九章 ④『絶体絶命』

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 現れたのは藤原君だった。両手で扉を押しあけ、ゆっくりとした足取りで体育館の中に入ってくる。


「マジ痛かったぜ、まだ傷がふさがんね」

「来ないで!」

 マーちゃんは拳銃をピタリと藤原君に向け、大きな声でそう言った。体育館のガランとした空間にその声が反響した。


「このまま、あんたの仲間を連れて、ここから出ていって!」

「おまえさ……」

 藤原君はそれから少し考え込んだ。

「名前、マーガレットだったっけ?」


「そ、そうよ……」

「なんか見た目だけじゃなくて、思考パターンまで、まんま外人なのな」

「だからなによ!」

「拳銃持ってりゃ神様になれると思ってんだろ? なんでも思い通りに命令できるって?」

「そんなことないよ」

 藤原君の姿がかすんで消えた。


「……


 次の瞬間、藤原君はマーちゃんのすぐとなりに立ち、内緒話でもするみたいに、マーちゃんの耳にささやいていた。


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 マーちゃんはビクリとして藤原君を見上げた。その目は恐怖に見開かれている。


「これは預からせてもらうかんな……」

 藤原君は簡単にマーちゃんの手から銃を取り上げ、くるりと回してから腰のベルトに差し込んだ。

「……よくも俺を撃ちやがって……血はドバドバでるし、傷は塞がんねぇし、痛てえし」


 藤原君はマーちゃんの肩にぽんと右手を置き、それからゆっくりと歩きながら背後に回り、そこで立ち止まると両肩をがっしりと掴んだ。マーちゃんの背中がビクリと震えた。


「……償いはしてもらうぜ。おまえの血でな」

 藤原君は少し首を傾け、マーちゃんの首すじに頭を埋めてゆく。


「やめて、藤原君!」

 あたしがそう叫ぶのと同時に、


「待てよ藤原ぁ!」

 誰かが体育館の入り口で声を張りあげた。


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 体育館の扉の向こうから、のっそりと四つの人影が現れた。ひょろりと背の高いマザキ君、がっしりとした体格のゲンジ君、ぽっちゃり体型のアラガワ君、最後に背の低いクサナギ君。四天王の勢ぞろいだった。


「藤原よぉ、そいつは俺にくれよ」

 アラガワ君がだらりと顎をたらし、血まみれのよだれを引きながらそう言った。


「そうだぜ、おまえいっつもそうだ、いっつもおいしいとこ、もってきやがってよ」

 クサナギ君は熱でもあるみたいに目をぎらぎらと剥いている。


 ゲンジ君とマザキ君は黙って立っているけど、やっぱり口のまわりが血まみれだった。


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 あたしにはその四人がのように見えた。まるで違う世界の生き物。殺すことが当たり前の、、そういう世界に生きる動物。


「これは俺の獲物だ。おまえら下がってろ」

 藤原君は一段低い声でそう言った。するとその場の空気がピンと張りつめた。不穏な空気。殺意みたいなものが、電気のようにビリビリと充満していく。


「おまえ、おれらに命令するつもりかよ?」

 マザキ君はチャキッとナイフを振った。そして刃先を藤原君に向けた。

「そういうの、違うんじゃないか?」

 ゲンジ君は握ったコブシをぽきぽきとならした。


「俺は血を流しすぎてんだ。おまえらに分ける余裕はない。これは命令だ。先に次の標的にむかってろ!」


 藤原君はそう言ってから、誰にも聞こえないように小さく毒づいた。

「……ったく、もう退してやがるのか……」


 もちろんあたしの地獄耳にはちゃんと聞こえていた。

 でも退化ってなに?


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 そう言えば……なんで四天王の人たちはちゃんと喋ってんだろう?

 たしか他の吸血鬼たちはチチチと言うだけで、なにも喋っていなかった。というか人としての意識みたいなものが消えている感じだった。


 これには何か法則みたいなものがあるのかな?ルールみたいなものが。


 例えば吸血鬼の本体に近いほど意識が残りやすくて、それだから命令みたいなものが出来るようになってて、離れるほどロボットみたいになっていくとか。

 それか時間がたつほど人としての意識が薄れていくとか。それなら退化、というのも説明が出来るのかも。


 でもそれをじっくりと考える時間はなかった。この状況の中では無理だ。でも、この仲間割れにはつけ込めるかもしれない。逃げるチャンスができるかも。


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 藤原君はマーちゃんの首から顔を上げた。


 四天王はその場から動かず、じっと藤原君を睨みつけている。と、アラガワ君が我慢できずに一歩前に出た。

「じゃ、じゃあさ、そっちのくれよ!」

 アラガワ君がそう言って指さしたのは、だった。


「そっちのなら、いいだろ?な?」

 血まみれの口に指をくわえ、子供みたいな口調で言った。演技ではなく、本当に大きな子供みたいだった。


「だめだ。そいつも俺のなんだよ」

 藤原君は冷たくそう言った。なんか助けられた気分になったけど、もちろん違うだろう。ただ自分の獲物をキープしただけだ。


「藤原……仲間に対して、そういう言い方、ないんじゃないか?」

 ゲンジ君が再び言った。そしてゆっくりとこっちに向かって歩きだした。がっしりとした体格、体にまとっている戦いの雰囲気は、他の三人とはまるで違う。

 そしてゲンジ君に続いて、アラガワ君、マザキ君、クサナギ君も近づいてきた。


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「ったく……」

 藤原君はそうつぶやき、それからパッとマーちゃんの体をはなした。


「わかったよ、こっちをやる」

 そう言ってマーちゃんの背中をドンと押した。その勢いに、マーちゃんはよろけるように前に進み、立ちどまったところで、四天王に囲まれてしまった。


「ありがと。おまえやっぱいい奴だ」

 アラガワ君がマーちゃんを正面からがっちりと捕まえた。

「アラガワ、俺たちのぶんも考えろよな」

 とマザキ君。そう言いながらマーちゃんの右側に回り込む。

「てめぇはいっつも喰いすぎるんだからよ」

 とクサナギ君。彼は左側に。

「忘れるな、仲間だってこと」

 ゲンジ君は背後に回り、マーちゃんは完全に囲まれてしまった。


「じゃ、まずは俺が一口ね」

 アラガワ君が大きく口を開き、のしかかるようにマーちゃんの首に顔を埋めた。


 そしてマーちゃんの長い悲鳴が体育館に響きわたった。


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