八章 ⑪『さつき、秘密を話す』
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そういうわけであたしは一人教室に戻った。戻ったとたんに、予想していたとおりの質問責めが始まった。フラッシュはないけど芸能人の離婚会見みたいな騒ぎだ。
「さつき、今の人誰よ?」
「絶対、モデルでしょ?」
「俳優でしょ?」
もちろん答えられるわけがないので、黙って質問の嵐を浴びている。なぁーんにも答えない。それでも質問はやまない。
「何歳なの?」
「絶対テレビで見たことあるよ、なにに出てた?」
「大学生?それとも社会人?」
「ねぇ、なんか答えてよぉ」
それからあたしはいきなり立ち上がった。それから右手を挙げて、みなさん静粛に、と合図。みんなが黙るのを待って、それからエヘンとひとつ咳払い。
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「えー、あの人はあたしの親戚のお兄さんです。モデルでも俳優でもないし、有名人じゃありません。あとはノーコメントです」
そう答えただけで、みんなからエーッと抗議の声があがった。
「なによ、独り占めして」
「ずるいんじゃない」
「じゃあ、遊びに行ってもいい?」
「っていうか、行こうよ」
「行くしかないでしょう」
などとみんなで盛り上がりだした。
まずいな、この展開は。本当に来たらどうしよう?
まさか本当のことをいうわけにもいかないし。
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やっぱりごまかすしかないな。
「……やめた方がいいと思うよ……」
静かに答える。
「あたしも本当に詳しくは知らないの。でもね、いつも日本刀を持ち歩いてて、なんか普通の人とは違うみたいなの。分かるでしょ?話し方も変だし、たぶんだけどあの人……そのスジっていうか……」
そこで言葉を切った。クラスがシーンとした。みんなの脳裏には若君の怒鳴り声がよみがえったに違いない。そして若君がヤクザか何かだと思ったに違いない。
「ごめんね、みんな。ホントあんまり詳しく話せないの。ていうか止められてるの。ただあの人、学校をまともに出てないから、どうしても一度授業を受けたいって、そう頼まれたもんだから……」
あたしはだめ押しでそう言った。するとあたしの周りからレポーターが引き上げていった。一人また一人、やがて誰もいなくなり、その隙間を埋めるように次の授業のチャイムが鳴ったのだった。
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マーちゃんは保健室で休んでいる設定にして、あたしはそのまま授業を受けた。ま、頭の中がいろいろからまっていたから、もちろん話はほとんど聞いていない。
休み時間になるとマーちゃんのところへ行き、用具室の前に座り込んでいるマーちゃんと話をした。幸い、今日はどのクラスも用具室を利用していないらしく、今のところ、扉は閉じられたままだった。
昼休みには、マーちゃんのカバンを持って行った。二人でお弁当を食べるためだ。マーちゃんは忠実な番犬のように、扉の前にじっと座っていた。
「マーちゃん、お昼持ってきたよ!」
あたしはちょっと驚かそうと、マーちゃんの鞄を放り投げた。
「う、うわぁぁぁ」
マーちゃんは空中の鞄を見て、ものすごくあわてた。あたふたと手をのばし、ちょっとバウンドさせながらも、しっかりと胸に抱きとった。そこで大きく安堵の息を吐いた。
「ナイスキャッチ!」
マーちゃん、ちょっと大げさだなぁ、と思いつつもあたしは明るく呼びかける。
「うん、まぁね」
マーちゃんはなにかごまかすような笑いを浮かべ、鞄の中から、サンドイッチの紙袋を引っ張りだした。
「だいじょぶ?」
「もちろん。さ、お昼にしよ。あたしおなかペコペコだったんだ」
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「今日の若君さんさぁ、すっごく決まってたよね。和服もいいけど、スーツってのもまた捨てがたいよね」
マーちゃんはサンドイッチをちょっとずつかじりながら、そう言った。あたしも隣でお弁当を食べながら答えた。
「あ、あれね。お父さんのスーツなんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。若君はスーツ持ってなかったから、お父さんから借りたの。でも、同じスーツには見えなかったね」
あたしがそう言うと、マーちゃんはウフフと可愛らしく笑った。マーちゃんはとてもかわいくほほえむことができる。あたしにはどうしてもそれができない。何度か練習してるのだけど、あたしがやるとなんか不気味になってしまうのだ。
「ねぇ、さつきちゃん」
「なあに?」
「若君さんってヴァンパイアでしょ?」
マーちゃんはいきなり切り込んできた。しかも確信たっぷりに。あたしは一瞬、適当な話をしてごまかそうと思った。でもそれは本当に一瞬。
「本当のことを話すから、誰にも言わないでくれる?」
「もちろん。約束する」
まだ途中だったけど、あたしはお弁当のふたを閉じた。マーちゃんも食べかけのサンドイッチを袋に戻した。
こういうところは律儀な二人。
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「マーちゃんの考えているとおり、若君はバンパイアだよ」
マーちゃんの手元で紙袋がクシャッと音を立てた。
「でもね! あの人は、悪い吸血鬼じゃないの。ナナちゃんのお母さんを噛んだのもあの人じゃないの!」
あたしは続けて一気にそう言った。
「そうなの?」
マーちゃんの声もやわらいだ。
「うん。本人がはっきりそう言ってた。あたしちゃんと聞いたの」
「そっかぁ。そうだよね。なんかちょっとホッとしたかな。いや、かなりかな。なんか、あり得るのかもって思ってたんだ」
「じつはあたしも」
それから二人でにっこりと笑った。それからマーちゃんが再びサンドイッチの袋を開け、あたしはお弁当のふたを開いた。
「じゃあさ、ほかにもヴァンパイアがいるってことだよね?」
マーちゃんはそう言って、勢いよくサンドイッチをほおばった。
「たぶんね。誰かは知らないけど、その人があたしたちの知らないところで、みんなの血を吸って、
「祟られた人?」
「若君はそう言ってた。吸血鬼に噛まれた人は、祟られた人って言って、ゾンビみたいな人になるんだって」
「ナナちゃんのお母さんみたいな?」
「たぶん。でも、よく分かんないの」
「若君さん、味方してくれるかな?」
「それも分かんない。ひょっとしたら若君の知り合いかもしれないし」
「そうなの?」
あたしは首を振った。
「わかんない。でもね、若君ってものすごく長く生きてるらしいんだ。戦国時代のあたりからだって言ってた」
「じゃ……四百歳以上ってこと???」
さすがマーちゃん計算が速い。あたしはゆっくりとうなずいた。
「そっかぁ……すっごい年上なんだぁ」
なぜかマーちゃんはうっとりと空を見上げ、そう言った。
その空から昼休みの終了を告げるチャイムが聞こえてきた。
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