七章 ⑦『寝過ごしたかな?』

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 なんだったんだろう、今のは?


 あたしはしばらく、藤原君のいた空間を見ていた。藤原君はホント一瞬で消えてしまった。手品のように、テレポーテーションのように……

 なにか夢の中の出来事のような、幻を見ていたような、不思議な感じだった。でも、あたしの手の中には、藤原君の財布があった。


「やるって……もらうわけないでしょ、あいつの方がメンドクサいじゃん」

 なんて一人でブツブツ言いながらも、つい好奇心で財布を開いてみる。

「げ」

 一万円札がぎっしり詰まっていた。たぶん三十万円くらい。もっとかな。


「どういう生活してんのよ。なにこれ?」

 財布には学生証も入っていた。それから保険証と、中学生なのにクレジットカードなんかも入っている。どれも大事な物ばかりだ。これじゃますます返しに行かないといけない。


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「てか、月曜日に学校で返すしかないな」

 やっぱり一人でブツブツ言いながら山道を下ってゆく。

「ホントめんどくさい」


 そういえば、明日、つまり日曜日までにこの町を出ろなんて妙なことを言ってた。なんでそんなこといったんだろ?たしかに気にはなるんだけど、実際にそうするかと言えば出来そうもない。そうしなきゃいけない理由も分からないし、家族を説得するなんてまぁ無理な話だ。


「できるわけないじゃん……」

 やっぱり独り言を言いながら歩く。

「……できるわけないよ」


 そして再び若君のことを考え始めた。


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 あたしは三時頃に家に着いた。


 そのまますぐにシャワーを浴びて、それから自分の部屋に戻って服を着替えた。帰る途中にコンビニで菓子パンと午後の紅茶を買っておいたので、夕食前だったけどそれを食べた。それでなんとなく落ち着いたので、ベッドに寝ころび天井を見上げてボーっとした。


 なんかいろんなことがあったなぁ。ナナちゃんの家に行って吸血鬼を見つけて、教会に行ってマーちゃんの濃いパパに会って、まだ夢みたいだけど藤原君にも会った。


 だけどまだ終わってない。これから若君と対決しなければ。たぶんもうすぐだ。あと一時間もしたらこの部屋のドアがノックされ、若君が現れるだろう。いつもの散歩にあたしを誘うために。


 まずは若君にきちんと聞いてみよう。あたし以外の、誰かほかの人の血を吸ったのか?その答え次第では若君と対決することになるんだろうけど、とにかくまずは聞いてみなくちゃ。全てはそれからなのだ。


 なんてことを考えていたら、あたしはいつの間にか眠り込んでしまった。自分でも気づかないうちに体中の力が抜け、スイッチが切れたように眠ってしまった。


 そして……


コンコン……


 静かにノックの音が響く。


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 あたしはゆっくりと目を覚まし、自分が眠っていたことに気が付く。部屋の中はいつの間にか真っ暗になっていた。


コンコンコン……


 再びノックの音が響く。同時にあたしはドバッと覚醒し、ベッドの上に起きあがった。しまった。眠ってしまった。寝ているうちに若君と対決する覚悟も消えていて、必死にそれをかき集める。


コンコンコン……


 う。そろそろ、怒鳴られる頃だ。でもまだ覚悟が集まってない。それを集めるまでちょっと待っててほしいんだけど、ああ、でも怒鳴られる前にあけないと……


「はい。はーい、今、あけます」

 仕方ない。あたしはドアノブを握りしめ、それからガチャリと扉を開けた。


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「姉ちゃん、寝てただろ!」

 新兵衛だった。だった。ビビって損した。あたしのこの悲壮な決意をどうしてくれんだ!


「なによ!なにしにきたのよ!」

「ねぇ、若さん、しらない?」

 新兵衛は剣道着姿で、竹刀に防具も持っていた。ということは、もうそんな時間なのかな?あたし、寝過ごしたのかな?


「ねぇ、今、何時?」

「もう七時だよ。急がないと遅れちゃうんだよ。ねぇ、若さんどこにいるの?」

「今日は散歩に行かなかったのよ」

「なんだ、そうなんだ……どうしたんだろ?ま、いいかぁ。俺さ、先行ってるから、若さんが来たらそう言っといて」

 新兵衛はそう言うと、あわただしく走って行ってしまった。


 あれ?今日は、来なかったのかな?

 それはそれで、なんとなくホッとした。

 それとも寝過ごしたかな?


 たぶんそっちのような気がするな……


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 それからあたしは居間に降りていった。父さんはまだ帰ってないけど、ちょうど夕食を始めるところだった。父さんと新兵衛以外はみんな揃っている。相変わらず、机の上にロウソクをいっぱい灯して、それを取り囲むように夕食の大皿が並んでいる。なんかものすごい晩餐がはじまりそうな雰囲気だが、おかずは煮物中心だ。


「あら、今日は若君さんとお散歩に行かなかったの?」

 と母さん。そう言いながら、あたしにご飯をよそってくれた。

「いただきまーす。うん。あたし爆睡しちゃっててさ、来たかも知れないけど、わかんなかった」


「さつき、まさか若君さんと喧嘩でもしたんじゃないだろね?」

 とボタンばあちゃん。ボタンばあちゃんは先に食事を終え、お茶を飲んでいた。

「まさか」と答えるあたし。


「まぁ、たまには一人で散歩したくなったんじゃないのか?」

 とおじいちゃん。ビールをグビリとやりながらおかずをつまんでいる。まったく平和そのもの。いつも通りの、ま、以前とはちょっと違うけど穏やかな日常だった。


「でも、一人で大丈夫かしらねぇ?」と芳子ばあちゃん。


……ム、そういえば……


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 みんなの顔を見てたら、急に藤原君の言葉を思い出した。家族をつれてここを出ろって、そんなことを言ってた。でも理由も話さずにこの人たちを説得するのは、やっぱり不可能だな、としみじみ思った。自分でも訳が分からないのに。


 それからみんなでどうでもいい話をした。若君に現代生活を教える方法とかそんなこと。そのうち新兵衛も帰ってきて、お父さんも帰ってきたけど、若君だけは結局現れなかった。ここ最近、若君もちょくちょく居間に顔を出すようになっていたのに。


 さらに夜も更けて、みんなで交代でお風呂に入って、やがてそれぞれの寝室に引き上げていった。あたしは珍しく母さんと一緒に最後まで残っていたけど、結局最後まで若君は現れなかった。

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