九章 ⑩『さつきの切り札』
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「勝負はついたな」
若君の持つ刀から血がさらさらと床に流れ落ちた。その足下には手首をつかんでしゃがみ込んだ藤原君の姿があった。
「覚悟せい……」
若君は刀を振りかぶった。
「なぁちょっと待てよ!一つ聞きたいことがあんだよ」
藤原君は急にそんなことを言い出した。
「待てぬな」
「ちょっと、待てって。たのむから答えてくれ。あんたさ、ここにいる全部の人間を殺すつもりなのか?」
「それが領主のつとめじゃからな」
若君は平然と答えた。
「すげぇな、それ。皆殺しかよ」
「一人たりと残すわけにはいかぬ。これよりこの場のすべての者を切り伏せる。じゃが、まずはおまえからじゃ」
藤原君はヘッと口の端で笑い、それから首を伸ばした。
「分かったよ。交渉の余地はねぇな。オーケー。俺はここまでだ。やってくれよ」
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と、そこにゲンジ君が進み出た。
「……だめだ、殺させない」
「ああ、さっきのようにはいかないぜ」
マザキ君がゲンジ君の横に並んだ。
「死ぬのはあんた一人でイイんじゃね?」
クサナギ君も若君に近づいてくる。アラガワ君も黙ってその隣に並ぶ。
「来るな!」
藤原君が叫ぶと、四人は足を止めた。
「おまえたちは逃げろ。逃げて計画を実行しろ。今戦っても勝ち目はねぇ」
だが四人は動かなかった。動けなかった。四人はすでに若君の間合いの中にいた。
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「行け!行けよ!行けったら!」
藤原君はわめいたが、やはり動けない。
「皆、そこから動くな。おまえたちもすぐに後を追わせてやる」
若君は冷たくそう言って、刀を握る手に力を込めた。
だが、もう一人が若君の前に進み出た。
若君の前に回り込み、藤原君との間に立ちはだかった。
「お願いだから、誰も殺さないで!」
それはあたしだった。
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「なんのまねじゃ、さつき」
若君は静かにそう言った。若君の場合、そういう態度が一番恐ろしかった。それでもあたしは若君の前に立ち、藤原君を守るように両手を広げた。
「なんのまねじゃ、と聞いておる」
「お願いです。誰も殺さないでください!」
「こやつらを野放しにすれば国が滅ぶ。数が増えすぎたが、まだ間に合う」
「それでもだめです!」
「わからぬやつじゃな。こうなっては仕方ないのじゃ」
「そんなことないです!もっと方法があるはずです。みんなを助ける方法がきっとあるはずです!」
「殺すことのみがその方法だ。そうせねば、民は守れぬ。さぁ、そこをどけ!」
若君は左手を伸ばし、あたしの体を脇へどけようとした。
でもあたしは動かなかった。
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どうしてこんなことしてるんだろう?
なんでこんなに意地になってるんだろ?
あたしはその問いの答えを見つけていた。
これはあたしの信念だ。
あたしにとっての正義だ。
ここで退くわけにはいかない。
後悔だけはしたくないから。
「どきません!なにが領主ですか!さっきから人を殺す殺すって!簡単に人の命を奪うような人のどこが立派な領主なんですか!」
若君の目がスッと冷たい光を帯びた。ゾクリと背筋がふるえるような、冷たく恐ろしい光だった。
「おまえにはわからん。民の命を守るのがどういうことか」
「守ってなんかないじゃない!」
若君の顎がかみしめられた。かなり怒らせてる。でもあたしも頭にきていた。
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「さつき、話なら後で聞いてやる。今はそこをどけ。どかぬならそこを押し通る」
これが最後通告だった。なにをいっても若君は聞いてくれない。かといって力づくでどうにかなるわけもない。
それでもあたしはあきらめきれなかった。
「お願いです若君。あなたに誰も殺してほしくないんです。誰にも死んでほしくないんです。お願いだから刀を収めてください」
「なぜ俺が、領主のこの俺が、家臣の願いを聞かねばならぬ?」
若君は最後にそう言った。
家臣……そう……家臣ね。
その言葉にあたしの怒りがぶちぎれた。
「あたしの言うことが聞けないなら……」
あたしは噛みつくようにそう言った。
「なら、なんじゃ?」
「……もう、あたしの血は、飲ませません!」
あたしは体育館中に響く大声でそう宣言した。
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