十章 ②『マーちゃんの治療』

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「これで全部デス……」

 しばらくして、メッシュ・メイ神父が毛布やロープやくたびれた革のバッグや、古めかしい本やらを両手にかかえて戻ってきた。

「……デスが、わたしも実際に治療するのは初めてデス」


 神父はマーちゃんの体の下に毛布を敷き、ぐるりと体を包み、さらにロープで縛りだした。なんというか、ただスマキにしているようにも見える。

 本当に大丈夫かな?ちょっと不安になる。毛布からのぞくマーちゃんの顔はさらに青ざめ、今は大理石の彫刻のようだ。


「さて、ここから先の処置は、この本の中にありマス」

 神父さんは持ってきた分厚い本を床に置いて、パラパラとページをめくった。そこに書かれている文字は筆記体の外国語。しかも全て手書きだ。

 ページの途中には様々な模様や魔法陣のようなもの、植物の図解、人の臓器みたいなものまで描かれている。かなり怪しげな本だ。それにかなり古そう。


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「ほぅ、これもまだ残っておったのか……」

 若君はその本に目をとめ、一瞬フッと笑顔を浮かべた。


 なに、その意味ありげな反応は?とは思ったが、きっとあの本にも覚えがあるのだろう。なにしろ若君はすごい年寄りだから。


「あった!ありマシた!!噛まれた時の対処法デス。まずは……これデス……聖水デス!」


 神父さんは書かれている文字を指先でたどった。それからパッと立ち上がると、ステージ下の水盤に向かい、手のひらで水を汲んできて、ドボドボとマーちゃんの首にかけた。


 こうしてマーちゃんの治療が始まった!


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 始まったはずなんだけど……


殿!」

 と、いきなり出てきたのは、じいちゃん。


「噛み傷というのは雑菌が入りやすいもの。本来ならば抗生物質の投与をするところじゃが、消毒液だけでもかけねばならん」

 神父さんはそう言われてキョトンとじいちゃんを見つめた。


「あのデスね……」

「わしは医者じゃ。信用なさい」

「デスけど……この本にはそのように書いてありまセン。これは一種の儀式デスから手順を守らないとデスね……」


「まぁまぁ任せなさい。神父殿はあなたの思うようにやりなさい。わたしは医者として勝手に手伝わせてもらうから」

 じいちゃんはそう言うが早いか、勝手に薬箱を開け、ドボドボとマーちゃんの首に消毒液を振りかけた。


 そして二人で思い思いに、いわば、マーちゃんの治療を始めた。


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「さつき、ワシらにできることはない。ここは彼らに任せよう」

 若君があたしの隣に来てそう言った。

「はい」

「芳子殿も」

 芳子ばあちゃんもうなずき、三人でベンチに座って待つことにした。


「それにしても、ここは、まるきり昔のままじゃな」

 若君はぐるりと教会の中を見回して、懐かしそうにそう言った。


 確かに古い教会だ。この中にいると、歴史の重み、みたいなものを感じる。

 五人が座れる木製のベンチには手すりから背板、脚の先まで細かい彫刻が施されている。床の所々からデンと伸びている石の円柱にも、やはりおなじように細かい彫刻がされている。壁には聖書をモチーフにしたステンドグラスが並び、円柱が支える広大な天井には鮮やかな青空と、そこに舞うプクプクとした天使たちが描かれている。

 その見事な彫刻や絵画の中に、それを作った人の意志が感じられ、その積み重ねが歴史の重みになっているようだった。


 マーちゃんが治療を受けているステージには、説教壇があり、その奥には祭壇のような所があって、さらにその背後に十字架に張り付けにされたキリストの像があった。もちろんすべてが重厚な作りだ。神様をまつるために、人間のもっている最高の技術と美術を集めました、そんな風な感じだった。


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「そうだ!」

 とあたし。そういえば吸血鬼はこういうところ苦手なんじゃなかったっけ?なんとなくここに来て安心してたんだけど、考えてみれば若君も吸血鬼なのだ。


「なんじゃ、さつき。また、なにか言いたそうじゃな」

 言い方がちょっと冷たい。ちょっと不機嫌そうな様子。でも、十字架もしっかり見ているし、苦しそうな様子もない。


「いえ、その、若君はこういうところが苦手なんじゃないかと思って」

「なぜじゃ?」

「なぜって、吸血鬼っていうのは教会が苦手だって、そう言われているからですよ」

「バカな迷信じゃ。だいたいこの教会を建てたのはワシじゃ。苦手なものを好き好んで作るわけがなかろう」


 これにはビックリした。でもそんなことがありえるんだろうか?

 で、つい聞いた。

「それ、ホントなんですか?」

「お主もよくよく疑り深い奴じゃな」

 若君はあきれたようにそういった。

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