまで誤解しっぱなしだった神父さんがそう言った。
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