八章 ⑭『学校襲撃』

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「すげえじゃん。よくわかったな」

 答えたのは藤原君だった。逆光になっていてその顔はよく見えない。ポケットに手を突っ込み、悠然と歩いてくる。かなり離れているはずなんだけど、まっすぐこっちを見て話している。

「なんだよ内羽、逃げなかったんだな。せっかくチャンスをくれてやったのによ」


「藤原君、これは、あなたがやってるの?」

 あたしは叫ぶようにして聞いた。二人の間をまた風が走り抜けた。砂煙の向こうで、藤原君が歩みを止めた。


「もちろんさ。完璧な作戦だろ?」

「こんなことしてどうするつもりなのよ!」

「どうもしないさ。ただ、この町の奴らを全員、と思ってさ。ま、お仕置きみたいなもんだよ」

「なんでよ、なんでそんなことするのよ!」


 あたしがそう言うと、急に藤原君の顔が憎しみに歪んだ。だがそれから仮面が剥がれ落ちるように無表情に戻った。

「こいつらみんな腐りきってるからさ」

「そんなことないよ!」

「いいや、そうなんだよ。おまえは知らないだろうけどな。町の大人どもはみんな腐りきってるのさ」

「なんでそんなこと分かるのよ!」

「俺には分かってるのさ。それだけさ」


 藤原君は何でもないことのように言う。そしてあたしはその言葉が正しいことを何となく感じる。

 藤原君はなにかを知っているのだ。その何かにものすごく怒っているのだ。

 それが何かは分からないけど、藤原君は嘘をつくタイプじゃないし、目的も理由もなしにこんな事をする人間じゃない。


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「あの事故の事と関係があるの?」

 そう聞いたのはマーちゃん。事故?……そうか、あの体育館の事故だ……吉永さんが怪我をし、藤原君が決定的に変わってしまった、あの立て替え工事の事故。


「てめぇ……」

 藤原君がピクリと身を震わせた。怒りが身を包むのがはっきりと分かる。図星だったのだ。藤原君は冷たい目でマーちゃんを睨みつけた。が、その怒りもまたすぐにはがれ落ちて、彼はにやりと笑った。


「……関係ねぇよ。俺はそうできるから、そうする。それだけだよ」

 藤原君は再び歩きだした。

「話が過ぎたな。ま、おまえらが悪い奴だとは思わねぇけど、てか、結構借りがあるとは思うんだけど、ま、運が悪かったと思ってあきらめてくれ」


 ゆっくりと歩きながら、ポケットから右手を抜き出した。その手をめんどくさそうに持ち上げ、それからスラリと指の先を揃えた。それから肩越しに後ろを振り返り、静かに命令を伝えた。


「おまえら先に始めてろ。一人も残すんじゃねぇぞ」

 それから揃えた手の先をサッと校舎に向けて降り下ろした。


!」


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 こうして地獄の釜に火が投げ込まれた。


 その合図の瞬間、藤原君の背後の人影がかすみ、それから人間とは思えないすごいスピードで走り出した。黒い稲妻のような影が、幾筋も幾筋も校庭を走り抜けた。


 校庭にいた女生徒の一人がつかまった。それまで走っていたのに、次の瞬間にはその首筋にがっちりとマザキ君が噛みついていた。


 玄関前では体育教師の黒崎先生が出てきたところだった。ジャージ姿で竹刀を降りあげている。だが次の瞬間にはその竹刀はサツコちゃんの右手に握られ、その首には深々と牙が突き立てられていた。


 フェンスをよじ登って逃げ出した生徒は、その途中で子供の吸血鬼に捕まっていた。三人の子供が、背中や手に張り付き、制服の上からあちこちに噛みついていた。


 黒い稲妻は獲物を探して次々と駆け抜けていった。玄関には生徒たちが殺到していた。だが次の瞬間には、すべての生徒に一人ずつ吸血鬼が噛みついていた。


 沈黙が流れた……噛まれた生徒たちがドサリと崩れ落ちた。風が吹き抜け、それから生き残った生徒たちが悲鳴を上げ始めた。校舎の中でたくさんの生徒がパニックになっていた。それが窓ガラスの向こうに見えた。


「一人も残すなよ!」

 藤原君の号令とともに、黒い稲妻が玄関口に次々に駆け込んでいく。黒い影は次々と吸い込まれていき、音もなく校舎の中に広がっていった。


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 学校中で悲鳴と絶叫があふれた。


 吸血鬼の力は圧倒的だった。

 その圧倒的な力の前では、

 誰も逃げることはできなかった。

 誰も立ち向かうことができなかった。


 ただただされるがまま、

 襲われるまま、

 首筋に牙を突き立てられ、

 ゴクゴクと血を吸われていた。

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