第九章 若君の初陣
九章 ①『戦いの幕が上がる』
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とうとう戦いが始まった。
というか、一方的な殺戮が。
厳密にはみんなが後で甦るのだけれど、
やっぱりこれは殺戮に違いなかった。
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あたしはちらりと用具室を振り返った。
若君……
なんとかできる人がいるとすれば、それは若君だけだった。でも協力してくれるかどうかは分からない。それにいくら若君でもこの人数相手にどうにかできるとは思えない。それでも頼りは若君だけだった。今は弱って眠っている若君だけだった。
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周りでは生徒たちの悲鳴がやんでいた。今は風の音ばかりが聞こえている。
校庭に残っているのは藤原君だけ。藤原君は校庭の真ん中に一人で立ち、校舎を見上げている。今のところ襲ってくる気配はないが、あたしとマーちゃんはたぶん彼の獲物なんだろう。
それでもあたしは生き残る。内羽の血を継いだあたしは生き残る。でもマーちゃんだけはそうはいかない。
「マーちゃん、逃げよう…」
あたしは声をひそめてそう言った。
「逃げるって、どこへ?」
「とにかく学校の外」
「若君さんはどうするの?」
「あの人なら自分でなんとかするよ」
「そうだよね。わかった」
「行くよ」
二人でうなずき、それから横向きにダッと走り出した。
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だが、走り出せたのは、わずかに一歩か二歩だった。目の前に突然藤原君が出現し、二人の行く手をふさいだ。
「そんなん、無理だって」
そうなってみて、改めてあたしは藤原君が吸血鬼になっていることを実感した。この瞬間移動みたいな技は若君と同じだ。
「マーちゃん、下がって」
あたしはマーちゃんを背中にかばって、両手を広げた。あたしならなんとかなる。マーちゃんだけは守らなくちゃ。
「初めて見たよ。そういうシーンさ……」
藤原君がジャリッと足を滑らせて近づいてくる。
「……身を挺して、人をかばうとこ……っての?」
藤原君の右手がサッと伸びて、あたしの首元をがっしりと押さえた。
「……おまえ、なかなかいいトコあんのな」
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あたしの頭は藤原君に引き寄せられ、藤原君はカッと口を開き、牙をむき出して、あたしの首に顔をうずめてくる。だめだ。抵抗できない。
「マーちゃん……」
最後の勇気を振り絞ってそっとささやく。
「……今のうちに逃げて……」
マーちゃんがズッと横にずれたのが聞こえる。そっとあたしから離れる。大丈夫。そんなんで友情が壊れたりしない。だから今は逃げて。
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藤原君の牙があたしの首筋に触れた。鋭くとがった二本の牙が、プツンと皮膚を破る。あたしは目を閉じる。瞼の裏にあたしだけの暗闇が広がる。
あたしは死ぬかもしれない。血がなくなるまで吸われるかもしれない。そのことをちょっと忘れてた。今さら気づいても遅いんだけど。
「――さっちゃん――」
暗闇の奥からマーちゃんの声が聞こえてきた。ささやくような小さな声で、あたしの名前を呼んでいる。そして冷たく硬い何かが脇腹のあたりにそっと差し込まれた。
「――動かないでね――」
そして次の瞬間、
ドォォン!
暗闇をふきとばすように轟音がはじけた。
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