九章 ⑦『若君と藤原君の対決』

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 あたしは体育館の中に後退した。

 そうするしかなかったのだ。


 体育館の入り口を取り囲むように、ずらりと吸血鬼が並んでいた。制服を着ているかつてのクラスメートたち、剣道部にいた三人の女の子もいる、それからみんなの家族たち、学校の先生たち、警察官の北岡さんもいた。


……チチチ……チチチ……チチチ……


 まるで鳥の鳴き声のように、彼らの口から同じつぶやきが漏れだし、唱和し、あたりの空気をふるわせていた。


「だから無理だって。作戦は完璧だからさ」

 藤原君はよろよろと立ち上がったところだった。


「ほら、おまえらもさっさと立てよ」

 藤原君がそういうと、投げ飛ばされた四人も立ち上がった。みんながそれぞれダメージを受けたところをポキポキと修正している。それだけで元通りになったみたいだった。


 タンカを切った手前、なんとなく気まずい感じではあったけれど、あたしは若君の所まで戻った。


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 マーちゃんは首をガクンと後ろにのけぞらせ、呆然と天井を見上げていた。


「マーちゃん……」

 あたしが呼びかけると、マーちゃんの目に光が戻り、少し首を動かしてあたしを見た。よかった。意識はあるみたい。だが、その傷口から血がトロリと流れだした。


「……ごめんね、ごめんね、マーちゃん」

「仕方ないよ……でも、ちょっと怖いな。あたしも吸血鬼になっちゃうのかな……」

 あたしは悔しさと悲しさに、ギュッと自分の両手を握りしめた。


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「……まったく、とんだ騒動を引き起こしてくれたものじゃ」

 若君は床にそっとマーちゃんを降ろしながらそう言った。


「こうなっては仕方ない。

 若君は立ち上がり藤原君に向き直った。態度も言葉も冷静なのに、その全身から気迫が固まりになって吹き寄せた。

「子供だからと容赦はせぬぞ」


「あんたさ、ちょっと古いんじゃない?頭とか考え方とかさ」

 藤原君も体育館の中央にツカツカと歩いていき、若君の真正面に相対した。

「それじゃあ、俺には勝てないぜ」


 藤原君はバッとジャケットの裾を跳ね上げると素早く腰に手を回した。

「刀では銃に勝てない、それと一緒だよ」


 藤原君の手には銃が握られていた。吸血鬼退治のためのあの銀色の大きな銃。もちろんその銃口はぴたりと若君に向けられていた。


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「ほう、また懐かしいものが出てきたな」

 若君はちょっと驚いたようにそう言った。


「へぇぇ。これがなんだか知ってんのか。なんか吸血鬼退治の銃らしいぜ」

「よぅ、知っておる。ワシも何度か撃たれたことがある」

「じゃ、効き目も知ってるよな」

 藤原君はそのまま引き金を引いた。あまりにもあっけなく、何でもないことみたいに。だがドンと火薬が弾ける音は別だった。そこから飛び出す、肉を裂く弾丸は凶悪な死をまとっていた。

 あたしは瞬間、顔を背けた。


「やっぱりなぁ。。あんたにはこの弾丸がけられるかもしれない。でも。さすがに後ろの二人は避けられねぇからな」


「クッ……こざかしいまねを」

 あたしの位置からは若君の背中しか見えなかった。大きな背中が壁のようにそびえ立っているだけ。と、若君の足下にポタポタと血の滴が落ちた。


「若君……まさか……」

「心配無用じゃ」

「その余裕がいつまで続くのかね?」

 藤原君はガチリと撃鉄を起こした。


 だめだ……このままじゃだめだ……それは分かってるのにどうしていいか分からない。


 その時だった……

 芳子ばあちゃんのベンツが猛然と体育館の中に飛び込んできたのは!

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