八章 ④『お前がいるではないか』

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 玄関を一歩出ると、若君は急にゆっくりと歩きだした。あたしもすぐに追いつき、なんとなく並んで歩き出す。


 今日は天気も良くて、さわやかな朝の光が道を明るく照らしている。スズメがチュンチュンと鳴いて、青空に飛び去っていった。


 若君は少しうつむくような姿勢で、無言で歩いていた。なんか怒ってるように見える。あたしは時々、横目で若君のことを見上げてみたが、若君は道の先を真剣な目でじっとにらんで、歩くことに集中していた。


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 チラッ

――なんか気まずい雰囲気だなぁ――

 チラッ

――でも聞かないわけにいかないしなぁ――

 チラッ

――どうやって切り出そうかなぁ――

 チラッ

――やっぱり怒ってるみたいだよなぁ――

 チラッ

――あとにしたほうがいいかなぁ――

 チラッ


 ――あ、目があってしまった。


「なんじゃ、さっきから?」

 若君がチラとあたしを見下ろして言った。

「いえ、そのぅ……」


「なんじゃ、はっきり言わぬか。遠慮をすることはない」

 若君は少し息を切らせてそう言った。あたしはつい立ち止まってしまった。若君は少しだけ先に歩き、そこで立ち止まってあたしをゆっくり振り返った。


「なんじゃ?」

 あたしは身を守るように鞄を両手で抱きしめた。急に心臓がドキドキしてきた。でも、もう先延ばしにはできない。


 あたしは息を吸い込んで、心を決めた。



   ✚


 若君はあたしの言葉を待っている。


「正直に答えてほしいんです」

 若君は向き直った。

「なんじゃ。申してみよ」


「若君は、誰かの血を飲みましたか?あたし以外の誰かの血を、吸いましたか?」

 あたしは一気に言った。なんか大声で、恋の告白でもするみたいに、そう聞いた。


 一瞬の沈黙。胸がドキドキする。


「いいや」


 若君は簡潔にそう答えた。まるで何でもないみたいに。それから、当たり前のようにこう続けた。


「……


 その言葉に、なぜだか、あたしは泣きそうになってしまった。


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 安堵、というやつだろう。なにか暖かい感情がのどにつかえて苦しくなってしまった。何度か呼吸するたびに涙が溢れそうになり、あたしは何度もそれをこらえた。


 でもよかった。若君じゃなくて本当によかった。


 だがそういう甘い瞬間も一瞬だった。


「なんじゃ、子供のクセに嫉妬か?」

 その言い方がまたなんともムカつく!ええ、ええ、どうせあたしは子供ですよ。

「違いますよ!」


 怒ったようにそういったんだけど、なんだかうれし泣きが混じってしまった。もう怒る気にもなれなかったのだ。若君が信じてたとおりの人でよかった。それがただうれしかったのだ。こうして普通に話ができることがうれしかったのだ。


 あたしはちょっと走って若君に追いついた。それからまた二人並んで歩きだした。

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