九章 ⑨『戦いの決着』
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若君がダッと走り出した。
とたんに空気が粘りつき、赤く輝きはじめた。
再び時間が停滞してゆく。
若君は一歩目で刀を上段に構え、二歩目でそれを降りあげ、三歩、四歩と歩き、五歩目で藤原君に刀を振り降ろした。
藤原君たちはあのときと同じように全く動いていない。動けないという方が正確なのかもしれない。
若君の刀が銀色の弧を描き、血の空間すべて切り裂くように、藤原君の頭に向けてゆっくりと振りおろされていく。
その時になって、あたしは初めて刀が怖いと感じる。あれは美しいものなんかではない。あれはただの人を切る道具。そのためだけに研ぎすまされた凶器なのだ。
藤原君が死んじゃう……そのことが急に胸を締め付ける。だめだ。殺しちゃだめ。若君にだれも殺してほしくない。こんな時だというのにまたそんなことを考える。そのことで頭がいっぱいになってしまう。
「やめて!殺さないで」
あたしはそう叫ぶ。でもこの空間の中では声は届かない。
若君の刀が止まることはない。銀色の弧を描いて、刀は藤原君の頭上に迫る。
その時、藤原君が動きだした。
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藤原君がゆっくりと体を横に向けた。その鼻先をかすめるようにして若君の刀は振り降ろされ、完全に空を切った。空を切ってそのまま体育館の床に突き刺さった。
だがまだ終わらない。若君はそのまま体を踏ん張り、床に突き刺さった切っ先を引き上げながら、今度は横向きに刀を払う。
藤原君の顔が苦痛に歪んだ。その目は真っ赤に充血し、白目が完全に赤くなっている。それでもその目は刀の軌道を追い続ける。
藤原君は背中をそらし、刀の下をなんとかくぐろうとする。
そうしながらも、銃を若君に向け、その引き金を引く。
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「やめて!殺さないで!」
突然血の空間が流れ落ち、あたしの声が体育館に響きわたる。
ドン!
藤原君の銃の爆発音が響く。
ゴッ!
若君の刀が何かに当たる音が響く。
そして、クルクルと天井からなにか黒い物が落ちてきた。それはゴトンと音を立てて、あたしの前に落ちた。
それは銀色の銃を握った藤原君の手だった。手首から先が銃に絡みつくようにしてついている。
「っきしょぅぅぅ!」
藤原君の絶叫が体育館に響いた。
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