九章 ③『籠城』

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 体育館の中はひんやりとしていた。扉の隙間から首を伸ばして中の様子をうかがったが、無人のようだった。ワックスを塗ったフローリングの床が、わずかな光に白く輝いている。


「なにかで閉じなきゃ」とマーちゃん。

「そうだね」

 あたしは急いでそこら中を探し、モップを二本見つけてきた。扉の取っ手に二本とも差し込んで簡単な鍵にする。マーちゃんがリボンをはずし、ずれないようにモップを縛る。


「これで少しは時間が稼げるね」

「少しだけどね」

 二人で体育館のなかに入ってゆく。ガランとした体育館。剣道教室にきていたのが、ずいぶん昔のことのように思える。


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「これからどうする?」とマーちゃん。

「若君が目覚めるまで粘るしかないよ。あとは、あたしは家に助けを呼んでみる」

「あたしもパパに連絡してみる。パパならまだ何とかできるかもしれない」


 あたしたちは携帯電話をカバンからひっぱりだした。わなわな震える手で画面を操作し、それぞれの家に電話する。

 呼び出し音にしばらく耳を澄ましていると、おじいちゃんが電話に出た。


「はい、もしもし、内羽です」

「おじいちゃん!」

「おお、さつきか。なんじゃこんな時間に電話なんかしてきおって?分かったぞ。じいちゃんにデエトのお誘いだな?」


 じいちゃんはノホホンとした口調で、平和そのもので、ちょっとイライラする。仕方ないのは分かっているんだけど。


 そして隣ではマーちゃんが、

「信じらんない!こんな時に出ないなんて」

 イライラと通話を切っていた。


 大人ってのはみんなそういうものだ。

 肝心なときに頼りにならない!


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「今、おじいちゃん一人?」

「ん?ばあちゃんがいるぞ。どっちもな」

「あのさ、いま学校が大変なことになってるの。車で助けにきてほしいの」


「なんじゃ?なにがあったんじゃ?」

 じいちゃんの口調が真剣になった。

「詳しく話してる時間がないの……」


 その時、体育館の扉に何かがガン!とぶつかった。

 それからもう一度、ガン!

 その音が体育館のなかでワンワンと反響している。

 それから、ガンガンガン!

 体育館の扉がふるえ、つっかえのモップがたわんだ。


「なんじゃ?何の音だ?」

「……とにかくお願い」

 あたしは携帯電話にささやき、急いで電源を切った。


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「間に合うといいんだけどね」

 とあたし。もう逃げる場所はない。ここが最後の砦。完全な行き止まりだ。今はただモップが少しでも持ちこたえてくれるのを見守るだけだ。


「あとは自分で行動するしかないよ」

 マーちゃんは静かにそう言って、銀色の大きな銃を持ち上げ、入り口に向けた。

「もうこうするしかないよ。ごめんね、さっちゃん」


 こんな時になって、あたしはマーちゃんの芯の強さを知る。あたしは他人に助けてもらうのを待つだけ。マーちゃんは自分で決断して行動する。この差はあまりにも大きい。


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 それでもやっぱりあたしはマーちゃんに誰も殺してほしくなかった。たとえ吸血鬼だって、誰も傷ついてほしくなかった。


「仕方ないのかな?もっといい方法はないのかな?」

「話が通じる相手じゃないしね。今は考えてる場合じゃないんだと思うよ。二人で生き残るためにね」


 ガン!扉がたわみ、モップの一本にヒビが入って曲がった。


 ガン!モップの一本が真ん中で折れて、床に転がった。


 ガン!最後の一本が真ん中から砕けるようにして散らばった。


 そして鉄の扉がゆっくりと開かれた。

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