八章 ⑦『態度がずいぶん違いませんか?』
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「ふぅぅ」
これからが憂鬱だ。この超目立つハンサムを連れて学校を歩き回らなきゃならない。まずは職員室に行かないと……
ヤレヤレと首を振りつつ歩きだしたところで、あたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
「さっちゃん、おはよー」
この声はマーちゃん!マーちゃんは玄関のところであたしに手を振っていた。
「おはよ、マーちゃん!」
あたしが玄関に向かって歩き出すと、
「マーちゃん殿!約束どおりに参ったぞ!」
若君も声を上げた。その声の大きなこと……歩いていた生徒たちは足を止め、ざわついていた話し声はピタリとやんだ。そして静寂……誰もが若君を見ていた。若君の姿に目を奪われていた。
若君を中心に静寂が広がり、学校の中は全くの無音になってしまった。
それほどに若君の存在感は圧倒的だった。
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「そちもこれから勉強じゃな!」
だが若君はそんなことにはおかまいなし。さらに大声で話しかけた。周りの生徒たちは映画の撮影でも眺めているように、遠巻きに二人のやりとりをじっと見ている。
「はい。あ、えと、おはようございます。若君さん」
「そう緊張することもないぞ。楽にするがよい。いつもの通りにな」
「は、はい!」
マーちゃんはそう言ったけど、そのドキドキはあたしにまで伝わってきた。
「ほら、それじゃ。まだ緊張しておるぞ」
若君はにっこりと笑うと、マーちゃんの頭を優しくぽんぽんとなでた。マーちゃんの顔はみるみる赤く染まり、可愛らしく顔を隠してしまった。
そういえば、若君のマーちゃんへの態度はずいぶん優しい感じがした。そう考えてみると、ますますそんな感じがした。あたしにはあんなに偉そうなのに、マーちゃんにはずいぶん親しげだ。
なんか腑に落ちない。で、あたしは率直に疑問をぶつけてみた。ただし小声で。
「若君、なんかあたしへの態度とずいぶん違いませんか?」
すると若君は実に不思議そうにあたしを見下ろし、こう言った。
「あたりまえじゃ。おぬし、家臣の分際でなにを言っておるのだ?」
つまりそう言うことなのか。納得。
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と、チャイムが高らかに鳴った。その音がみんなの金縛りをとき、生徒たちはあわてて校舎の中に戻りはじめた。
「そうだ!小早川先生に断ってこなくちゃ」
「うん。そうだね。さっちゃん急いだ方がいいよ」
マーちゃんにそう言われて、あたしもうなずく。それからクルリと若君を見上げ、家臣になったつもりで聞いてみた。
「若君、先に先生に許可を得ないと授業に出られません。一緒に来ていただいてよろしいでしょうか?」
「承知した。では案内せい」
若君は実に自然にそう答えてくれた。
なんかムカつく感じだ。
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職員室につくと、あたしは少し緊張して扉をノックした。
「二年二組の内羽です。小早川先生にご用があってきました」
職員室に入る決まり文句を告げ、やっぱりどよめいている職員室のなかを、先生のところまでまっすぐ歩いてゆく。
当の小早川先生は、職員室の真ん中あたり、あたしたちには背を向けるようにして座っていた。
「おはようございます、小早川先生」
「ん。おはよう、ちょっと待ってな」
小早川先生は相変わらずで寝癖が爆発している。ズボンもよれよれ、ジャケットもクタクタでなんかだらしない。
「で、誰だ?」と先生。この人はいつもそう。生徒のことにあまり関心がないみたい。今もミニテストをせっせと準備している。
「内羽さつきです」
「おお、内羽か。インフルエンザはもう治ったのか?」
そこでやっとテストから顔を上げ、事務イスをクルリと回して振り返った。
そして若君の姿を見あげて凍り付いた。ピタリと視線が張りついたようだった。予想はしていたけど、やっぱり同じ反応だった。
「あの、先生?」
あたしの声でようやく先生の呪縛は断ち切られた。
「ん?ああ、何だね?」
それにしてもハンサムとは実に恐ろしいものだ。こんな中年男まで狂わせるとは……
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「あ、あの、こちらの方は?」
小早川先生はそう聞いた。マスクをしているせいで声がこもっている。そういえば先週からマスクをしてた。先生こそ早く治したほうがいいんじゃないのかな。
「あたしの親戚なんです。先生の授業を聞きたいというので、許可をもらいにきたんです」
「わたしの授業にかね?」
「この地方の歴史に興味があるそうです」
小早川先生はまた若君を見上げた。その目は少し怯えているように見える。
「そういうわけだ。ひとつたのむぞ」
と、若君は実に偉そうに頼んだ。
「それはかまいませんが、そのぅ……」
先生はそういったものの、なんだかためらっていた。しかし若君は先生の当惑をきれいに無視した。
「では先に行く。あまり待たせるなよ」
そういってくるりと振り返り、さっさと出て行こうとする。あたしは先生にペコリと頭を下げ、すぐに若君を追いかけた。
「若君、ちょっと待ってくださいよ」
「おーい、内羽、用具室からパイプイスをもっていけ」
先生の声が追いかけてきて、あたしは振り返り、またペコリと頭を下げた。
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