八章 ⑭『学校襲撃』
✚
「すげえじゃん。よくわかったな」
答えたのは藤原君だった。逆光になっていてその顔はよく見えない。ポケットに手を突っ込み、悠然と歩いてくる。かなり離れているはずなんだけど、まっすぐこっちを見て話している。
「なんだよ内羽、逃げなかったんだな。せっかくチャンスをくれてやったのによ」
「藤原君、これは、あなたがやってるの?」
あたしは叫ぶようにして聞いた。二人の間をまた風が走り抜けた。砂煙の向こうで、藤原君が歩みを止めた。
「もちろんさ。完璧な作戦だろ?」
「こんなことしてどうするつもりなのよ!」
「どうもしないさ。ただ、この町の奴らを全員、地獄にたたき込んでやろうと思ってさ。ま、お仕置きみたいなもんだよ」
「なんでよ、なんでそんなことするのよ!」
あたしがそう言うと、急に藤原君の顔が憎しみに歪んだ。だがそれから仮面が剥がれ落ちるように無表情に戻った。
「こいつらみんな腐りきってるからさ」
「そんなことないよ!」
「いいや、そうなんだよ。おまえは知らないだろうけどな。町の大人どもはみんな腐りきってるのさ」
「なんでそんなこと分かるのよ!」
「俺には分かってるのさ。それだけさ」
藤原君は何でもないことのように言う。そしてあたしはその言葉が正しいことを何となく感じる。
藤原君はなにかを知っているのだ。その何かにものすごく怒っているのだ。
それが何かは分からないけど、藤原君は嘘をつくタイプじゃないし、目的も理由もなしにこんな事をする人間じゃない。
✚
「あの事故の事と関係があるの?」
そう聞いたのはマーちゃん。事故?……そうか、あの体育館の事故だ……吉永さんが怪我をし、藤原君が決定的に変わってしまった、あの立て替え工事の事故。
「てめぇ……」
藤原君がピクリと身を震わせた。怒りが身を包むのがはっきりと分かる。図星だったのだ。藤原君は冷たい目でマーちゃんを睨みつけた。が、その怒りもまたすぐにはがれ落ちて、彼はにやりと笑った。
「……関係ねぇよ。俺はそうできるから、そうする。それだけだよ」
藤原君は再び歩きだした。
「話が過ぎたな。ま、おまえらが悪い奴だとは思わねぇけど、てか、結構借りがあるとは思うんだけど、ま、運が悪かったと思ってあきらめてくれ」
ゆっくりと歩きながら、ポケットから右手を抜き出した。その手をめんどくさそうに持ち上げ、それからスラリと指の先を揃えた。それから肩越しに後ろを振り返り、静かに命令を伝えた。
「おまえら先に始めてろ。一人も残すんじゃねぇぞ」
それから揃えた手の先をサッと校舎に向けて降り下ろした。
「行け!」
✚
こうして地獄の釜に火が投げ込まれた。
その合図の瞬間、藤原君の背後の人影がかすみ、それから人間とは思えないすごいスピードで走り出した。黒い稲妻のような影が、幾筋も幾筋も校庭を走り抜けた。
校庭にいた女生徒の一人がつかまった。それまで走っていたのに、次の瞬間にはその首筋にがっちりとマザキ君が噛みついていた。
玄関前では体育教師の黒崎先生が出てきたところだった。ジャージ姿で竹刀を降りあげている。だが次の瞬間にはその竹刀はサツコちゃんの右手に握られ、その首には深々と牙が突き立てられていた。
フェンスをよじ登って逃げ出した生徒は、その途中で子供の吸血鬼に捕まっていた。三人の子供が、背中や手に張り付き、制服の上からあちこちに噛みついていた。
黒い稲妻は獲物を探して次々と駆け抜けていった。玄関には生徒たちが殺到していた。だが次の瞬間には、すべての生徒に一人ずつ吸血鬼が噛みついていた。
沈黙が流れた……噛まれた生徒たちがドサリと崩れ落ちた。風が吹き抜け、それから生き残った生徒たちが悲鳴を上げ始めた。校舎の中でたくさんの生徒がパニックになっていた。それが窓ガラスの向こうに見えた。
「一人も残すなよ!」
藤原君の号令とともに、黒い稲妻が玄関口に次々に駆け込んでいく。黒い影は次々と吸い込まれていき、音もなく校舎の中に広がっていった。
✚
学校中で悲鳴と絶叫があふれた。
吸血鬼の力は圧倒的だった。
その圧倒的な力の前では、
誰も逃げることはできなかった。
誰も立ち向かうことができなかった。
ただただされるがまま、
襲われるまま、
首筋に牙を突き立てられ、
ゴクゴクと血を吸われていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます