八章 ②『学校へ行くぞ』
✚
「若君さん、どちらかお出かけですか?」
母さんがあたしの朝食の支度をしながらそう言った。
「うむ。今日はさつきと、さつきの学校に行く約束をしておるのだ」
若君は自信たっぷりな様子で、身を乗り出してそう答えた。
「まぁまぁ、それはようございましたわね」
芳子ばあちゃんまでそんなこと言い出す。全然よくないよ。
「ええー、いいなぁお姉ちゃん」
新兵衛は本当にうらやましそうにそう言いだす。喜んで代わってあげるわよ。もちろん声には出さない。ただ頬のあたりがちょっとひくついただけ。
「新兵衛、ワシは今日、歴史の勉強に行くのだ。遊びではないのだ」
若君は新兵衛にそう言った。どうだえらいだろう、と言いたげな態度だった。
✚
「ほら、さつき。早く食べてしまいなさい。若君さんをお待たせしてるのよ」
母さんがあたしのご飯をよそってくれる。
「はい……」
あたしはご飯を食べる。卵焼きを食べて、お味噌汁を飲んで、漬け物をつまんで、また白米を食べる。と、
「さつき、食事はまだ終わらんのか?」
立ち上がったままの若君があたしを見下ろしながらそう言う。
「まだです」
「よくよく主君を待たせるものだな」
若君は少しいらいらしている。あたしはそれを無視してゆっくりご飯を食べる。
「まだか?」
「たべてます」
「まだなのか?」
「まだ残ってます」
「ええい、早ようせい!いつまで食べておるのだ!」
まったくこの人は……
✚
そこでちょっとひらめいた。
「それより、若君」と静かにあたし。
「なんじゃ?」
「まさかその格好で行くつもりじゃないですよね」
「むろんじゃ。いちばん
「でも、その格好では、学校にお連れできませんよ」
若君の頬がヒクリとふるえた。それから、
「なぜじゃ?」
「現代の学校では、そのような服を着てる人はいないんですよ」
「バカを申せ」
「そういうものなんです。着替えないなら、学校にお連れすることは出来ません」
あたしは当たり前のようにそういって、ご飯茶碗をコトリと机においた。
「ごちそうさまでした。あっ、もうこんな時間だ。急がないと!」
クッ……若君の悔しそうな吐息が聞こえた。
この作戦、けっこううまくいくかも!
✚
だが、勝利の確信はほんの一瞬だった。
「クッ……ええい、清兵衛!」
これは父さんの名前。父さんは黙々と新聞を読み、黙々と朝御飯を食べているところだった。それが突然若君に名前を呼ばれ、ビクッとして若君を見上げた。
「え、オレですか?」
またかい父さん。そりゃあなたしかいないでしょ。それはあなたの名前でしょう。
「無論じゃ、トボケたやつめ。さっさと着る物を用意せい!」
「わ、分かりました。あのスーツでいいですか?」
「なんでもかまわん。ワシはどうしても学校にいかねばならんのだ!」
負けた。若君がそんなにも学校に行きたいと思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます