八章 ⑧『黙らんかっ!』
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若君を後ろに従え、人だかりのできた廊下をうつむきながら突進する。もうすでに学校中に知れ渡っているみたい。全て聞こえないふりして、自分の教室に逃げ込む。
が、もちろんその教室も大騒ぎになっていた。若君が入った瞬間に、歓声とどよめきがわいた。あたしはそれも無視して、若君用にパイプイスを広げ、自分はさっさと一番後ろの席に着いた。
ここでようやく一息つけた。
「ふぅぅ」
それからもう一度。
「ふぅぅぅぅ」
ホント疲れた。
改めてクラスを眺め渡すと、なんと半分が空席になっていた。藤原君も休み。四天王の一人、いつもうるさいクサナギ君も休んでいる。剣道教室の女子たちもいない。
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「ふぅぅ」
そして若君もまた疲れた息を吐き出していた。教室の一番後ろ、殿様のように足を広げ、パイプイスに腰掛けている。あたしの席のすぐ後ろ。一言も口をきかず、腕を組み、黒板をじっと見つめている。たぶんまだ調子が悪いのだろう。
「若君さんって、迫力あるね」
マーちゃんがそっとあたしの隣に座ってきた。いつもは藤原君が座る席。
「まぁね。背も高いしね」
「それだけじゃないでしょ、あんなにかっこいいじゃない」
「でもねぇ、性格悪いんだよ」
「そうなの?」
「それはもうすごいんだから。いつもえばってるし、えらそうだし」
「そうかな?そんな風にはみえないけど」
「本当はそうなのよ」
なんかイジワルな言い方だけどこれは事実。
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しばらくして始業のチャイムが鳴り、同時に小早川先生が教室に入ってきた。
「じゃ、あとでね」
マーちゃんも自分の席に戻る。
「おはよう、みなさん席についてください」
先生はひとりごとのようにそういいながら、さっさと教壇にすわり、机の上に教科書をドサリとおいた。
「では、出席を取ります」
が、いつものようにクラスはまだざわついていた。女子はまだ仲良しグループで固まったままだし、男子たちもほとんど席についていない。まぁこれはいつもの光景だけど、今日は若君がいるからなおさらだった。
「えー、秋元ヨシオ、井川ハルミ、」
先生も慣れたもので、たんたんと生徒の名前を読み上げてゆく。生徒も適当に返事している。
「内羽さつき」
「はい」
あたしの名前も呼ばれ、普通に返事する。
と、その時だった。
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「黙らんかっ!」
ものすごく大きな声だった。心臓に直接響いてくるような、窓ガラスががたがたと震えるような怒鳴り声だった。その声はその場にいたみんなの心臓を一瞬で止めた。
もちろん若君だった。
「静かにせいっ!」
有無を言わさない迫力だった。これがきっと昔の侍の声なのだろう。あたしはもちろん、みんな恐怖を感じていたと思う。誰も口をきかなかったし、身動き一つしなかった。いや、できなかった。そんなことをしたら、殺されそうな気がした。
「はよう、持ち場に着け」
若君が静かに告げると、生徒たちは無言でそそくさと自分の席に着いた。もう誰も一言も口をきかなかった。
「続けよ」
若君は生徒と同じく固まっていた先生にそう告げた。
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「あ、では、授業を始める前にですね」
先生もまたドギマギした様子で、しどろもどろに話し始めた。
「ええと、みなさん、この様子を見ればわかると思いますが、その、インフルエンザが発生しておりまして、かなりの生徒が休んでおります。ということで、おそらく、明日以降に学級閉鎖になると思います。詳しくは午後の職員会議で決まりますが、いちおう、伝えておきます」
そう言って、若君をみつめた。どうでしょう?こんなかんじで?と許可を求めるみたいな感じだった。そして若君がどういう返事をしたか見えないが、先生はコクンと一つうなずくと、続きを話し出した。
「えー、それから今日は、内羽さんのご親戚の方が授業を見学されたいというので、後ろに座っていただいています。そういうわけで、本日のミニテストは中止し、地方史の授業をおこないます」
それからまた『どうでしょう?』と頼りない目で若君を見つめた。
なんかすごく疲れる感じだ。
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