八章 ⑫『悪夢は夕焼けとともに』
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時間は這うようにノロノロとすすむ。
まったく長い一日だ。午後の授業は再び活気を取り戻し、みんなの果てしない私語の洪水の中、先生の孤独な授業が嵐にもまれるボートのようにゆらゆらと進む。
それにしてもこの秒針のすすむノロサはなんなんだろう。マーちゃんのことも気になるし、もちろん若君のことも気になる。それでもなんとか五時間目が終わり、六時間目も終わって、ようやく解放される。
と思ったらなんと、あたしは今週の掃除当番だった……がっくり。
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えーい、掃除か!
いらいらしつつも、さっさとほうきでゴミを集め、拭き掃除を片づけ、最後にゴミ箱を持ち上げる。燃えるゴミの大きなゴミ缶。これを焼却炉に持っていけば終りだ。
「一人で大丈夫?」
クラスメートの声に無言でうなずき、ひと抱えもあるグレーのゴミ缶を持ち上げ、チャッチャと教室を出ると、急いで焼却炉へと向かった。
体育館脇の通路を通って、まだ用具室の前でがんばっているマーちゃんに小さく手を振る。校庭では、生徒たちが下校をはじめ、ぞろぞろと歩きだしている。それ以外の生徒はユニフォームに着替え、それぞれの部活の練習場所に向かっている。
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まずいな。部活が始まると、用具室を使う人たちが出てくるかもしれない……
「急がねばなるまい」
なんて若君の口まねをしながら、体育館をぐるりとまわって焼却炉にたどりつく。年季の入った焼却炉の、その大きな鉄の蓋を開けてゴミ缶の中を移す。プリントがあって、誰が持ち込んだのかマンガがあって、最後にはティッシュが落ち始める。
「む、ずいぶん多いな……」
雪のようにふんわりと、丸めたティッシュばかりが落ちてゆく。落ちてゆく。まだ落ちてゆく。
「まだあんの?」
ガンガンと叩きつけながら、さらにティッシュを落とす。ティッシュはまだまだ落ちてくる。と、そこに赤いシミが見えた。
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いやな予感がした。
あたしはゴミ箱を地面におろした。ゴミ箱の底にはまだティッシュが詰まっていた。どのティッシュにも赤黒いシミがついてるように見える。
「嘘でしょ……?」
おそるおそるその中の一枚を取り出して、広げてみる。小さな赤い血の跡がポツンポツンと二つ並んでいた。
「これって……」
ポツンポツンと並んだ血の跡。この跡にはもちろん見覚えがあった。あたしが若君に噛まれた時につく血の跡と同じ。その間隔も大きさも。
「なんでこんなに?」
答えは単純かもしれない。それだけの数の生徒がすでに噛まれていたのだ。たぶん、そのすべての生徒が今日学校を休んでいる。クラスの半分、たぶん二十人くらい。藤原君もそう、自称四天王のみんなもそう、剣道部の女の子たち、そのほかのクラスメートも。
あたしは校舎を振り返った。校舎の窓ガラスがオレンジ色に染まっていた。
「まさか……」
その疑いを裏付けるように、校門のあたりでとつぜんかん高い悲鳴が上がった。それは恐怖に満ちた、絶叫にも似た悲鳴だった。
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