八章 ⑤『若君、ちょっと弱る』
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「さつき、なぜワシにそのようなことを聞いたのじゃ?」
「あたしもまだよく分からないんですけど、若君も菜々子ちゃんって女の子、知ってますよね?新兵衛の友達の、剣道をやっている女の子です」
「ん?おお、覚えておる」
「あの子のお母さんの様子が変なんです。なんか吸血鬼にかまれたような感じに見えたんです。それで……」
「それで、ワシを疑ったのか?」
若君はあたしを見下ろし、呆れたようにそう言った。
「すみません」
あたしは深く頭を下げた。
「なんという家臣じゃ、呆れてものがいえぬわ。だがまぁ、子供では仕方ないか」
若君はそこで立ち止まり、腰と腕を伸ばし、少し呼吸を整えた。なんか本当に疲れているみたいだった。
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「ホントにごめんなさい。でもやっぱり勘違いだったみたいです……あっ!」
あたしはそこで急に気づいた。
「あの、それより若君、こんな時間に出歩いて平気なんですか?太陽出てますよ?」
「なんじゃ今頃気づいたのか。本当にお前たち一家はトボけたやつばかりじゃな」
「そんなことより、平気なんですか?」
「平気なはずがなかろう。一言で言うなら、死にそうな気分じゃ」
若君はがっくりと地面に座り込んだ。
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若君はものすごく汗をかいていた。顔面は蒼白、ま、これは最初からそうなんだけど、とにかく具合が悪そうだった。あたしはとりあえず、若君のジャケットを脱がせた。若君はされるがままに、腕を伸ばし、体を動かし、あたしはなんとかジャケットを引きはがして、頭と肩を覆った。
「おお、ずいぶん楽になったぞ。洋服というのはなかなか便利なものじゃな」
などと、ものすごくつらい顔で強がった。
「ちょっと待っててくださいね」
それからあたしは若君から離れ、携帯で家に電話した。車で迎えに来てもらうためだ。ちょうど芳子ばあちゃんが出て、迎えに来てくれることになった。
「また、魔術か?」
若君のところに戻ると、そう聞いてきた。
「科学です。今、芳子ばあちゃんが迎えに来てくれます」
「そうか、すまんな」
「ここは道の真ん中だから、少し端によけましょう」
「うむ」
若君は素直にあたしに従った。
それだけ弱っているということだった。
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あたしと若君は、道の端、ちょうど脇に大きな木があったので、その木陰に入って、二人でしゃがんだ。
「陽光の下に出たのは久しぶりじゃ」
若君は少し落ち着いたようだった。木の幹によりかかり、長い足をゆったりと投げ出した。その何気ない姿がまた、たまらなくかっこよく見える。あたしはつい、目をそらしてしまう。
「あの、どうしてそこまでして、学校に行かなきゃいけないんです?」
あたしはなんとなく話しかける。そうでもしないと、なんか落ち着かないせいだ。
「お前も言っておったように、ワシの領土でなにか異変が起きておるのだ」
「でも、どうして学校なんです?」
「この異変には多くの子供が関わっておる。それが分かったのでな」
「子供、ですか?」
「ああ。だが、説明するのも面倒じゃ。特に子供にはな」
あ、またむかつくこといった。
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