八章 ②『学校へ行くぞ』

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「若君さん、どちらかお出かけですか?」

 母さんがあたしの朝食の支度をしながらそう言った。


「うむ。今日はさつきと、さつきの学校に行く約束をしておるのだ」

 若君は自信たっぷりな様子で、身を乗り出してそう答えた。


「まぁまぁ、それはようございましたわね」

 芳子ばあちゃんまでそんなこと言い出す。全然よくないよ。


「ええー、いいなぁお姉ちゃん」

 新兵衛は本当にうらやましそうにそう言いだす。喜んで代わってあげるわよ。もちろん声には出さない。ただ頬のあたりがちょっとひくついただけ。


「新兵衛、ワシは今日、歴史の勉強に行くのだ。遊びではないのだ」

 若君は新兵衛にそう言った。どうだえらいだろう、と言いたげな態度だった。


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「ほら、さつき。早く食べてしまいなさい。若君さんをお待たせしてるのよ」

 母さんがあたしのご飯をよそってくれる。

「はい……」

 あたしはご飯を食べる。卵焼きを食べて、お味噌汁を飲んで、漬け物をつまんで、また白米を食べる。と、


「さつき、食事はまだ終わらんのか?」

 立ち上がったままの若君があたしを見下ろしながらそう言う。

「まだです」


「よくよく主君を待たせるものだな」

 若君は少しいらいらしている。あたしはそれを無視してゆっくりご飯を食べる。

「まだか?」

「たべてます」

「まだなのか?」

「まだ残ってます」


「ええい、早ようせい!いつまで食べておるのだ!」

 まったくこの人は……


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 そこでちょっとひらめいた。

「それより、若君」と静かにあたし。


「なんじゃ?」

「まさかその格好で行くつもりじゃないですよね」

「むろんじゃ。いちばんあつらえのいいものを選んだぞ」ちょっと自慢そうに。

「でも、その格好では、学校にお連れできませんよ」


 若君の頬がヒクリとふるえた。それから、

「なぜじゃ?」

「現代の学校では、そのような服を着てる人はいないんですよ」

「バカを申せ」

「そういうものなんです。着替えないなら、学校にお連れすることは出来ません」


 あたしは当たり前のようにそういって、ご飯茶碗をと机においた。

「ごちそうさまでした。あっ、もうこんな時間だ。急がないと!」


 クッ……若君の悔しそうな吐息が聞こえた。

 この作戦、けっこううまくいくかも!


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 だが、勝利の確信はほんの一瞬だった。


「クッ……ええい、清兵衛!」

 これは父さんの名前。父さんは黙々と新聞を読み、黙々と朝御飯を食べているところだった。それが突然若君に名前を呼ばれ、ビクッとして若君を見上げた。


「え、オレですか?」

 またかい父さん。そりゃあなたしかいないでしょ。それはあなたの名前でしょう。

「無論じゃ、トボケたやつめ。さっさと着る物を用意せい!」

「わ、分かりました。あのスーツでいいですか?」

「なんでもかまわん。ワシはどうしても学校にいかねばならんのだ!」


 負けた。若君がそんなにも学校に行きたいと思わなかった。

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