第十章 教会襲撃
十章 ①『教会へ』
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芳子ばあちゃんの駆るベンツは、猛然と夜の町に飛び出した。
その速いこと速いこと。
ばあちゃんはおっとりとした顔で前を見ているが、その手は華麗にハンドルを操り、その両足は踊るようにペダルを踏んでいる。
「とりあえず、呼吸は安定しておる」
と、じいちゃん。こちらは元プロの医者。揺れる車の中で脈を取り、ペンライトでマーちゃんの目や口の中なんかを診察した。それからもちろん首の噛み傷も。
「先に病院に連れて行ったほうがいいんじゃないかの?ウチの病院なら器具も揃ってるし、対策もたてられると思うがな」
と心配そうにお爺ちゃん。
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「あたしもよくわかんないんだけど、若君がそう言ってるの」
ちなみにその若君はじいちゃんの隣で前を見たまま固まっている。シートベルトを握り、日本刀を胸にしっかりと抱き、目を見開いてフロントガラスを見つめている。
「まぁ若君様がそう言うんなら、そうなんじゃろうな。それにしてもありゃ一体なんだったんだ?あんなにたくさんの人間が何をしておったんじゃ?」
「あの人たち、みんな
「祟られてって……あれ全部か?なんでまた?」
おじいちゃんはちらりと若君をみた。
「そうじゃないの。この町にもう一人いるの。若君とおなじような……人が」
「なにやら込み入った事情がありそうじゃな……」
「そうなの……」
あたりはすっかり暗くなっている。まっすぐ農道を突っ走り、しばらくして丘を登る道へと直角に曲がる。それからカーブの続く坂道をすごいスピードで走り抜け、最後のヘアピンカーブを曲がると、目の前に教会が現れた。
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教会は夜空を背景に不気味なシルエットを広げてそびえたっていた。大きな十字架をかかげた尖塔が四本、夜空を貫くように延びている。前に来たときも不気味だとは思ったけれど夜はなおさら。教会というよりも魔城といったほうがふさわしい。
車は砂利をはね飛ばして敷地の中に入り、巨大な扉の前で急停車した。
「ふぅぅ」
若君が大きく息を吐いた。まるでずっと息を止めてたみたいだった。それからさっさとシートベルトをはずして車から降りた。あたしもすぐに車から降りる。
「ふむ。ここも変わっておらんな……」
若君は教会を見上げてそうつぶやいた。
「あれ、ここ知ってるんですか?」
「まぁな。それより急ぐぞ」
「はい。あたし、先行ってきます」
あたしは短い石段をかけあがり、正面扉に手をかけた。これがまたすごく重い。と、若君が来て、片手で押し開けてくれた。まるでふつうの扉みたいに。
「ほれ、急がぬか」
「は、はい!」
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教会の中には蝋燭が灯っていた。いくつものオレンジ色の灯りが、ズラリと並んだベンチをゆらゆらと照らしている。
「神父さん、こんばんわ!内羽さつきです!マーガレットさんが怪我をしてしまって、すぐに見てほしいんです!」
中央の通路を歩きながらそう叫ぶ。がらんとした空間にあたしの声が幾重にもこだまする。そしてあたしの後をマーちゃん抱いた若君、診療鞄を持ったじいちゃん、芳子ばあちゃんが続いた。
「あのー、ここは病院ではありまセンが」
ステージ横の小さな扉が開き、そこから大きな人影が背中をかがめて現れた。金色の髪、白い肌、甘いマスク、そして山盛りの筋肉。メッシュ・メイ神父だった。
「オー!コンバンワ、さつきサン」
今日はちゃんと神父さんの服を着ている。が、その服は過剰な筋肉で妙にピチピチしている。やっぱり不気味というかキモい感じ。
「後ろの方々は初めてデスね。わたしはこの教会の神父『メッシュ・メイ』デス」
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「ところで、こんな時間にどうしたデス……」
と、神父さんの笑顔が凍り付いた。その目は若君の腕に抱かれたマーちゃんに釘付けになった。
「オー!」
神父はいきなり声を上げ、両手を上げた。なんというか実に外人らしい感じで。
「オー!マーガレット、どうしましたデスか?」
若君の腕に抱かれたマーちゃんは、ぐったりと意識を失っている。神父はよろよろと若君に近づき、マーちゃんの体を受け取った。
「オォー……マーガレット……」
神父さんはマーちゃんの体を抱えてステージまで歩いていき、ステージの上にそっとマーちゃんを横たえた。それからくるりとあたしたちを振り返った。
「いったいどうしたのデス?なにがあったのデス?」
「おぬしならば分かるはずじゃ」
若君はステージに行くと、指先でマーちゃんの顎にふれ、その首筋を伸ばすように傾けた。その白い首筋には、今も血を流している二つの牙の跡がくっきりと見えた。
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「この傷は……まさか……」
メッシュ・メイ神父はその傷を凝視したままつぶやいた。
「分かるな?」
「これはヴァンパイアの仕業デスね」
若君がはて?という目であたしを見る。英語だからなじみがないのだろう。あたしはささっと通訳した。
「吸血鬼の仕業か?って聞いてます」
「うむ。そういうことじゃ。おぬし、処置の仕方は知っておるな?」
神父さんは慎重にうなずいた。
「もちろんデス。これでも神父デスからね。かまれたのはどれくらい前デスか?」
あたしはちょっとびっくりした。いや、かなり。神父さんが吸血鬼を信じてないのを知っていたから。まるで興味がないと思っていた。でも職業的には別なんだろう。という事は、ほかにも吸血鬼退治のいろんな知識を持っているに違いない。
これなら何とかなるかも。あたしにも希望が芽生えてきた。マーちゃんを救い、町のみんなを元に戻す方法があるかもしれない。これなら……
「さつき、早く神父殿に返答せぬか!」
若君がイライラとそう言った。
「すいません。えと、一時間くらい前です」
「急ぐデス。まだ間に合うかもしれません」
神父さんはスッと立ち上がり、ステージ横の扉をくぐって教会の奥へと向かった。
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